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46. 尊い記憶

「ナイジェルって本当お固いよなあ、良い顔してんのに。なあ、綺麗な女見に行こうぜ!」

 

母親に知られれば発狂するような悪友に、舞台を見に行こうと誘われた時、正直興味は湧かなかった。

結局、強引に連れられて、初めてその舞台を見た時——ナイジェルは恋に落ちた。


「ああ、主役の子? とびっきり綺麗だよな!」


友の囁き声など耳に入らず、美しい容姿に目を奪われていた。


薔薇色の髪は、眩しいライトを浴びて華やかに揺らめいている。大きく、真っ直ぐで、濁りのない光を宿した瞳は、どの貴族が身につける宝石よりも輝いていた。

美しい顔立ちは、自信のみなぎる表情を浮かべていて、まるで何もかもを彼女に委ねたくなるような、強い意志を感じられた。


彼女の歌が終わった時、ナイジェルは立ち上がって大きな拍手を送った。


「まあ、拍手はいいけど、立ち上がるのは大体最後だな」


揶揄う様な友の声に慌てて周りを見渡すと、誰も席を立っていなかった。舞台に立つ彼女とパチリと目が合って、心臓が跳ね上がった。

恥ずかしい事をしてしまったが、自分の存在が彼女の瞳に映ったことが嬉しかった。


それから、舞台の誘いは必ず行くようになった。

ナイジェルは貴族で生まれたことに感謝した。上客の男は特別に女優たちのいる舞台裏へ招かれることがあるからだ。


「あ、えと……ミス・ヴィオレッタ、?」

「ふふ、それは役名でして、私はローズと申します」


そして、可憐なローズはナイジェルの場違いなスタンディングオベーションの話をして笑った。


「あの時は初舞台だったので、とても緊張していたのです。でも、貴方様のおかげで、体の力が抜けてとても楽しめました」


ナイジェルはローズにどっぷりと浸かった。


 


「舞台女優ってのは、貴族のパトロンを求めてるんだ。金だよ金!」


そんな友の言葉に、なるほど財力か、と思ったナイジェルは、意を決して用意したものをローズに手渡す。

 

「これを君に……好きなように、数字を書いてくれ」

「まあ! 小切手ですか!? いただけません!」

 

困ったように笑う彼女を見て、ナイジェルも困惑する。そして本来は菓子や花、宝石などから渡すらしいことを後から知った。


 


「ナイジェル、そろそろ抱けたか?」

「な……! 抱く、だって……!?」

「はあ? 貴族が大金出して舞台に通う理由なんて一つだろ!」

 

確かに、この世界を知るにつれ、舞台女優は娼婦のような扱いを受ける事があると知った。

 

「でも、ローズは違うと思うんだ。他の人からも沢山贈り物をもらっているけれど、特定のパトロンは居ないようだし」

「あー、それ、騙されてんだわ。いいか、深夜のレストランに誘うんだ。そうすれば大抵の女優は金と体の契約の話をしてくる。それでお前もようやく——」


ナイジェルはローズを誘った。

個室のレストラン。粋な音楽と、シャンパンと、最高級の料理。そして目の前には憧れて、恋焦がれてやまないローズ。このレストランはホテルに繋がっていて……当たり前だが、純粋なナイジェルが体の関係を迫るなど出来るわけがなかった。

 

「その……、何か欲しいものはあるかい? なんでも良いんだ。ほら、アクセサリーだとか、ドレスだとか……ああ! 君をどうにかしようとか、そう思ってるわけじゃなくて」


ローズは顔を赤らめて笑った。


「これからも、私の歌に一番の拍手を。……ナイジェル様が来てくださると、いつもより良い歌が歌えるのです」


 


それからの二人は、緩やかに、けれど熱く、仲を深めていった。

ナイジェルは沢山の花から馬車の手配、生活のものまで多く金を使っていた。勿論、断るローズを押し切って。

 

「でも、よく考えればちゃんとした贈り物を渡していなかったよね……、これを、君に」

「まあ、宝石……!」

 

ローズは目を輝かせた後、クスクスと嬉しそうに笑った。

 

「私の赤色でしょうか、とても素敵。

……でも大抵こういうのはご自分の——ナイジェル様の髪や瞳の色を選びませんか?」

 

「それって、なんだか恋人同士みたいじゃないか! 君が嫌がるかもしれないと思って……」


パチリと、目があった。何も言わなくても同じ思いを抱いていると分かった。

そして二人は、初めてキスを交わした。

 

二人の愛は止まる事を知らなかった。ナイジェルもローズも周りから言われる言葉は「騙されているだけ」だった。でも、確かに違うと、二人は確信していた。


本当にその通り……、ナイジェルはローズに、プロポーズをした。沢山の薔薇の花束を持って。

ローズは涙を流して喜んだ。

 

取り巻く全ての人に反対されようが、母親の話を何時間聞こうが、父親が弱々しい声で懇願しようが、ナイジェルは決してローズを手放さなかった。


父親が死に、遺言が綴られた手紙を読んで、やっと認められることとなった。

そして、父親を亡くした悲しみを乗り越えた時——二人はようやく、夜を共にした。

何度も愛を囁き合った。初めて触れ、初めて触れられた。そのままひとつになって……体温も、涙も、心も、何もかも混ざり合った。


「ローズ、愛してる」

「ナイジェル様……、私も愛しております」

 

その言葉は、二人に何があろうとずっとお互いを励まし続けた。

時間や人が二人を分つときも、ずっと。


ずっと……なはずだった。


それはナイジェルの不幸な事故によって、何もかも崩れ去った。


本当にただの事故だった。誰が仕組んだでもない。

ただ、馬車に轢かれそうになった領民を助けようとして、そのまま刎ねられて頭を打った。そして、その事故はまるで命と引き換えだというように、ナイジェルが一番大切にしていたものを奪い去った。

 

愛を忘れた後、たった一目でもローズを見ていれば全てを思い出しただろう。あるいは思い出さなくても、ナイジェルは必ずまた恋に落ちただろう。


しかしそれが叶うことはなかった。

 

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