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3. 違和感

「貴女、メイドたちのエプロンに刺繍を施しているみたいね」

 

居丈高(いたけだか)に椅子に腰掛けるエレガルは、言いつけ通りに部屋へ駆けつけたヴィオレッタを睨みつけるように見て言い放った。


「はい。……もしご迷惑でしたら、控えます」

「いいえ、別に。評判みたいだから呼んだのよ。私にその腕を見せてみなさい」

 

エレガルが手を挙げて合図すると、後ろに控えている侍女が、面白くなさそうに針と布をヴィオレッタに押し付ける。ヴィオレッタは、明るい笑顔を浮かべて夫人に近付いた。

 

「もちろんです。実は……いつかお渡しできたらと思って、奥様の為に幾つかハンカチを縫ったのです」

 

そして、手に持っていた小さなカゴから5枚ほどのハンカチを取り出した。

そのハンカチには全て繊細な刺繍が施されていた。

いつかの為にヴィオレッタが縫っておいたものだ。

エレガルはそれを受け取り、品定めをするようにまじまじと見つめた。


「特に、この夜空をイメージした刺繍は、ぜひ受け取っていただきたくて。奥様の輝かしい月のような銀髪を見てインスピレーションが沸きました」

「そう、悪くないわ」

「ありがとうございます」


すると、侍女が眉を顰めてエレガルに顔を寄せた。

 

「しかし、やはり目の前で縫っていただきましょう。本当にこの下女が縫っているのか分かりませんから」

 

分かりやすく目に見える敵対心。

ヴィオレッタは先程渡された布にスラスラと刺繍を入れ始めた。

長い沈黙が流れる。職人のような腕捌きに皆が注視している中、「出来ました」と言って、パチン、と糸を切った。


そして、エレガルのイニシャルを縫い上げたものを手渡す。それを見た侍女は頬をひくつかせ、夫人は満足そうに笑った。


「他にも、洋服の仕立ても得意です。レースも編めます」

「そう、腕が立つのね」

「お褒めいただき光栄です。

 ……あの、僭越ながらひとつよろしいでしょうか?」


了承の合図を見てヴィオレッタは深く礼をし、エレガルに向かって小さく囁いた。

 

「奥様のウエスト……私であればもっと細く見られるシルエットにお直しできます。今は少しゆとりがあって、せっかくのお美しい体型なのに、と勿体なく思っておりました」

「一日で仕上げてみなさい」

「もちろんです、奥様」

 

 ◇

 

「ヴィオレッタを雇って正解だったわ」

 

締め切られたエレガルの部屋。

ベッドに腰掛けたエレガルは、ノアに対してそう呟いた。


「そうですね、働きぶりに問題はないようです」


朝は誰よりも早く起き、夜は誰よりも長く働く。

いつも明るく朗らかで、疲れを顔に出さない彼女は早くもこの屋敷に馴染んでいる。

その評判はノアの耳にも届いていた。


エレガルがただのメイドを名指しで褒めるとは、なんとも珍しい。元針子だという彼女の強みは、エレガルに刺さったようだった。

ドレスの仕立て直しや刺繍の仕事は主に侍女が引き受ける。だが、エレガルがヴィオレッタを呼び出したその日から、侍女ではなく彼女の仕事となった。


一日でドレスの仕立て直しを命じたところ、シルエットを整えるどころかさらに豪華な仕上がりになっていたと言う。

 

審美眼が鋭く、流行にも精通しているようだった。

ドレスに関してヴィオレッタが控えめに進言すれば、エレガルはその通りに着飾るようになった。


ノアは健気に働くヴィオレッタの姿を思い浮かべる。


美しい容姿。乱れなく結い上げた黒髪に、きっちりと着こなすエプロン。

惹きつけられて目が離せなくなるオーラ。

自然と人の懐に入り込み、仕草も、言葉遣いも、笑みの角度さえも一才の綻びがない。


そんな彼女に対する印象。それは”違和感”だった。

 

別に屋敷において不都合があるわけではない。

しかし、まるで正解をなぞっているような完璧すぎる彼女に、ノアは違和感を拭いきれなかった。


———……

 

ヴィオレッタがここへ来て、ニヶ月が経った。窓から入る冷たい風の中にじめじめとした湿度の高い空気が混じっている。

その頃、ヴィオレッタは随分な出世を果たしていた。

 

本来下級メイドは複数人の部屋を与えられるが、遅くまでドレスの仕立て直しをするにあたって、狭い一人部屋を与えてもらえることとなった。


蝋燭の光が揺れる部屋の中、針を持つ手を止めて、ふうと息を吐く。


ミスター・ノア。

日記の中では、姉の唯一の味方だった男を、ふと思い出していた。


今日の昼も突然「奥様はお前を気に入ったらしい」と声をかけられ、肩を震わすことになった。

声色と表情は無に近く、やはり感情が読み取れない。


エレガルのドレスを渡しにいく度こちらを睨みつける侍女の様に、分かりやすく嫉妬や不満を滲ませる人の方が扱いやすい。


——だから、苦手。


ヴィオレッタは、ノアのすべてを見透かすような冷たい眼差しが苦手だった。

感情は分からないが、ヴィオレッタの笑顔に懐疑的な目線を浮かべているのだけは分かった。

あの男には生半可な演技は通用しないようだ。


姉が書くノアという人物は、本当にあの男で間違いがないのか。好意的に書かれたローズからの印象と、ヴィオレッタから見た印象が一致しない。

 

集中力を切らして持っていた針を山に刺し、鍵がかかった引き出しを開ける。

ヴィオレッタの質素な部屋に置いてあるものは、姉の日記と形見の赤い宝石だけ。

毎日眺めては憎しみの炎を燃やし続けている。


そして、日記を開けばもう執事見習いのことなど頭から抜けていた。


「……まずは、お前からよ」

姉の綺麗な字を指でなぞる。


“料理長 グスタフ”


エレガル夫人への復讐は最後だ。

周りから、攻めて行く。

 

「地獄を見るが良いわ」

 

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