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39. 脱出

物置に閉じ込められたヴィオレッタは、今後のことを考えていた。

呑気に震えているわけには行かなかった。


ナイジェルはアデライドを前にすると、言葉を吃らせ気が弱くなる。一日を通して分かった事は、彼は母親に強く反抗できないという事だ。

それは、幼い頃から植え付けられた洗脳のようなものだろうか。

とにかくこの鍵が開くのは深夜になりそうだ。


そして、その予想は的中した。

数時間が経った頃に控えめな音で金属音が聞こえた。


「ヴィオレッタ……!」


ナイジェルが悲痛な面持ちで声を掛ければ、ヴィオレッタも怯えたような顔を作って駆け寄った。


「ごめん、僕のせいだ、せめてこの毛布を。きっとなんとかするから」


ナイジェルを凝視している扉の前に控えた2人の騎士を見る。ヴィオレッタを監禁するだけのために部屋の前に立たされ続けている哀れな男達。

無理矢理扉から外に出るのは不可能だ。


手渡された毛布はしっかりとした物で、寒いのに変わりはないが随分とマシになった。

ヴィオレッタは雪が降る窓の外を見る。

きっとローズは、寒い日も、暑い日も、誰の助けもないまま暗い部屋に閉じ込められていたのだ。


ヴィオレッタは自らの置かれた状況ではなく、辛かったであろう姉のことを想って涙を流した。



ヴィオレッタは寒さで目を覚まし、ため息をついた。

まだ外は薄暗い。

ボロボロのカーテンを全て取り外せば、次第に朝の光が登り始め、部屋の中を照らす。


昨日よりも何があるかが鮮明に見えた。

ヴィオレッタはとにかく布を探す。そして、古いシーツを何枚か見つけることが出来た。

隠していた短剣を抜く。


そして布を切り裂いていると、突然ガチャリと鍵が動く音が聞こえた。扉が開かれ、短剣を咄嗟に隠す。


「食事だ」


皿を持っていた男は、まるで囚人に接するかのように粗末な食事を乱暴に置いた。


「ありがとうござい——」


言い終わる前にバタン!と勢いよく扉を閉められた。ヴィオレッタは小さく舌打ちをした。


 ◇


朝から屋敷内は混乱していた。

当たり前だ、エレガルの侍女が、アデライドの不満を買って解雇されたと広まっていたからだ。


ノアも突然の知らせに動揺し、ナイジェルに話を聞きに行っていた。


もちろん、エレガルも我慢ならなかったらしい。

髪もまともに整えぬまま、ナイジェルの部屋を勢いよく開けた。


「どういうことよ!」

「どうもこうもない……今、どうにか母上を説得しているところだから」

「説得なんてしている場合!?その間、私の世話はどうするの!?ドレスは!?宝石は!?」


ナイジェルが金切り声に眉を顰めれば、エレガルは続けて言い放った。


「貴方って本当にあの人の言いなりなのね。それでも伯爵家の当主なの? ほんっとうに笑えるわ。最初から最後まで、貴方は操られたまま! まあ、そのおかげで私は今ここにいるのだけどね!」


そう言って怒りのままに扉を閉めた。

憎いエレガルだが、今回ばかりは同意せざるを得なかった。本当にこの人は、アデライドの言いなりなのだ。

最初から、最後まで。それこそ記憶を無くした時、ノアのローズに関する訴えを聞き流し、母親の「毒婦に騙されていた」と言う言葉を信じ込んだように。


「ああ! もう何なんだ!」


しかし、取り乱すように項垂れるナイジェルを見て、少し驚いた。

 

「とにかく、説得を続けましょう」


ノアは女性使用人の中で、特に身嗜みを整えているものを何人か呼び出して、エレガルの身の回りの世話をするようにと指示を出した。


そして、一日が経ち夜になった。

ノアの予想通りナイジェルは言い負かされ、エレガルも一度アデライドの部屋へ行ったきり、部屋に篭り始めた。


皆が寝静まる頃を見計らって、ヴィオレッタが閉じ込められている部屋の前を通る。

無愛想な騎士達がつまらなそうに廊下に立っていた。

確かにこれでは、無理に連れ出すことはできなさそうだ。


ノアはヴィオレッタを心配していた。この寒い中、一人で閉じ込められるなんて憔悴していてもおかしくない。


誰もいないことを見計らって屋敷の外に出れば、冷たい空気が鼻先を刺す。

そして、屋敷の三階、ヴィオレッタが閉じ込められているであろう部屋の窓を見上げた。

ノアは小さな木の枝を拾い、放り投げる。それはカン、と音を立てて窓に命中した。


「リリー、」


ノアは小さく呟いた。皆が君を助け出そうとしている、気にかけている、と気付かせたかった。少しでも元気付けることができれば、という気持ちだった。


しかし、そんな心配も束の間。ガラガラと勢いよく窓が開けられた。

ノアが驚きのあまり声を上げると、それを見たヴィオレッタが口角を上げて、窓に足をかけた。


「何を、!」


そして細く束ねられたような白く長い布が垂れ下がったと思えば、ヴィオレッタのエプロンドレスがふわりと広がって、窓から飛び出したのだと分かった。

そして、それを伝って降り始め、布の軋む音と共にヴィオレッタが辿々しく落ちてくる。


「受け止めて下さい!」


呆気に取られていたノアは、その声を聞いて咄嗟に駆け寄り、手を離したヴィオレッタを受け止めた。


「危なすぎる!」


もし布が耐えきれなかったら? 俺が受け止めきれなかったら?

ノアは咎めるな声をだしたが、ヴィオレッタは楽しそうに笑った。


「ああ、お姉ちゃんの気持ちが、わかりました!」

「いや、怪我をするところだった!」

「でもしなかった。貴方なら絶対にどうにかしてくれると、そう思ったから飛び出しました」


それを聞き、眉を下げて項垂れるノアに、ヴィオレッタは構わず続ける


「さて、これからどうしましょうか?」


ノアは呆れながらも思わず笑って、小さく頷いた。


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