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36. 熱が浮かぶ瞳

少し性的な要素があります。苦手な方は、流し読みしてください。

重ねるだけのキスは、優しく、それでいて深い。

ノアの大きな手がリリーの後頭部をそっと抑えた。


「もう一つの部屋を借りなかったこと、後悔してる」


ノアは苦しげな声で言った。そして、リリーが何か答える前にまたすぐに唇を重ねた。まるで、今この瞬間を終わらせたくないというように。


リリーは高い身長に少しでも合わせるようつま先に力を入れて背を伸ばしていたが、次第に力が抜けて、ふらりとバランスを崩した。


ノアは音を立てて机に片手をつき、その華奢な体を支えた。そして机に座らせるようにして、また互いの唇を求め合う。角度を変えて吐息を漏らせば、ノアの手に力が入った。


ノアの唇が次第に滑り落ち、リリーの首元へ触れた。

その感触に思わず小さな声を上げる。それを聞いたノアは唇を離して、膝に手を掛け、そのまま彼女を持ち上げた。


そして、何も言わず足早に歩き、大きなベッドの上に優しく降ろした。優しく——といっても、それに覆い被さるノアは獲物を狙う鷹のような獰猛な雰囲気を纏っていた。


リリーの唇に舌がなぞられ、それを受け入れるように小さく口を開ける。お互いの温度を確かめるように口内を探れば微かな水音が二人の聴覚を支配した。


「リリー、拒んでくれ」


ノアに残った少しの理性が、苦しげに発言させていた。

リリーは何も答えずノアの首に手を掛ける。その動作はノアの理性を全て消し去るのに十分だった。

引き寄せられるまま体重を掛け、首筋に、鎖骨に、ゆっくりとキスを落とし、細いウエストをに手を滑らせる。


「今まで、君に触れた人は?」


祈るように問う。


「誰も……、唇だって貴方だけ、」


ノアは息を呑んだ。

その時ノアを支配したのは打ち震えるほどの喜びと、小さな自己嫌悪だった。

ここになって、微かに思っていたことが、形を成して膨らんでいく。


「……ああ、だめだ」


耐えるように歯を食いしばって、リリーの頬を撫でた。


「そんな、」


リリーは傷ついた顔をして、縋るような目を向けた。

初めてである事に問題があったのだろうか。


……リリーは、ノアに心を許していた。


きっと、同じ部屋で良いと言った時、気持ちが決まっていた。手が触れることも、キスも嫌じゃなかった。


嫌どころか……むしろそれは、リリーの心の空白を満たしていった。そして、ノアの瞳を見て、同じような気持ちを抱いていると感じていた。


しかし、それは見当違いで、ただ単に欲だけを向けられていたのだろうか。


「違う、リリー。俺は心から君を求めている」


リリーの暗い思考を読み取ったかのように、ノアは訂正した。


「君を汚したくない。……これからもあの女に触れる可能性がある今の俺に、君を抱く資格はない」


リリーは疑うように瞳を見つめる。しかし、その真剣な瞳を見れば、すぐに真実だと伝わった。


「全てが終わった時、リリーがまた俺を望んでくれるなら——」


ノアは体を起こしてリリーの足を挟むように膝をつき、彼女の体を引いて優しく抱き寄せた。


「その時は、君の全てを奪わせてほしい」


リリーは両手をその大きな背中にゆっくりと回した。

答えなど、決まっている。


「きっと、必ず……」


そうして二人は小さく笑い、どちらからともなく目を閉じて、触れるだけの長いキスをした。

それから、二人はそのままベッドに腰掛けて、穏やかに会話を重ねた。

 



あっという間に時が流れ——二人はレストランへと向かう。


先に着いていたラビーヌは、二人を見て大きな目を見開いた。そして、わざとらしく目を細め「あら〜!」とだけ言って、席に着いた。


「ミス・ラビーヌの目は、恐ろしく鋭い」


ノアが顔色をなくしてリリーに言った。

形のことを言っているのではない。リリーは気まずい顔をして、ゆっくりと頷いた。


楽しい時間はあっという間に過ぎた。

ラビーヌは終始ご機嫌で、食事中も、デザートを食べている時も、馬車が到着するまでも、ずっと話していた。


「すみません。結局ご馳走になってしまって」


ノアの言葉に、ラビーヌは笑う。


「いいのいいの! 二人の時間を邪魔したお詫びとでも思って頂戴!」

「邪魔だなんて……ラビーヌ姉さんと会えて嬉しかった」


リリーはラビーヌの手を握った。

ラビーヌは、そんなリリーを見て優しく笑い、静かな声で語りかける。


「リリー、無理はしないで。何かあればすぐに頼って。きっと貴女を守るわ、私も、空にいるローズも……あの執事もね」


パチン、とウインクを飛ばされ、リリーは笑った。ラビーヌはなんでもお見通しなのかもしれない。


「ラビーヌ姉さん! また会いにいくわ! ありがとう!」


差し出されたノアの手を取って、馬車に乗り込む。

二人はそのまま手を離さなかった。


——……


馬車の姿が完全に消えるまで、ラビーヌは長い時間二人を見送っていた。

そうして、振っていた手を下ろし小さく鼻を啜る。


「あの二人を見たら、ローズは喜ぶかしら。それとも泣いてしまう?」


一人、空に問いかけるように、そして祈るように呟いた。


「ねえ、ローズ。二人はとてもいい子たちよ……可哀想なほどに」


身の危険だけじゃ無く……これから自分の行いへ対する葛藤に苛まれるであろう二人が、心が潰してしまいませんように、と願いを込めて。


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