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落ちぶれお嬢は普通になりたい!

作者: 早水せを
掲載日:2026/07/24

「ここが、普通の高校……」


 長い髪を靡かせる少女――花道満帆(はなみちまほ)は、門の前で立ち尽くした。


 見たことのない景色に興奮するように、頰を赤らめている。


 わたくしは、今日からここでやっていくんだ。

 普通の、女の子として。


 気合いを入れ直した満帆の足取りは、息を呑むほど洗練されていた。


「ねえ、あの子……」


「なんか、ウチらと雰囲気違くない?」


「お嬢様みたい……」


 そう囁かれているのも気にせず、満帆は背筋を伸ばして歩いていった。

 その様子は、まるでファッションショー。



 落ちぶれた花道家の娘・満帆の、庶民としての生活が、今幕を開けた。


 ―――


「転校生を紹介する」


 担任のその言葉で、教室はざわめいた。


「こんな時期に?」


「私、今朝見たかも!」


「どんな子だろー?」


 ざわめきは、期待に変わる。

 かわいい子がいいとか、かっこいい子がいいとか。


 そんな期待を背負い、おもむろに入ってきたのは――。


「みなさん、ご機嫌よう。転校生の、花道満帆ですわ」


 自信満々な声が響いた瞬間、クラスはどよめいた。


「で、ですわ⁉︎」


「待って、花道ってこの間のニュースの?」


 はあ、五月蝿いですわ。


 ため息を一つついた満帆は、空いている席へと歩いた。


 満帆が歩いた道は、まるでランウェイ。

 なんの変哲もない制服も、満帆が着るとブランド物の服のようだった。


 そんな華やかな満帆の隣の席は、元気に跳ねたアホ毛が特徴的な少女だ。


 ふふん、わたくし、知っていますわ。

 こういうときは、まず自己紹介ですわね。


「ご機嫌よう。わたくし、花道満帆ですわ」


 キラキラと輝く笑みを向けられた少女の顔は、少し引きつっていた。


「は、はじめまして……。下田風子(しもだふうこ)、と言います……」


 風子と名乗った彼女は、明らかに引いている顔をしている。

 きっと、満帆のオーラが強すぎるせいだろう。

 それでもちゃんと話せる風子は、すごいとも言えてしまう。


「風子さん、と言うのですね……。素敵なお名前」


「えっ、えーっと……」


「そうだ、お友達になりません?」


「……はい?」


 満帆の庶民生活、目標その一。

 それは、「友達を作ること」だ。


 満帆の目はどんな宝石よりも輝いているが、風子の目は泳いでいる。


 それはそうだろう、いきなりお嬢様のような変人に話しかけられたのだから。

 しかも、名前を褒められ、急に「友達になろう」と言われるなど、庶民的にはあり得ないことだ。


 どうする、風子。


 風子は、ぐるぐると目と思考を泳がせた後……。


「……なります」


 そう、答えてしまった。


 どんどん顔が死んでいく風子とは対照的に、満帆はさらに光った。


「お友達……本当に、なってくださるの? くださるのね? はーっ、なんて嬉しいのでしょう!」


 ……よかったですね。


 一人で盛り上がっている満帆をよそに、風子はため息をついたのだった。


 ―――


 満帆がやってきて、一週間。


 満帆と風子は、というと……。


「風子さん、その髪飾り、とてもお似合いですわ!」


「え、そうかな……? 百均だけど……」


「ええ、お似合いです。結局のところ、高いものよりも、センスの光る安いものがよかったりもします」


 満帆が眺めているのは、風子のポニーテールの根本に乗っかるシュシュ。


 が、どこか遠くを見ているようにも見える。


「お金だけをかけていても、美しくなければ意味はありませんから……」


 満帆は思い出す。


 ゴージャスな装飾をつけた、元クラスメイトのことを。


 彼女は、マウントを取りたい性格だった。

 確かに家はお金持ちだった。

 髪飾り、文房具など……。

 彼女が持ってくるものは、全て最高級のものだった。


 あるとき、満帆はこう思った。

 「彼女の持ち物には、美しさが感じられない」と。


 お金をかけていることは、わかる。

 でも、それだけだ。

 美しさやかわいさ、かっこよさが、全く伝わってこなかった。


「その、庶民らしさが良いのです。今度、わたくしも百均とやらに行ってみようかしら」


「えっ、百均行ったことないの?」


「お恥ずかしながら……。どのようなものがあるのですか? その、髪飾りのようなものですか?」


 まるで、「あれはなに?」と大人に訊ねる子どものようだ。


 それがおかしくて、風子は少し笑いを漏らした。


 このお嬢様は、あまりに無邪気すぎる。


 ここは、私が教えてあげないと。

 世間知らずの、お嬢様にね。


「百均はね、売っているものが全部百円なの」


「なんと……! 庶民的、ですわね!」


 そうやって、満帆は少しずつ庶民のことを知っていく。


 ―――


「ごちそうさまでした」


 この学校の食堂での昼食も、段々と慣れてきた満帆。


 食器を返却し、教室へ帰ろうとしていると。


「おい」


 満帆が振り返ると、そこには目つきの鋭い男子が立っていた。

 満帆と同じクラスの、荒野順太(あらのじゅんた)だ。


 落とし物は……していない。

 通行の邪魔にも……なっていない。


 満帆には、自分が呼び止められる理由がよくわからなかった。


「何か、用でしょうか」


「ああ、用だよ」


 呼び止められたのが風子だったら、確実に震えていただろう。

 だが、今ここにいるのは満帆だ。

 風子のように、臆病ではない。

 むしろ、満帆は強い。


「……ここは、人が通りますわ。話すのなら、場所を変えましょう」


 順太は答えない。


 答えないが、沈黙を肯定と受け取った満帆は、ずんずんと人気のないところへと進んでいった。

 仕方ない、といった様子で、順太は満帆についていく。


 二人がたどり着いたのは、人気のない廊下だった。


「ここか……。ここなら、タイマンにはもってこいだぜ」


「……たいまん? どういうことですの?」


「タイマンも知らないのかよ。ま、簡単に言やぁ、決闘ってことだ」


 首を傾げる満帆に、順太は告げた。


「お前、花道家のお嬢様だったんだろ?」


「……」


「きっと、高いもん食ってたんだろうなあ。でも今は、こんな庶民の学校に通ってる。落ちぶれたんだろ」


「それが、何ですの?」


 満帆の目は、順太の目つきよりも冷たく、鋭かった。


 タイマンの意味はよくわかっていないが、きっと悪い意味だ、ということはわかっている。


「花道が落ちぶれたことは、あなたには関係のないこと。話はそれだけですか?」


 話を切り上げたいオーラを出しても、やめてくれる相手ではない。


 順太は、眉根を寄せて叫んだ。


「落ちぶれたっていうのに、口調とか仕草がお嬢様をやめてないんだよ! そういうのうぜーの。俺は貧乏だ。なんか癪に触るんだよ」


「あら、滲み出してしまっていたの?」


「そういうのだよ、そういうの!」


 肩で息をする順太と、お嬢様らしく口元に手を当てる満帆。


 会話が噛み合っていないというか、順太の言いたいことが伝わっていない感じだ。


 順太は、イライラを隠そうともせず、ぶつけた。


「口調とかで、『昔はすごかったからアピール』やめろって言ってんの! ああ、それは無理か。過去の栄光に縋るしかないもんなぁ?」


 満帆は俯いていて、表情が読めない。


 ここ一週間、満帆は楽しく過ごしていた。

 お嬢様らしい言動が漏れ出ているとも知らず。


「わたくしは……」


 満帆が、ゆっくりと顔を上げる。


 その強かな目で、しかと順太を見据えた。


「わたくしはただ、あなた方のことを知りたいだけでございます」


 順太の片眉が、ピクリと動く。


 気にせず、満帆は続けた。


「無自覚のうちに言動がお嬢様らしくなってしまったこと、そしてアピールしていると誤解させてしまったこと。心より謝罪しますわ」


 お辞儀の角度は、きっちり四十五度。

 それでいて、花が舞うように柔らかくもあった。


「なん、だよ……。勘違いだったってのか……?」


「ええ。これからは、仲良くしてくださると嬉しいです」


 満帆は、順太へと手を差し出した。


 その手を取ろうか取るまいか、逡巡して宙に浮いた手を眺める順太。


 そして、手を伸ばし――。


「あー、こんなところにいたの? ゼェ、ゼェ、学校中探そうとしたんだからね? ハァ、ハァ」


「あら、風子さん。ごめんなさいね」


 風子は、頰に手を当てて笑う満帆と、静止する順太を見比べる。


 次の瞬間、「ええっ」と声を出した。


「花道さんと荒野くん、ええっ? そういう、ええっ?」


「バッ、バカ、どんな勘違いしたらそうなるんだよ!」


 顔を赤くする、風子と順太。


 手を差し出したままの満帆だけが、何もわからずに顔色を変えずにいた。


「やれやれ。騒ぎすぎですよ、二人とも。さ、教室に帰るとしましょうか!」


「そうしよう、そうしよう! これ以上、変な虫がついたら嫌だし」


「誰が虫だよ!」


 ―――


 その日の夕方。


 帰宅した満帆は、その顔に満面の笑みを讃えていた。


「おかえりなさい。その顔は……。学校は、楽しいかい?」


「……はいっ。とっても、楽しいです!」


 そういう満帆の父親の顔色も、一週間前と比べるととてもよかった。


 お父様ったら、家を背負うしがらみから解き放たれて、明るくなった気がします。


 落ちぶれて、良かったのかも。


「そうだ、お父様。お土産でございます」


 そう言って父に差し出したのは、百均のレジ袋だった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!


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