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37. 領地の別邸 カントリーハウス

数日が経った。馬車の扉が開かれればのどかな景色が広がる。流れ込む冬の風は冷たく、空気がいっそう研ぎ澄まされていることがわかる。


ここは伯爵領に聳え立つ、カントリーハウス。

とても大きいが、街の屋敷のような華美さはない。だが、遠目にもわかるほどに整えられた石造りの建物は、長い年月を経ても揺るがぬ威厳を表していた。


玄関前には、既に一人の女性が立っていた。

その女性はナイジェルを見るなり、高い声を出して歓迎の言葉を述べる。

 

「ああ! ナイジェル! よく来たわね、会いたかった」


そうしてハグを交わし、他の使用人やエレガルでさえも無視をして、ナイジェルの腰に手を当てながら屋敷の中へ連れ入った。


「母上、お久しぶりです。……エレガルと、他の使用人たちも案内してもらえますか?」

「ああ、そうね」

 

無愛想にこちらを振り返る。

淡い栗色の髪は、確かにナイジェルと同じ色合いだというのに、受ける印象はまるで違う。

細かい皺が刻まれた母上と呼ばれる女性は、アデライド・ベレナール。厳格そうな鋭い顔つきをしていた。


その視線が、一行をなぞる。

まるで品物を値踏みする商人のような視線だった。


「あなた、そこ。荷をそんな持ち方して!

もう、随分とできない子を雇っているみたいね」


重たい荷物を斜めに持っていた使用人に冷たい声をかけた。他の使用人たちの背筋もピリッと伸びる。


「み、皆……いい子たちだよ」


ナイジェルは弱々しくそう言うが、アデライドが顔色を変えることはない。


「ちょっと、早くこっちへ来なさいよ! ほら、案内するのよ!」


その声と共に屋敷の中から、何人かの使用人が飛び出してくる。そしてその使用人達は小さな声で、それぞれを案内していった。


 ◇

 

「あの女……完全に私を見下していたわ!」


用意された部屋につくなり、エレガルは荒れていた。

手元にある椅子を乱暴に倒す。

硬い木の音が部屋中に響き、暖炉に火をつけていたヴィオレッタは思わず体を震わせた。


「ねえヴィオレッタ! 聞いているの!?」


ヴィオレッタは慌てて駆け寄り椅子を起こす。


「全く同じことを思っておりました。ナイジェル様にだけ見せる特別対応……こんなこと言ってはいけないかもしれませんが、意地の悪い方に思えます」

「そうでしょう? やっぱり、ヴィオレッタはすぐに分かってくれるわね」

 

それからもツラツラと文句を並べ、しばらくしてからいくらか落ち着きを取り戻した。ヴィオレッタはエレガルの少し乱れた髪をとかながら思う。


珍しく、ヴィオレッタも同じ感想だった。

ナイジェル以外を見下すように蔑むアデライド。

ローズとナイジェルの結婚を頑なに認めなかった元凶だ。一人息子への強い愛は、他全ての人々を犠牲にしても構わないのだろうと感じられた。


身嗜みを整えて、エレガルは夕食をとりに行く。

夕食の席は、形式ばった長いテーブルだった。

アデライドはナイジェルを上座に座らせ、当然のように隣を陣取った。


ナイジェルの前に運ばれる料理は、充分な量の肉料理と温かいスープ。一方、エレガルの前に置かれた料理は、同じものであるが、肉料理——の切れ端と具のないスープだった。


その場にいる誰もがその差に気付いた。

エレガルの手は怒りに震えているが、それに気付かぬようにして、アデライドはナイジェルに優しい声をかけた。

 

「食事が冷めますよ、ナイジェル。早くいただきましょう」


「……母上、」

ナイジェルは視線を彷徨わせる。

「これは、その、酷い嫌がらせです。やめてもらえませんか」


そうすれば、アデライドは眉をピクリと上げて、嫌みたらしく言葉を重ねた。


「まあ、死人のように細いから少食なのかと気遣ったのが裏目に出たようね。何? その咎めるような声、私が悪人みたいじゃない」

「は、母上——」

「いいわ、いいわよ。ほら、食事を変えてちょうだい。早く。

……そういえば、あなた達、クラークやクララのことを解雇したそうね。まさかそのニ人の罪も今のように勝手に決めつけたんじゃないでしょうね?そもそも、私の許可なく……」


その後もペラペラと話し続けるアデライドに、ナイジェルは言葉を噤んだ。

結局、ナイジェルほどとは言わないものの貴族の料理らしい皿がエレガルの元へ運ばれてきて、地獄のような食事が始まった。


「そもそも跡取りができないのは、貴女がナイジェルを支えていないからでしょう」「悪い噂を聞いたわ。ラングレイ侯爵夫人を怒らせたそうね」「あなた、不倫してはいないでしょうね」「まるで娼婦のような装いね」


永遠と、嫌味を垂れ流すアデライドに——殆ど事実ではあるのだが——エレガルは無愛想に言葉を返し、ナイジェルの顔はどんどん暗くなっていく。


ああ、奥様がどうなるか……普段タウンハウスで働き、エレガルの気性の荒さを知る使用人達は、皆ヴィオレッタに向かって哀れみの目を向けた。


漸く食事会が終わり、部屋に戻ったエレガルが大きな音を立てて椅子に座る。

ヴィオレッタは一か八か、エレガルよりも先に声を上げた。


「何ですか! アデライド様のあの態度! 許せません! こんなに麗しい奥様に卑しい嫌がらせと酷い言葉を! ああ、本当に腹が立ちます!」


勢いに任せてはあ、はあ、と洗い息を吐けば、エレガルが大きな声で言った。


「本当にそうよ! 死にかけの老婆のくせに! 生意気なのよ!」


エレガルよりも先に強い怒りを見せる事で、逆に落ち着かせる作戦は……成功だったようだ。

 

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