40. 作戦会議
朝、屋敷はさらに騒然としていた。
閉じ込められていたヴィオレッタが脱走したとなったからだ。
アデライドは騎士達をこっぴどく叱りつけた。
そして屋敷中が捜索された。
それでもヴィオレッタは見つからなかった。
ナイジェルははますます頭を抱えた。
ノアはそんな主人を淡々と慰めながら、自室に戻る。
「どうでしたか?」
「ああ、大混乱だ」
ヴィオレッタはノアの部屋に匿ってもらっている。
誰にも見つからぬように屋敷に戻るのは骨が折れた。
しかしここにいれば見つかることはなかった。
「まだここに来て三日ですし、あまり顔は割れていないはずですが」
下働きの使用人の服を身に纏い鏡の前で見た目を確認していると、ノアが背後に立って、華奢な肩に手を置いた。
「いや、奥様の隣に控えている美しい侍女、と話題になっていた。外に出るのは危険だ」
そう言って血色の良いヴィオレッタの頬に軽く口付ける。ヴィオレッタは少し笑って、それから考えていた事を話した。
「ノア……、旦那様に、全て話すのはどうでしょうか」
「それは……俺も悩んでる。でも、どう転ぶか分からない」
ノアに手を引かれ、共にベッドに腰掛けた。
「うまくいけば、旦那様自らエレガルとアデライドの酷い仕打ちを断罪してくれるだろう。
だが問題は、そこに至らなかった場合だ」
ノアは悩むように膝に肘をつき、両手の指を絡める。
「俺たちの話を信じず、アデライドに言い負かされる可能性がある。これは、旦那様が記憶を無くして、俺が屋敷に駆けつけた時がそうだった」
「そうでしたね……」
「最悪なのは、信じたとしても、エレガルとアデライドを断罪しない可能性だ。
あの人は波乱を好まず、伯爵家が穏やかに続くことを望んでいる。どれだけエレガルやアデライドを憎く思おうとも、それが貴族の勤めだと受け入れたとしたら……。
二人はのうのうと変わらず日々を過ごし、訴えかけた俺たちは復讐を悟られ、動き辛くなるか、最悪の場合捕らえられる」
ノアは深いため息をついた。
平民である使用人が貴族へ叛逆を企てるのは、重い罪だ。場合によっては死刑だってあり得る。
「進路も、友人も、生活態度も、旦那様は全て言いなりだったんだ。不満に思おうが結局は両親が正しいと言い聞かせていた。そんな旦那様が、断固として譲らず両親に歯向かったのは……後にも先にも、ミス・ローズとの結婚だけだった。
旦那様を変えるほどの重い愛を忘れた今、あの時のようにアデライドに強く反抗できるとは思えない」
現に女主人の侍女であるヴィオレッタが不当に監禁されても、ナイジェルは強く抗えていない。
「でも……後、一押しかもしれない」
ノアはかすかな希望を探るように、小さな声を落とした。
「旦那様は……今のところ言い負かされてはいるが、君の解雇を拒否し続けている。少しだけ重なるんだ、ミス・ローズと出会った頃の旦那様に」
ヴィオレッタはそれを聞いて、ふとナイジェルの言葉を思い出した。
「私、旦那様に言われたのです。君と踊れることが嬉しいって……あれはお世辞じゃないとわかります」
ヴィオレッタの言葉に、ノアは酷く複雑な顔を向けてぐうと唸った。
「ええと、もしノアのその表情が、私の想像した感情からきたものであれば……違います。
あの人はずっと私を通して姉の面影を見ているんです」
「ああ、君の想像通りだったよ。こんな時だというのに下らないことを考えた」
ノアはヴィオレッタを緩やかに押し倒す。
「……あの部屋から抜け出したこと、罪に問われるでしょうか」
ヴィオレッタは、潤んだ目を向けた。
垂れ下がる黒髪が、ノア以外の余計な視界を覆い隠す。
「いいや、それはない。今の君なら、旦那様は抗ってくれるはずだ。でも、もしそうなったとしたら——」
ノアはヴィオレッタの柔らかな唇にキスを落として、やけに優しい声で続けた。
「何もかも滅茶苦茶にしよう。憎い相手を殺して、そして二人で遠くへ逃げよう」




