異世界転生したら神の声が聞こえたので論破したら現実に戻された
気がつくと、草原だった。
空は異様に青く、雲はやけに白い。遠くに城のような影が見える。風が吹き、草が波のように揺れていた。
ああ、と俺は思った。
異世界転生だ。
その時だった。
「ようこそ、異世界へ」
頭の中に声が響いた。
来たな、と思った。
「あなたは選ばれし者です。これより、あなたの能力を鑑定します」
視界に文字が浮かぶ。
――ステータス鑑定――
名前:西浦ひろゆき
年齢:42
職業:会社員(元)
筋力:E
敏捷:E
魔力:F
幸運:D
スキル:
・読書(Lv3)
・Excel(Lv2)
・空気を読む(Lv5)
所持品:
・スマートフォン(電池残量23%)
・財布(現金8,420円)
・社員証(無効)
「以上です。あなたは平均的な能力を持つ一般人です」
「ちょっと待て」
「はい?」
「平均的って何だ」
「この世界における一般的な数値です」
「それってあなたの感想ですよね?」
沈黙があった。
「……感想ではありません。統計です」
「統計って、サンプル数いくつ?」
「……」
「母集団の定義は?」
「……」
風が吹いた。
草が揺れた。
「……再計算します」
表示が一瞬消えた。
――幸運:測定不能
「雑だな」
声がわずかに苛立った。
「あなたは勇者です。細かいことは気にしないでください」
「勇者って誰が決めた?」
「神です」
「神って誰だ?」
「……私です」
「じゃあ聞くけど」
俺は空を見上げた。
「神の定義は?」
「……世界を管理する存在です」
「どの宗派?」
「……」
「一神教?多神教?汎神論?」
「……」
「人格神?概念神?」
沈黙。
風が止んだ。
「……私は、神です」
「それ、定義じゃなくて自己申告だろ」
声が少し荒れた。
「神とは、神であるものです」
「小泉構文か」
「……」
「神とは神である、って、それ何も言ってないぞ」
沈黙。
草原に気まずい空気が流れた。
「あなたは魔王を倒す勇者です」
話題を変えてきた。
「魔王って何だ?」
「悪です」
「悪の定義は?」
「……世界に害を与える存在です」
「それってあなたの感想ですよね?」
長い沈黙。
空がやけに青かった。
「……魔王は危険です」
「まだ現れてないんだろ?」
「はい」
「じゃあ予測だな」
「……」
「それって、まだ犯罪を犯してない人間を逮捕するようなものだろ」
声が微かに乱れた。
「魔王は必ず悪になります」
「根拠は?」
「……過去の事例です」
「過去の魔王と同一存在?」
「……」
「違う個体なら、ただの偏見だな」
沈黙。
遠くの城が、少し霞んだ気がした。
「それに」
俺は続けた。
「俺、帰りたい」
「帰れません」
「なぜ?」
「あなたは死んだからです」
「死んだ証拠は?」
「……」
「誰が確認した?」
「……」
「医師の診断は?」
「……」
空が、わずかに歪んだ。
「夢の可能性は?」
「……」
「脳内現象の可能性は?」
「……検証します」
視界に表示が出た。
――現実確認中――
草原がノイズのように揺れた。
空がにじんだ。
城が崩れた。
気がつくと、白い天井だった。
消毒液の匂い。心電図の音。
「……戻りました」
頭の中の声が言った。
「あなたは交通事故に遭い、意識不明でした」
「やっぱりな」
「異世界はあなたの脳内構造です」
俺は天井を見た。
「勇者じゃないな」
「はい」
「魔王もいない」
「はい」
「じゃあ敵は?」
少し間があった。
声が、どこか疲れた調子で言った。
「……敵は、あなたです」
「俺?」
「はい」
「なぜ?」
声が、静かに言った。
「神ですら、論破する人間は、世界にとって少し扱いづらいので」
俺は笑った。
スマートフォンが枕元にあった。
電池残量は、23%だった。




