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42. パーティー当日

カントリーハウスの広大なホールは、数百の蝋燭の光と、着飾った使用人たちの熱気に包まれていた。

楽団たちが奏でる軽快な音楽は、伯爵邸で起きた様々な事件を何もかも忘させてくれる。今日だけは皆思い思いに羽を伸ばすのだ。


暗い顔をしているのは、未だ見つからぬ侍女を懸念しているナイジェルだけ。


エレガルの顔は少しやつれ、髪の艶も以前ほどでは無かった。紫の美しいドレスを着ているが、ヴィオレッタに装ってもらう時程洗練されてはいない。

しかし、その表情は愉快そうに笑っていた。

何故なら恋に焦がれた若い執事とファーストダンスを踊るからだ。


ノアが身に纏う深い黒の燕尾服は、普段の仕事着とは違い、襟からは贅沢なシルクの光沢が走っている。胸元からは微かな皺さえも許さないベストが見え、あまりの完璧な姿に誰もが見惚れて足を止めた。


音楽が止まれば、皆の会話も止まる。

しんと静まり返った空間で、ノアが銀の杖を床に突く。

カンッ、と高い音が響けば、皆の注目は中央に集まった。


「皆様。これより、伝統に則った最初のダンスを執り行います。旦那様、奥様。お願いいたします」


ノアの朗々とした宣言の後、大きな拍手が巻き起こる。

そして、エレガルはノアの元へ。

ナイジェルは、遠慮がちに新しいメイド長の元へと向かった。


その時だった。

会場の大きな扉が開き、冬の冷風が会場を走る。

皆がその寒さに振り返れば、そこに立っていたのは、失踪していたはずのヴィオレッタだった。


その姿に、皆驚いて目を大きく開いた。


ヴィオレッタの艶やかな黒髪は、一筋の乱れもなく結い上げられ、薔薇を模したルビーの髪飾りが輝きを放って皆の目を刺激した。

控えめに露出された肌は雪のように白く、肩から鎖骨に掛けて上品に発光している。

それを更にきわ立てているのは、身に纏った深い色合いが美しい真紅のシルクベルベットのドレス。重ねられたチュールが流れるように広がり、動くたびに可憐に揺れていた。


「遅れてしまい、申し訳ございません」


やがて、ヴィオレッタはゆっくりと歩き出した。

会場の誰もが、息を呑んで道を開ける。


ナイジェルはヴィオレッタの美しさに目を見張った。

 

「ヴィオレッタ……今まで一体、どこに、」


放心したように声を出すも、オペラグローブに包まれた細い指先でドレスの端を優雅に持ち上げ、深々とカーテシーを行う姿を見れば、ナイジェルは言葉を失った。


突如、頭上から大きな声が張り上げられる。

ヴィオレッタが顔を上げれば、会場の高い位置に置かれた豪奢な長椅子の前に立つアデライドがいた。


「な、どうして!? この女! この女を捉えて! 下賤な毒婦よ!!!」


しかし、誰も動かなかった。

なぜならば、ナイジェルが慈しむようにその手を取っていたからだ。


ナイジェルが音楽団へ目線を送る。

指揮者はゆっくりと頷く。皆何が起きたのか分からなかった。アデライドの態度からして演奏を始めるなどもってのほかだ。

……それでも誰もが同じことを思った。


この美しい女性——ヴィオレッタの舞が見たい。


ただその衝動に突き動かされて、指揮棒を動かしワルツの旋律を奏で始めた。

音に合わせて、ドレスが揺れる。


「ヴィオレッタ……君は、」


腰に回されたナイジェルの手に力が入ったのが分かる。

ヴィオレッタは悲しげに微笑んだ。


「勝手なことをして、申し訳ございません」


回る度にヴィオレッタの甘い花のような香りがふわりと鼻を掠め、ナイジェルは酔いしれるように言った。


「良いんだ。……君が無事で良かった」


ヴィオレッタのドレスはもちろん上質なドレスだ。

しかし、価値や豪華さで言えば、エレガルの紫のドレスや宝石の方が上だった。


それでも皆が目線で追うのはヴィオレッタだった。

それは彼女自身の美しさもそうだが、指先まで洗練された動きと、軽やかなステップが彼女を主役たらしめていた。


最後の音が吸い込まれるように消えれば、ホールの中は静寂に包まれる。

少し上がった息のまま、また優雅にカーテシーを行えば、わあっと歓声が上がった。


「旦那様……私はこれで。部屋で謹慎いたします」


ナイジェルが名残惜しそうに手を伸ばすも、ヴィオレッタは金の瞳を合わせてふわりと笑顔を浮かべるだけだった。


そして、大きく扉を開けて会場を出る。

頭上から突き刺さる視線に気付き、そして誰にもバレぬようそっと振り向いた。

静電気がパチッと音を立てるように、アデライドの鋭い視線がぶつかる。

ヴィオレッタは目を細め、分かりやすく口角を釣り上げた。


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