落ちぶれお嬢は普通になりたい!
「ここが、普通の高校……」
長い髪を靡かせる少女――花道満帆は、門の前で立ち尽くした。
見たことのない景色に興奮するように、頰を赤らめている。
わたくしは、今日からここでやっていくんだ。
普通の、女の子として。
気合いを入れ直した満帆の足取りは、息を呑むほど洗練されていた。
「ねえ、あの子……」
「なんか、ウチらと雰囲気違くない?」
「お嬢様みたい……」
そう囁かれているのも気にせず、満帆は背筋を伸ばして歩いていった。
その様子は、まるでファッションショー。
落ちぶれた花道家の娘・満帆の、庶民としての生活が、今幕を開けた。
―――
「転校生を紹介する」
担任のその言葉で、教室はざわめいた。
「こんな時期に?」
「私、今朝見たかも!」
「どんな子だろー?」
ざわめきは、期待に変わる。
かわいい子がいいとか、かっこいい子がいいとか。
そんな期待を背負い、おもむろに入ってきたのは――。
「みなさん、ご機嫌よう。転校生の、花道満帆ですわ」
自信満々な声が響いた瞬間、クラスはどよめいた。
「で、ですわ⁉︎」
「待って、花道ってこの間のニュースの?」
はあ、五月蝿いですわ。
ため息を一つついた満帆は、空いている席へと歩いた。
満帆が歩いた道は、まるでランウェイ。
なんの変哲もない制服も、満帆が着るとブランド物の服のようだった。
そんな華やかな満帆の隣の席は、元気に跳ねたアホ毛が特徴的な少女だ。
ふふん、わたくし、知っていますわ。
こういうときは、まず自己紹介ですわね。
「ご機嫌よう。わたくし、花道満帆ですわ」
キラキラと輝く笑みを向けられた少女の顔は、少し引きつっていた。
「は、はじめまして……。下田風子、と言います……」
風子と名乗った彼女は、明らかに引いている顔をしている。
きっと、満帆のオーラが強すぎるせいだろう。
それでもちゃんと話せる風子は、すごいとも言えてしまう。
「風子さん、と言うのですね……。素敵なお名前」
「えっ、えーっと……」
「そうだ、お友達になりません?」
「……はい?」
満帆の庶民生活、目標その一。
それは、「友達を作ること」だ。
満帆の目はどんな宝石よりも輝いているが、風子の目は泳いでいる。
それはそうだろう、いきなりお嬢様のような変人に話しかけられたのだから。
しかも、名前を褒められ、急に「友達になろう」と言われるなど、庶民的にはあり得ないことだ。
どうする、風子。
風子は、ぐるぐると目と思考を泳がせた後……。
「……なります」
そう、答えてしまった。
どんどん顔が死んでいく風子とは対照的に、満帆はさらに光った。
「お友達……本当に、なってくださるの? くださるのね? はーっ、なんて嬉しいのでしょう!」
……よかったですね。
一人で盛り上がっている満帆をよそに、風子はため息をついたのだった。
―――
満帆がやってきて、一週間。
満帆と風子は、というと……。
「風子さん、その髪飾り、とてもお似合いですわ!」
「え、そうかな……? 百均だけど……」
「ええ、お似合いです。結局のところ、高いものよりも、センスの光る安いものがよかったりもします」
満帆が眺めているのは、風子のポニーテールの根本に乗っかるシュシュ。
が、どこか遠くを見ているようにも見える。
「お金だけをかけていても、美しくなければ意味はありませんから……」
満帆は思い出す。
ゴージャスな装飾をつけた、元クラスメイトのことを。
彼女は、マウントを取りたい性格だった。
確かに家はお金持ちだった。
髪飾り、文房具など……。
彼女が持ってくるものは、全て最高級のものだった。
あるとき、満帆はこう思った。
「彼女の持ち物には、美しさが感じられない」と。
お金をかけていることは、わかる。
でも、それだけだ。
美しさやかわいさ、かっこよさが、全く伝わってこなかった。
「その、庶民らしさが良いのです。今度、わたくしも百均とやらに行ってみようかしら」
「えっ、百均行ったことないの?」
「お恥ずかしながら……。どのようなものがあるのですか? その、髪飾りのようなものですか?」
まるで、「あれはなに?」と大人に訊ねる子どものようだ。
それがおかしくて、風子は少し笑いを漏らした。
このお嬢様は、あまりに無邪気すぎる。
ここは、私が教えてあげないと。
世間知らずの、お嬢様にね。
「百均はね、売っているものが全部百円なの」
「なんと……! 庶民的、ですわね!」
そうやって、満帆は少しずつ庶民のことを知っていく。
―――
「ごちそうさまでした」
この学校の食堂での昼食も、段々と慣れてきた満帆。
食器を返却し、教室へ帰ろうとしていると。
「おい」
満帆が振り返ると、そこには目つきの鋭い男子が立っていた。
満帆と同じクラスの、荒野順太だ。
落とし物は……していない。
通行の邪魔にも……なっていない。
満帆には、自分が呼び止められる理由がよくわからなかった。
「何か、用でしょうか」
「ああ、用だよ」
呼び止められたのが風子だったら、確実に震えていただろう。
だが、今ここにいるのは満帆だ。
風子のように、臆病ではない。
むしろ、満帆は強い。
「……ここは、人が通りますわ。話すのなら、場所を変えましょう」
順太は答えない。
答えないが、沈黙を肯定と受け取った満帆は、ずんずんと人気のないところへと進んでいった。
仕方ない、といった様子で、順太は満帆についていく。
二人がたどり着いたのは、人気のない廊下だった。
「ここか……。ここなら、タイマンにはもってこいだぜ」
「……たいまん? どういうことですの?」
「タイマンも知らないのかよ。ま、簡単に言やぁ、決闘ってことだ」
首を傾げる満帆に、順太は告げた。
「お前、花道家のお嬢様だったんだろ?」
「……」
「きっと、高いもん食ってたんだろうなあ。でも今は、こんな庶民の学校に通ってる。落ちぶれたんだろ」
「それが、何ですの?」
満帆の目は、順太の目つきよりも冷たく、鋭かった。
タイマンの意味はよくわかっていないが、きっと悪い意味だ、ということはわかっている。
「花道が落ちぶれたことは、あなたには関係のないこと。話はそれだけですか?」
話を切り上げたいオーラを出しても、やめてくれる相手ではない。
順太は、眉根を寄せて叫んだ。
「落ちぶれたっていうのに、口調とか仕草がお嬢様をやめてないんだよ! そういうのうぜーの。俺は貧乏だ。なんか癪に触るんだよ」
「あら、滲み出してしまっていたの?」
「そういうのだよ、そういうの!」
肩で息をする順太と、お嬢様らしく口元に手を当てる満帆。
会話が噛み合っていないというか、順太の言いたいことが伝わっていない感じだ。
順太は、イライラを隠そうともせず、ぶつけた。
「口調とかで、『昔はすごかったからアピール』やめろって言ってんの! ああ、それは無理か。過去の栄光に縋るしかないもんなぁ?」
満帆は俯いていて、表情が読めない。
ここ一週間、満帆は楽しく過ごしていた。
お嬢様らしい言動が漏れ出ているとも知らず。
「わたくしは……」
満帆が、ゆっくりと顔を上げる。
その強かな目で、しかと順太を見据えた。
「わたくしはただ、あなた方のことを知りたいだけでございます」
順太の片眉が、ピクリと動く。
気にせず、満帆は続けた。
「無自覚のうちに言動がお嬢様らしくなってしまったこと、そしてアピールしていると誤解させてしまったこと。心より謝罪しますわ」
お辞儀の角度は、きっちり四十五度。
それでいて、花が舞うように柔らかくもあった。
「なん、だよ……。勘違いだったってのか……?」
「ええ。これからは、仲良くしてくださると嬉しいです」
満帆は、順太へと手を差し出した。
その手を取ろうか取るまいか、逡巡して宙に浮いた手を眺める順太。
そして、手を伸ばし――。
「あー、こんなところにいたの? ゼェ、ゼェ、学校中探そうとしたんだからね? ハァ、ハァ」
「あら、風子さん。ごめんなさいね」
風子は、頰に手を当てて笑う満帆と、静止する順太を見比べる。
次の瞬間、「ええっ」と声を出した。
「花道さんと荒野くん、ええっ? そういう、ええっ?」
「バッ、バカ、どんな勘違いしたらそうなるんだよ!」
顔を赤くする、風子と順太。
手を差し出したままの満帆だけが、何もわからずに顔色を変えずにいた。
「やれやれ。騒ぎすぎですよ、二人とも。さ、教室に帰るとしましょうか!」
「そうしよう、そうしよう! これ以上、変な虫がついたら嫌だし」
「誰が虫だよ!」
―――
その日の夕方。
帰宅した満帆は、その顔に満面の笑みを讃えていた。
「おかえりなさい。その顔は……。学校は、楽しいかい?」
「……はいっ。とっても、楽しいです!」
そういう満帆の父親の顔色も、一週間前と比べるととてもよかった。
お父様ったら、家を背負うしがらみから解き放たれて、明るくなった気がします。
落ちぶれて、良かったのかも。
「そうだ、お父様。お土産でございます」
そう言って父に差し出したのは、百均のレジ袋だった。
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