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第五十話 家名の相談

結婚の話を進めるにあたり、一番長く話し合ったのは式の形式ではなく、名前だった。


 私がグランヴィル家へ嫁ぐなら、通常はエレノア・グランヴィルとなる。けれどテオドール様は、最初から私のハースト姓を残すと言ってくれた。


 法務上の選択肢はいくつかあった。


 エレノア・ハースト=グランヴィル。


 エレノア・グランヴィル、職務名としてハーストを併記。


 あるいは結婚後もエレノア・ハーストを公的な名綴り師名とし、貴族名簿だけにグランヴィルを追加する。


 名前の家で、私たちは本当に仕事のように話し合った。


 イザベルは書類を広げて言った。


「前例は少ないですが、王妃殿下の後援があるので二重家名は通ります。ただし長いです」


 リネリアが横から言った。


「ながいの、たいへん」


「あなたもハースト=ヴァルトですからね」


「リネ、れんしゅうしてる」


 娘は誇らしげに言った。


 私は笑った。


「では、私も練習します」


 最終的に、私はエレノア・ハースト=グランヴィルを公的名とし、名綴り師としてはエレノア・ハーストを使い続けることにした。テオドール様は当然のように受け入れた。


「長い名は冬の道標に向いている、と言ったでしょう」


「そうでしたね」


 リネリアはその言葉を聞いて、嬉しそうにした。


 娘の家名についても確認した。


 結婚によってリネリアが自動的にグランヴィル家へ入ることはない。彼女はリネリア・ハースト=ヴァルトのまま、私の娘として暮らす。将来、本人が望めば養子縁組や家名変更を選べる。


 テオドール様は、リネリアへ直接説明した。


「リネリア様。私はあなたの名前を変えません。あなたが私をどう呼ぶかも、あなたが選んでください」


 リネリアは考えた。


「テオドールさま、ながい」


「そうですね」


「テオさま?」


 彼は少し驚いた。


「それでよろしければ」


「うん。テオさま」


 その日から、リネリアは時々彼をテオさまと呼ぶようになった。


 最初に呼ばれたとき、テオドール様は領兵の前で明らかに動揺し、マリベルに「顔が緩んでいます」と注意された。


 式は春に行うことになった。


 雪が解け、ヴァルト家から届いた白い小花の種を植える頃。


 アルベルトには、私から書面で知らせた。


 返事は短かった。


 リネリアが安心して暮らせるなら、それを願う。君の新しい名前を尊重する。


 その下に、少し迷った筆跡で、おめでとう、と書かれていた。


 私はその手紙を読んで、静かに閉じた。


 過去は消えない。


 けれど、過去の人が未来を邪魔しないこともある。


 セシリアからは長い手紙が届いた。


 祝福の言葉、ミーナの描いた花の絵、そして王都分室で補助員として正式採用された報告。彼女は自分の失敗を母親向け講座で話し、好評を得ているという。


 ミーナの追伸には、こうあった。


 リネリアへ。おめでとう。テオさまってよびかた、かわいいです。わたしも、いつか北境にまた行きたいです。ミーナより。


 リネリアはそれを読み、返事を書いた。


 ミーナへ。ゆきがし、たべよう。リネリアより。


 短いが、友情は十分伝わる。


 名前の家では、結婚式に使う布を皆で作ることになった。


 豪華な刺繍ではなく、関わった人たちの小さな印を一枚の布に縫う。うさぎ、黒パン、月、星、鈴、風、林檎、針、北風草、白い小花。


 リネリアは、私の印として手を縫った。


「おかあさまの、て」


 以前、娘がそう言ったことを覚えていたのだ。


 私はその小さな手の刺繍を見て、胸がいっぱいになった。


 私の名前は変わる。


 でも、娘が握ってきた手は変わらない。

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