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scent  作者: 香月 圭
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tr...... tr..........

携帯のコールが3度鳴ると、時計を見ながら受話のボタンを押した。

「ごめん。あと10分ほどでつくから」

電話の向こうは忙しそうにざわついていた。電話の相手は時間を確認してから泣きそうになりながらも「待ってますからね」と念を押して電話を終わる。

「いい天気だなあ」

空を見上げると雲一つない春の空だった。さっきの香りはもうしない。涙が出そうになった。あの香りは5年前を思い出す。あの地下の狭い部屋ですごした事を。


_5年前 ビル地下2階_


メモには確かにここと書いてあった。ドアには「カメレオン」と書いてあるプレートがあるだけ。

亜紀さんに言われて少し考えたけど、結果は決まっていた。こんなおもしろそうな事を見過ごすような私ではないのだ。 この好奇心のせいでずいぶん嫌な目にもあってきたけど、おもしろい事も数多くあった。それに何より、私は「佐々木祐介」と「佐藤亜紀」の雰囲気に強烈に惹かれていた。この人達は他の誰とも違った。内に秘めた物は激しそうだけれど、どこか冷めている。そんな不思議な人たちだった。

でもさすがに地下二階のこのプレートのあるドアをノックするときには少しの「勇気」がいった。

がんがん

軽くノックしたはずが、大きな音になってしまった。でも中からの返事はない。少し待ったけど、息を飲んでドアノブに手をかけた。

ぎぎぎぎぎぃ・・・・

厚い鉄のドアが年期の入った音がした。そして中の空気が入ってきた。それは「佐々木祐介」の香りと少し似ていた。

(香水かなあ)と思いながらも動悸がおさまらなかった。不思議とさっきまでの「不安」はなくなって、今度はわくわくしていた。

中は広い空間だった。部屋の隅々に段ボールが点在し、床にはなぜか色とりどりのビニールテープが貼られていた。

時計を見たらちょうど10時になったところだった。(おかしいなあ)とあたりを見回してみたけど、人影はなかった。

でも、かすかに人の声が聞こえた気がして、奥へと進んでいった。

「そんな事言われてもわかるわけないでしょ」

「それを理解してほしいんだよ。梨香。」

その時梨香と呼ばれた女の子が持っていた台本らしき物を机に投げつけた。

「言葉にするって難しいんだよ。頼むよ・・・」

私は出ていくにも出ていけず、その場に立ちすくんでしまった。手がだんだん冷たくなるのがわかる。どうしよう。このまま知らんぷりして外に出ていくべきなんだろうか。

「もう私駄目だよ。雅司が信じられないんだよ」

雅司と呼ばれた彼はじっと彼女の背中を見ていた。

「はい。そこまで」

背後から大きな声が聞こえた。聞き覚えのある少しハスキーな女の人の声。そう、亜紀さんだった。

「あんたら、そういうのは外でしなさいよ。この子おびえてるじゃない」

台本でぽかぽかと二人の頭をたたいて、振り返り、私を見た。

「こ、こんにちわ」

そう挨拶するのが精一杯だった。今のは何だったんだろう。自慢じゃないけど、生まれてから彼氏なんていたこともない私には刺激が強すぎた。

「すみません、亜紀さん」

「雅司こないだ頼まれたチケット、手に入ったわよ。梨香と行く為にここ休んでバイトしてたんでしょ」

亜紀さんが雅司さんにチケットを二枚手渡して、梨香さんに軽くウインクした。その仕草がとても自然で、とてもかっこよかった。梨香さんは目の中の涙をぬぐう事もせず、雅司さんを見ていた。雅司さんは私達の前でさすがに照れたのか、梨香さんの手を取って「失礼します」とだけ亜紀さんに声をかけて外へ出ていった。

「まーったく、手のかかる奴らだよ。って、私も人の事言えないか。ごめんね、香織ちゃん、遅刻しちゃった」

亜紀さんは悪びれず、ちょっと舌を出して笑った。おかげでそれまでこわばってた私の顔がやっとほぐれた。

「佐藤、佐藤、俺おもしろいもん、見ちゃったよ。っと、お客さん?」

声をかけてきたのは、なんと、佐々木祐介さんだった。・・・私は持っていた鞄をゴトンと落としてしまった。

「・・・あれ?」

「彼女、安城香織ちゃん。顔知ってるでしょ。で、おもしろい物って雅司と梨香の事でしょ」

祐介さんがまじまじと私の顔を見たので、私はますます動けなくなってしまった。

「知ってるも何も。図書館のエリスじゃないか。佐藤がナンパしてきたの?」

祐介さんが私の事を知っていたのには驚いたけど、それよりも「図書館のエリス」という言葉に面食らった。

「あほ。いきなりエリスの名前出したら誰でもびっくりするよ」

「なんだ、いつか僕が声かけようとしてたのに。って何で雅司達の事ってわかるのさ」

ひいいい。祐介さんが私に声をかけるつもりだった?すごすぎる・・・。声かけてほしかったぁと心の中で叫んだ。

「ごめんね、先に声かけちゃって」

亜紀さんは祐介さんにと言うより、私を見ながら言った。彼女には心の叫びが聞こえたようだ。

「さっきここで二人もめてるのを香織ちゃんが見ちゃったんだよ」

「・・・それでなんで僕が見たときにはああなってるんだよ」

祐介さんは首をひねりながら「まあいっか」と小さな声で言うと、私のほうを振り返りこう言った。

「ようこそ。劇団カメレオンへ」


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