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異世界オカンシリーズ

婚約破棄宣言直前に新喜劇好きなオカンの魂が入り込んだ公爵令嬢スチーノ。その後の台詞が一から十までえげつない公爵令嬢スチーノ。

作者: 塵無
掲載日:2026/01/17

 総合司界者シリーズの続きを書こうと思い気付いたら「異世界オカン」シリーズが始まりました。


 タイトルが状況説明を兼ねているので、その前提で話は続きます。


 関西方面の方言が色々と混ざっていましたら、御容赦下さい。

「スチーノ・オル・マルティシア公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄す「じゃかぁしゃあんんっだらrrrrrぁこのクソがあぁぁぁッッッ!!!!!!」


「!」


「!!」


「!!!」


「!!!!」


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 数秒の、確かな沈黙が流れた。


「んな近いのにいちいちいちいち吠えんなやアホォボケェカスゥコラァ殺すぞぉッッ!!!!!!!! ……クソがぁー」


 その後にまた勢い良い罵声と捨て台詞のような悪口。


 婚約者でもあった王太子の台詞に被せて怒鳴り込み、何故か捨て台詞のように悪口を小さく言うのは、ラベンダーカラーのロングヘアーにワインレッドのドレスが似合う公爵令嬢スチーノ。


 だがオカンの魂が唐突に入り込んだ今、その清廉な出で立ちと眉目秀麗な容姿から放たれる言葉がとんでもなかった公爵令嬢スチーノ。


 生憎今の彼女の心はワインレッドではなく鈍色とクリムゾンと粉物色である。


 青天の霹靂よろしく、今の怒号を前にその場にいた者たち全ての時が止まった。


 婚約破棄を言い渡した王太子も。


 勝ち誇った笑みを向けていた王太子の新たな婚約者(予定)である子爵令嬢も。


 その二人の両親……国王と王妃、子爵と子爵夫人も。


 そして婚約破棄を言い渡された公爵令嬢の両親も。


 パーティー会場にいた全員の、時が止まった。


「な……な、ん……ん?」


「ぬ、ぬぬ……んん」


「な、なん……なん……「ぬんぬん!」


 おそらく王太子の真似をしているのであろう公爵令嬢スチーノ。


 再び時が止まる会場で、すかさず口を開く公爵令嬢スチーノ。


「「な、ん……な、ん」て何なん自分!? 喋んならちゃんと喋りやぁ! 赤ん坊かおどれは赤ん坊ちゃうわ! 赤ん坊の方がまだカワエエけどアンタ全然カワイないやんかぁ! カワイないならはよ喋らんかい!」


 セレブな格好でセルフなツッコミを入れる公爵令嬢スチーノ。


 本人は御満悦だが、周りの者は目が点になっている。


「え、え、え……? ス、スチー……ノ……?」


「い、一体……どうしたの? いつもの……スチーノじゃないわよ」


「あぁ、ごめんなおとうちゃんおかあちゃん。急にこないなことになってもて。まあ色々あんねんけど今はちょっとだけはぶかして」


 自分の両親にあたる公爵と公爵夫人に対し拝み手をして詫びる公爵令嬢スチーノ。


 初めて聞く娘からの自分たちの呼び方に、公爵夫妻は戸惑いを隠せない。


「ごめんな、ホンマにごめんな。ホンマに…………んでおどれじゃボケェェェエエイッ!!」


 両親に詫び、最後の方は口パクになるようにフェードアウトする流れで、そのまま再び王太子と子爵令嬢に向き直りイキり倒す公爵令嬢スチーノ。


 ラベンダーの花畑に風が吹いたように優雅に揺れる髪に対し、その表情は優雅さとかけ離れていた公爵令嬢スチーノ。


 素材が良いだけにそのギャップは激しかった公爵令嬢スチーノ。


「なんやねんな自分! 場所も考えず人目もはばからずにぃ、えぇえ? こんな肥え~たオッサンと化粧クッサいオバハンと、キャンキャンキャンキャンうっさい娘っこらのいる前で。いきなりデカい声で女に怒鳴るヤツどこにおんねんなぁ!!」


「こ、肥え……オッサ……?」


「く……「クッサイ」……ですって?」


 今の言葉に反応する参加者がざわつくが、そんなことお構いなしの公爵令嬢スチーノ。


「な……きさ、何を……」


「! おっきい声なら、自分だって出してるじゃな「だぁっとれクソガキゃあチクショウめぇいっ!!」


 いまだに状況が把握できない王太子に代わって、先に口を出せるようになった子爵令嬢が反論する。しかしそれに被せる公爵令嬢スチーノ。


 子爵令嬢を上から下まで、そして折り返して下から上まで見る公爵令嬢スチーノ。


 その視線の先にいる相手はフリルのついたピンクのドレスに、ボリュームを持たせたイエローブロンドが軽やかに弾む。


(あまったるい()やわぁ……)


 ここだけの話そう思った公爵令嬢スチーノ。


「……こんのキラッキラッフワッフワッヒラッヒラッピンクッピンクッさせよってからにホンマにぃコラぁ」


「な、何……? キラッとかフワッとかって……」


「ピンクッピンクッてなんなんだよ……」


「ビクンビクン?」


「ビッ……ブフッ、違うわよ……ピンクよピ、ンクク、クフフフ……」


「誰だ今笑ったの……フフフハハ……」


 戸惑いや混乱が引いてから今の言葉を反芻していたギャラリーから、一つ二つと小さな笑いが聞こえてくる。


「なんや自分。桃か。桃食いおったんか。ちょうちょが桃食うて生まれたんか」


「も、桃……?」


「なんや桃知らんのかいな自分。あれや、ピーチやピーチ。ああ、それもダメか」


「ピーチ……あの果物か」


 端の方にいた若き騎士団長が、手を添えていた顎を上げて小さく答える。


「そうそれやそれ! 多分それや知らんけども! 正解おめでとうはい拍手!」


 小さな呟きを目ざとく、いや、耳ざとく聞き、騎士団長を指さしてから拍手する公爵令嬢スチーノ。


 数秒間一人だけだった拍手が、最後は数人それに倣うように拍手する。強烈な存在は、モブとなっている者たちをこうも惹きつける。


 カリスマ性抜群である公爵令嬢スチーノ。


 最後の締めに「パン! パンパンパン!」とやりたかったが、それも知らないだろうと止めておく公爵令嬢スチーノ。


「知らないのに正解なのか」


 騎士団長の呟きに対し、「ナイス!」と心で言い放ち両手の人差し指で騎士団長を指す公爵令嬢スチーノ。


「ええツッコミありがとぉ。お兄さんモテるできっと。んで、多分やけどな? そのピーチがウチらのいう桃やねんけどな。アンタそれ食うたんやないかー思ぉとるんよ」


「……なんで、ピーチ食べたらこうなるのよ」


「だってアンタ自分のカッコ見てみぃ? ちょうちょみたいにキラッキラッヒラッヒラッしてはるやんかぁ。そんなちょうちょが桃食うてみぃ、ピンク色になってピッッチピッッッチの女の子の出来上がりやでぇ」


「? ちょうちょはピーチ食べな「ピーチだけにな!」


 子爵令嬢の正論をゴリ押して、勝ち誇ったような顔で言い放つ公爵令嬢スチーノ。


 だが誰も反応しない。無理矢理押し通したダジャレが、この世界では知られていなかったことを知らなかった公爵令嬢スチーノ。


「……正面こっちな」


 間を空けて口を開くと、両親のいる方向を扇子で指す公爵令嬢スチーノ。


 その方向に対して横向きになっている。


「ジャッ! ジャッ!!」


 そう口で言いながら、一旦勢いよく後ろを向いてからこれまた勢いよく前を見る公爵令嬢スチーノ。


 だが強い勢いを追いかける髪は照明やシャンデリアの輝きを映し込み、美しく靡かせる公爵令嬢スチーノ。


 前を向いた時は真顔であった公爵令嬢スチーノ。


 この時自分の頭の中ではギターが鳴っていた公爵令嬢スチーノ。


「……ンフフフッ」


「フフッ、コホンッ」


「な、ハハッ、どうしたんだ彼女は」


 一連の挙動に未だついていけない者が大半だったが、今まで自分が見聞きしていた評判と今の姿とのあまりの差に、笑いがこみ上げる者もいる。


 婚約破棄をされたことによる嘲笑ではなく、あまりのギャップで歓喜の反応に変える。流石公爵令嬢スチーノ。


「まそれはええわ。んでそこの、あーそこの金髪糸ようじ顔、お前じゃ」


 子爵令嬢の隣で未だに固まっていた王太子を雑に扇子で指す公爵令嬢スチーノ。


 事があまりにも急すぎるあまり、仮にも婚約者であり王太子でもある存在を「お前」と呼んだことには誰一人触れられずにいた。


「わ、わたし、か……?」


「アンタ以外誰がおんねんなぁ! 「王太子」って書いて「糸ようじ」って読むような顔やないかぁ。「鏡よ鏡、世界で一番糸ようじに近い顔はだ~れ?」とか聞いてみぃ。間違いなく自分やで?」


「何? 何なのイチュジガオって……」


「そもそもイトゥヨジって何なんだよ」


「鏡にすら言われるほどなのか、王太子は……その……イトヨジ、というものに……」


「イト……ヨウ、ジ……ですって……?」


「ブフゥッ!」


「ハハハ、っと……危ない」


 この世界にあるはずもない糸ようじに翻弄され笑いが連鎖していく。王太子もよく分からないものに例えられた挙句笑われているのは気の毒である。


 しかしその傷に塩と辛子酢味噌と小麦粉を満遍なく塗りたくるのが、今の公爵令嬢スチーノ。


「んで自分や、自分! 早いて早すぎるてぇ! 何いきなり婚約破棄突き付けとんねんなぁ! パーティー始まったばっかりやないのぉ」


「そ、それは! 一刻でも早く貴様の悪事を「女の子に向かって「貴様」言うたらアカンやろこのタコスケぇぇぇ!!」


 漸く会話ができそうな状態になった王太子にも、遠慮なく被せてくる公爵令嬢スチーノ。


「女は男に「タコスケ」? とか言っても良いものなのか」


 再び騎士団長を指さす公爵令嬢スチーノ。


 求めているものが近くにあって内心嬉しくてたまらない公爵令嬢スチーノ。


 だが心の中だけでは抑えられず、微笑という形になって出てくる公爵令嬢スチーノ。


 そんな彼女にトゥンクした男性陣もいないことはなかった。


 素材は良いので笑えば入れ食いな公爵令嬢スチーノ。


「何アンタ、「はじめのいーーーっぽ」の「ぽ」で終わりにしようとしとったんか? あれか、 「ぽ」で締めたかったんか?「ぽ」で幕引きたかったんか? 婚約もパーティーも「うわ自分上手いこと言うたなぁ」とか思うとったんか自分。何やねんそれぇ。八尺様もビッく○ポンやで」


「……は、ハッシャ……?」


「何だ、ハッシヤクソマというのは」


「違いますわ貴方。ハッシャクサマと仰ったのよ、彼女は」


「ビクリャ、ポン……とは?」


「ビクンビクン?」


「さぁ、どちらも初めて聞くな……」


「オイ誰ださっきのピンクの言い間違いと同じこと言ってきテャのはハハハハ……!」


「ホラみんなこないなことになっとるやんかぁ。アンタのせいやで?」


「……いや、きさ……君のせ「男だったら最初から言うたもん最後まで言い切らんかい何さらしとんじゃこんのカッッッスがぁっ!」


 王太子が先のことを踏まえ言い直したことを台無しにする公爵令嬢スチーノ。


 色恋沙汰は問題があれども、少しばかり気を使った男に真正面からダブルバインドで殴りつけるのが今の公爵令嬢スチーノ。


 理不尽。実に理不尽である公爵令嬢スチーノ。


 幸いというか何というか、その他の点で衝撃が大きすぎて今の理不尽は言われた本人を除いて誰も気づかない。


 最早観客と化した貴族たちのざわめきが落ち着きだしたタイミングで、お辞儀をする体制をとる公爵令嬢スチーノ。


 ゆっくりと体を起こしつつ、首をわずかに傾げて両手人差し指を王太子に向ける。


「ポポポーポ・ポーポポ」


「え?」


「いやスンマセン何でもないです」


 扇子を横に振りながらトーンの下がった一言で無かった事にしようとする公爵令嬢スチーノ。


 今度はトーンの差で周囲から小さな笑声が聞こえる。


 反応は今一つ。だがそこは内心図太くなった公爵令嬢スチーノ。


 さらに「ポ」で畳みかける公爵令嬢スチーノ。


「……あれやろ? 全部思った通り終わらさえたらこう言いよるんちゃうん?」


 と言って扇子を持っていた手で指を閉じたピースを作り、額に持っていく公爵令嬢スチーノ。


「「ポッポ、ポポポポッ! (みんな、ありがとう!)」とか」


 言い切るとニカッと歯を見せる笑みを見せる公爵令嬢スチーノ。


「あ……」


「んふぅッ!」


 ギャラリーから確実にトゥンク勢という味方を増やしていく公爵令嬢スチーノ。


「「ポッ(ふん)」、とか」


 今度は王太子に背中を見せてクールな表情になる公爵令嬢スチーノ。


「あっ……///」


「はうっっっ……!」


 今度はうら若き令嬢と御婦人方をトゥンクさせる公爵令嬢スチーノ。


 最早虜にするのは老若男女問わない公爵令嬢スチーノ。


「あと「クソッ! ポーポポに負けた! (クソッ! ポーポポに負けた!)」とか」


「何故そこだけ普通に喋る」


 秒速で的確な返しがまたもや騎士団長から放たれる。


 この世界には存在していることがないかもしれない。そう思っていた立ち位置の人間がそこにいる。


 まるで生まれて初めてシロップがけしたパンケーキを食べたかのように、嬉しさのあまり蕩けた笑顔で騎士団長を見て首肯する公爵令嬢スチーノ。


「……可愛らしい」


「スチーノ様って、あんなに愛らしい顔ができるのですね……ハァァ、持ち帰りたい」


「……なんて、愛嬌のある笑顔なんでしょう。あんなに可愛いお姉様がいて欲しいですわ……」


「普段が凛としてるから……すごく、「いいな」って思えてきた」


「何でもそつなくこなして、あんなに素敵で面白い公爵令嬢に婚約破棄を言いつけられたのか、王太子殿下は」


「待てよ、婚約破棄されたってことは俺達にも……」


「吾輩にも希望があるということだな! よし! すぐにでも」


「貴方」


「ひゃい! すみませむ……」


 一糸の乱れもなくしっかりとした佇まいや振る舞いを見せていた公爵令嬢の新たな一面に、良い意味で驚かされる周囲の者たち。


 しまいには婚約破棄をした王太子への疑問や、挙句それをいいことに婚約を申し込みたいと思う者もいれば、人形のように持ち帰って愛でたい、姉になって欲しいと、その人気は年齢、性別問わない。


 このパーティー会場での一日、僅か一時で人気ブチ上がりな公爵令嬢スチーノ。


 そんな彼女のリリックは止まらない。


 ワインレッドでハイトレンドなセンスと扇子で舞い。


 場違いだがバチバチな交わりで場の人気は間違いない。


 でガチ目なヤツをかますpunch line.


 It's a Rhyme&Flowのparty night.


「それともあれなんかなぁ。 相方がピーチ食うとるだけに起承転結の「(ケツ)」出したかったんかもしかして。いや何やそれ変態やないのぉ」


「へ……へん、たい……だと?」


「それとも中二病発症した子っちゅうんかなぁ、中途半端な哲学者気取ったニートみたいなこと考えとんちゃうん? 「始まりはこれ即ち終わりである」とか言うてそうやもんな自分」


「……チウ、ニビョ……?」


「ニート、とは何だ……」


「……何を、言っているんだ、きさ「貴様言うなって言うたやろボケェ轢き殺すぞこの大根ひげ王子がぁ!!」


 思わず扇子で手の平をペシィィン! と勢いよく叩く公爵令嬢スチーノ。


 やりすぎたのか手をブルブルと振るわせて痛みを逃がそうとする公爵令嬢スチーノ。


「 ……ほっそほそぉしよってからホンマにぃ……」


 そして今の自分から目を背けさせようと、ポソリと王太子の傷にワサビを追加する公爵令嬢スチーノ。


 ただただ、どう呼んでも怒鳴られ、理不尽な目に遭っている王太子が哀れだった。


 だが悲しいかな。婚約破棄という大きすぎる出来事を行ったが故に、そんな彼を擁護する者は現れない。


「大根……ひげ……フッ」


「ほ、ホホホッ、「ほっそほそ」って、何? ねぇお父様、何?」


「い、ハハッ……分からないが……細いということじゃないかな……クククッ」


「な、なんだか……今日のスチーノ公爵令嬢……」


「ええ……フフッ、言葉選びが……分からないけど多彩ですわ」


 思うままに言っているだけだが、不思議と株が上がっていく公爵令嬢スチーノ。


「何? あれか、お前の人生ゲームはスタートとゴールの二マスしかないんか」


「人、生……?」


「ゲーム?」


「ここスタートですぅ、でここゴールですぅ」


 扇子で空中に円を描いてスタートとゴールを示す公爵令嬢スチーノ。


「スタートに車ありますぅ。馬車みたいなやつですぅ。一人乗せますぅ。ルーレット回しますぅ。「1」出ましたぁ。ゴールですぅ……」


 手に持っていた扇子で描いた円が二つ。そこにトン、トン、と扇子をやる。


「…………」


 それから間を開けて、少し哀愁のある笑みを王太子に向ける公爵令嬢スチーノ。


「かっっっっっっわいそうな人生やねぇ」


 その表情にトゥンクった男女の総数がまたもや跳ね上がった。


 流石公爵令嬢スチーノ。


 やろうと思えばあらゆる者を惚れさせる魅力を持つ公爵令嬢スチーノ。


 そしてそれをしっかりと自覚している公爵令嬢スチーノ。


 だが彼女はそれを無闇に行使しない。だって淑女ですもの。


 淑女だがオカンな公爵令嬢スチーノ。


 厄介極まりない。厄介極まりないぞ公爵令嬢スチーノ。


 そんな淑女オカンに哀れみの目を向けられ、一瞬呆気に取られる王太子。というか糸ようじ。


「か、かわいそう……だと? わたしが……」


「かわいそうでしかないやんかぁ。何もかんも決められた道しか歩けんし、ここでも婚約破棄言えば終わりや思ぉとるし。あと細いし。かわいそう以外何があんねんなぁ」


 熱くなったからか、扇子を開き自分を軽く扇ぐ公爵令嬢スチーノ。


 扇子を初めてまともに使った公爵令嬢スチーノ。


「それにアンタとウチの婚約ってあれやん、国王陛下が認めた婚約やないですかぁ。それを自分だけで決めて。多分誰にも言うてへんちゃうの? そんなんでええんかいなぁ、思うんやけどねぇ」


 オカンの魂が入って初めてまともな会話というか言い分をした公爵令嬢スチーノ。


 そして糸ようじも初めて言葉に詰まる。言っている事が最もだからだ。


「まーーーーーもうここまで話デッカくなってもうたから、今さらなかったことにぃ……とかでけへんやろけども」


 くびれた腰に手を据えて、扇子をポンと肩にのせ、あきれ顔を見せる公爵令嬢スチーノ。


「んで何でそこのピーチな姫が好きになったんよ? ていうか何でそれさっさと言わんねんな」


「! そ、それはき、君が話を遮ったからだろう!」


「間ぁ悪いわ! もっとテンポよくせぇテンポをぉ!」


 話は遮る、どんな言葉を返しても怒られる。


 不条理、実に不条理である。


 だが正直な話、そもそもは糸ようじが婚約破棄を言い出し、しかも実の父でもある国王にすら言わず独断で行ったのが始まりなので、何も言えない。


 再度詰め寄る公爵令嬢スチーノ。


「でさっさと答えんかいや! アンタなんでさっさと言わんねんなぁ!」


「話遮ったからだろう」


 音速で髪を振り、騎士団長へ蕩けた笑みを見せる公爵令嬢スチーノ。


 またトゥンク勢が増加。この時点で会場内のトゥンク率は五割を超えている。


 再び糸ようじの方へ顔を向き直す公爵令嬢スチーノ。顔はしっかり戻っている。


「アレや! あんな感じでサササッと言ってクククイィ~て返すんやで! ああいうのがええんよああいうのが!」


 壁によりかかり事の成り行きを見ているに過ぎなかった、ただ気になった所に要所要所疑問を投げかけた。騎士団長の行ったことはそれだけだった。


 だがそれこそが今この場ではツッコミとして生き、何より淑女オカンが最も欲しているものだった。


 彼女を何度も笑顔にした。この場においては、同じく素材が良い騎士団長の株も爆上がりするには十分な理由だった。


「で? 何でなん?」


 三度目の質問ではもう内容を大分端折った公爵令嬢スチーノ。


 だが質問の意味は皆理解している。聞くにはこれで十分だった。


「……ぁぃだ」


「?」


 よく聞き取れなかったのか、眉をひそませて王太子に耳を向ける公爵令嬢スチーノ。


 眉をひそめた顔も、今この場では彼女の新たな一面として勝手に評価され、勝手にトゥンクられる。


「……真実の愛だ」


「な……」


「真実の、愛ですって……?」


「王太子が、子爵令嬢と……」


 糸ようじの言葉に周りがざわめき始める。


 だが今度は顎に手を添え、王太子に耳を向けたまま一歩近づく公爵令嬢スチーノ。


「公爵令嬢は、聞こえていないのか……?」


「もしかしたら、改めてショックで聞きたくないのかもしれませんわ」


「確かに……長く婚約していた末に破棄されるんだものな……」


 自分の婚約者の状態と周りの声に、今一度糸ようじが今度は声を大きくして言う。


「真実の愛だ!」


 会場全体に響き渡らんばかりの声で、糸ようじは叫んだ。事実上子爵令嬢への婚約宣言とも言えよう。


 糸ようじの細い体に見合わぬ大音声に、会場は一瞬で風の吹かない湖のように静かになった。


 そして数秒後。


 拝み手の後人差し指を立て、口パクで「ゴメンも一回」と言う公爵令嬢スチーノ。


「何度言わせるんだ」


「ぁ……」


 数瞬。口を開いたのは騎士団長だった。糸ようじはまたほっそほそな声を出した、というより漏らしたの方が近いかもしれない。


 その状況を目の当たりにした会場内の人間から、今日一番の笑いが起きた。


 普段は体裁や見てくれを気にする貴族の面々が、外聞も捨て、あるいは口を開け、あるいは扇子で顔を覆い、あるいは腹を抱えて笑っていた。


 嗚呼、これこそ、求めていたものだ。


 心が満たされていく。


 心が豊かになる。


 そんな気持ちを一身に感じていた公爵令嬢スチーノ。


 今にも歓喜のあまり声を出したい公爵令嬢スチーノ。


 だが今はまだ出せない。まだ言うべき物が残っていた。聞き返した時から表情を緩ませず、しっかりと告げた。


「「真実の愛だ!」言う所がちょっと聞こえんかったね」


「聞こえてるじゃないか」


 そう切り返すは勿論騎士団長。幾人か察しの良い者は既にそちらの方を向いていた。


 本来ならば糸ようじが言うべき台詞であったが、コイツにはこんな切れのいい……むしろツッコミ自体ができない。


 コイツはアカンわ。


 婚約者としては当然ながら、ツッコミに関しても既に糸ようじに見切りをつけている公爵令嬢スチーノ。


 同時に思っていた。


 この子サイコーやわ。


 もう微笑ましい顔をして騎士団長に向かって小さく拍手をしている公爵令嬢スチーノ。


 それを見て何人かは、同じように騎士団長に拍手していた。


 一番困惑していたのは拍手を受けていた本人だった。


 仮にも糸ようじであるはずの王太子、ではなく王太子であるはずの糸ようじの存在感はより細く、薄く感じられる。


 婚約者予定の子爵令嬢はフワッフワなピンクな置物と化していた。


 拍手もまばらになった頃、糸ようじと置物の方を向く公爵令嬢スチーノ。


 それに合わせて皆の視線が同じく動く。


「それで終わりかいな」


「え?」


「「え?」やあらへんがな。こんな大層な場ぁで婚約破棄宣言決め込むんやで? それだけやないやろ」


 今度は適度な力加減で扇子で手のひらを叩く公爵令嬢スチーノ。


 数回手を叩いた後、扇子で糸ようじらと反対方向を指す。


「もうみんな待っとるで。アンタがどんな答えかましよるんか。さぁーきっとオモロい答え、出してくれるんやろなぁ」


 煽る。煽り散らかす公爵令嬢スチーノ。


 更に扇子を軽く上に降り会場の者たちをも煽りだす。


 皆の期待は最高潮である。


 ここで糸ようじが王太子としての威厳を(ボケて)取り戻すのか。それとも所詮糸ようじで終わるのか――。


 再び静まった会場で一身に注目を浴びる糸ようじ。数十秒とも言える時間の末に、漸く口を開く。


 だが、残念なことにそれは糸ようじはやはり糸ようじであって糸ようじ以外の何物でもないことを証明する物だった。


「……貴様は何様のつもりだ! 王太子である私よりも能力が高く、毅然としていて虫唾が走る! こちらが少し休むくらいで文句を言い、自分の方ができるといわんばかりに能力をひけらかす!」


 笑顔が一瞬にして真顔になる公爵令嬢スチーノ。


「王族でもある私よりも下の立場の分際で、私を差し置いて政治や経済にまで口や手を出すなどとふざけたことをしてくれる……! 私を見下して楽しいのか!? 私より能力のある自分に酔いしれているのか!? だとしたら貴様は貴族として最低最悪、貴族の風上にもおけない!」


 気のせいか、会場の空気が少し冷えた気がした。そう感じたの者は決して少なくない。


「そんな私を慰めてくれたのが、彼女だ。貴様は散々馬鹿にしてくれたが、私からしたら貴様の方が余程愚かだ! 彼女の素晴らしさが分からない時点で、貴様が王族に連なる資格はない!! ……この……悪女め!!!!」











「……んんんなんてことほざきよんねやこの糸坊主があああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!」


 キレる。キレる公爵令嬢スチーノ。


 婚約破棄宣言に被せた時のより遥かに大きく、遥かに怒気を含めた声。それに併せて表情も公爵令嬢どころか貴族らしからぬほどの、まさにこの世ならざる者の顔だった。


 あまりの怒声と憤怒の顔に、会場中の人間は誰一人違わずその主を見やる。騎士団長も例外ではなかった。


「……イトボーズって……」


「……ククッ……」


「い、今は……今はやめて……おね、フフッ、お願いだから……」


「フフフフフ……無理……フフフフッ」


 会場からは「黙った方が良い」という考えと、今までの状況から「笑わずにはいられない」という考えが混同していた。


 それを知ってか知らずか、ここ一番の怒声を張り上げる公爵令嬢スチーノ。


「出来が良くて当たrり前やないかおどれの嫁になんねんぞおどれの嫁言うたら次の国王の嫁やんか王妃やないか出来悪rrろうてどないすんねんな! そりゃ努力のいっこにこさんこせんわけにはいかへんやrrろが! 逆におどrrれなんなんや人がさんざん言うてもなんんんんんにもせんと「黙れ」やら「生意気」だ怒鳴るばっかで何ひとっっっっっつもやっとらんやrrrろが! 全部おどれで種まいとっておどれで勝手に僻んどるだけやないか!! 見下すぅぅ? 見下されるだけのことしてから言えやボケがおどれでやらかしたことなんやからおどれでケツ拭かんかいケツで思い出したわおどれあのピンクな娘っこに上手いこと丸め込まれとるやないかちょっとつまづいてもうダメやひょろっひょろなこと言うた時に慰められただけでコロッと行かれよってアホやないかぁ! んでそのアホらしさひけらかすことも分からんとこんなとこで婚約破棄だ真実の愛だほざきよってこんのクソがミキサーに体ぶち込んでドチャクソかき回したんぞコrrrrrrラアァッッッ!!!!!!!!!!」


 息つく暇もなく、所々巻き舌になりながら一気に浴びせる怒りの叫び。


 今この場において、彼女に何か言う者は誰もいなかった。


 糸ようじ、もとい王太子は自らの能力と知性の低さと棚上げ諸々(全て正論)を出されて。


 子爵令嬢は自覚がありながら王太子を誑かし、奪った相手の恐ろしさに。


 会場にいる両親、その他の全員は彼女の初めて見る姿に驚きのあまり。


 誰一人。誰一人として、口を開けなかった。


 一しきり言い切って一息ついた公爵令嬢スチーノ。


 だが見渡せば、その場にいた皆が黙ったまま、動かぬままこちらを見て固まっている。


「…………」


 この状況を見て少し考える公爵令嬢スチーノ。


 すると会場の皆の方を向き、困り眉に唇をすぼめた。


 そしてしなやかな人差し指を口元にあてて一歩前に出る。


 ここで一言。











「こわかったぁ♡」


 会場中全ての人間が、何故か盛大に倒れこんだ。






 ◇◇◇その後◇◇◇


 会場を最高に沸かせた公爵令嬢スチーノ。


 途中から話を聞いていた国王と王妃から、正式に王太子側の責任での婚約破棄を認められる。


 王太子は廃嫡し、弟が次期国王候補に。


 子爵令嬢は「元」王太子と仲睦まじく僻地へ飛ばされた。


 あとは婚約破棄となった後、即座に自らの希望を出した公爵令嬢スチーノ。


「あのお兄ちゃんでたのんますホンマに。あのツッコミはここやと貴重なんですわ。ホンマにお願いします、ホンマにホンマに……」


 と、また最後に口パクになりながらも頼み込み、騎士団長との婚約が決定。


 騎士団長曰く「嵐にでも飲み込まれたようだ」と言いながらも、幸い爵位もあり、何より会場での鋭い指摘を見事にこなす手腕に周りも納得、婚約してみると息がピッタリ。


 会話の絶えない、うるさくも楽しい仲だという。




 オカンの魂が乗り移った公爵令嬢スチーノ。


 自らの婚約破棄の場を笑いの渦に巻き込んだ公爵令嬢スチーノ。


 結婚の祝いをされた際、また白い歯を見せて喜びを伝えた。


「「ポッポ、ポポポポッ! (みんな、ありがとう!)」」


「ここはしっかり言ったらどうだ」


 緩んだ笑顔をしながら、夫となる騎士団長を両手で指さしたのは言うまでもない。

読んで頂きありがとうございます。


今後は現在止まっている「壊レタ~」や「総合司界者シリーズ」をぼちぼち進めて行こうと思います。

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