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26. 語られる真実

舞台女優に恋をしたナイジェルは、貴族の女性を探せと何度言われようが頑なに首を横に振った。

今まで一切反抗しなかったナイジェルのその変わり様に皆が驚き手を焼いた。

そんな時、ナイジェルの父である旦那様が倒れ、余命幾許もないと告げられた。


旦那様はナイジェルの将来を危惧し、ノアに大金を持たせた。そしてノアは、ローズに会いに行った。旦那様の言いつけ通り、一般の女性なら生涯困らぬ金額の小切手を渡し、ナイジェルとの関係を切ってくれと迫った。


何度か調査中に姿を見たことはあるが、やはりローズは美しい女性だった。

濡れた薔薇のような艶やかな赤い髪。美しい容姿に、大きな瞳は、真っ直ぐと前を向いていた。

その所作全てが華やかであった。

 

そして、言った。


「……分かっていたことです。受け入れます」


随分あっさりと受け入れる女を見て、やはり金目当てで二人の間に愛などなかったのだ、とナイジェルを哀れに思った。


しかしそれもすぐに覆されることになる。


「お金は要りません。代わりに、最後に一度だけナイジェル様にお会いしたいのです。少しの時間で構いません。

そして、伯爵領に家を建てるお許しを。一切会わない事を誓います。ナイジェル様が、責務の為にこなしていた努力を、無かったことにしたくはありませんから。

ナイジェル様の幸せを望んでいるのです。そして彼が築き上げる領地で、彼の影を感じて生きていきたい」


ノアは、断れなかった。


「一度だけです」


幸か不幸か……その了承は状況を変えた。ナイジェルは愛のために父親を説得し、その末に与えられた課題をこなせば認めてやると条件付きの許しを得た。


ナイジェルは寝る間も惜しんで努力を重ね、最期に旦那様が残した遺言は、「二人を認める」だった。


伯爵邸に越してきたローズは、確かに慎ましい女だった。

決して贅沢を望まず、ひたすらナイジェルを愛し、支えていた。明るく朗らかな彼女は徐々に使用人たちからも慕われ始めていた。


ローズの名前にちなんで、ナイジェルは庭園に薔薇を植えた。

その庭園で、ローズはナイジェルに歌を歌う。

昼の明るい太陽に照らされた美しい女性と、それを囲む満開の薔薇。髪が風に靡き、瞳は愛に満ちていた。

ナイジェルは目を閉じて、酔いしれるように歌を聴く。


「美しいだろう」

「……そうですね」


ノアも思わず見惚れてしまう程、何もかもが美しかった。ああ、とノアは思った。ナイジェルとローズ、愛し合う二人が幸せそうに笑うこの瞬間こそ、何にも変え難い美しさを自分に見せてくれているのだと。


しかし、そんな二人の関係を認めない者がいた。ナイジェルの母親に当たる、奥様だ。その強い反対により正式な結婚は遅れていた。

旦那様の死後、タウンハウスではなく領地の別邸で暮らすこととなった奥様は、この期に及んでなお貴族女性との結婚を強く望んでいた。


ナイジェルは奥様の精神が不安定だから、と何度も領地に呼ばれることとなり、ノアの父、執事のクラークが同行していた。

 

その頃、ローズの妊娠が分かった。ナイジェルがまた奥様の元へ出かけて一週間が経った頃だった。手紙を書いても、返事はなかった。

 

ローズは時折寂しそうな表情を浮かべながらも「ナイジェル様を信じているから」と気丈に振る舞っていた。


それと同時期に、突然女がやってきた。それが子爵家の娘、エレガルだった。

美しい女性だったが、強欲で、傲慢だった。


「ナイジェル様と結婚しましたの。貴女も、愛人としてなら居ても良くてよ」


訳が分からぬまま何度も説明を求めて手紙を出すも、”エレガルを迎え入れろ” と返事があるのみで、ナイジェルが帰って来ることはなかった。


次第に、ローズが冷遇されていく。

立場が不安定なローズよりも、見習いのノアよりも、突然女主人としてやってきたエレガルと長年勤めているメイド長クララの実権の方が強かった。

皆長いものに巻かれていく。ローズを慕っていたメイドたちも、気付けばエレガルとクララの言いなりだった。

 

何度も抗議したが、聞き入れられることはなかった。

そればかりか、貴方をクビを切る事だってできると脅されることもあった。それだけはダメだ。どんどん味方が減っていく中、自分もいなくなれば、ローズはどうなる?


こっそり助ける日々が続いた。


「ノア、ありがとう。やっぱり貴方って優しいのね。

ナイジェル様に、話を聞かなくてはならないわ。確かに、逃げたい気持ちもあるけれど……次は私が頑張る番。結末がどうであろうと、待ち続けるわ」


ナイジェルは一度も帰ってくる事はなく、しばらくして父クラークからの手紙が届いた。

ナイジェルが事故に遭った、と。そして、代わりに伯爵家の管理を任された為、タウンハウスに行くと。その間ノアが領地のカントリーハウスに来てナイジェルの世話をしろと。


自分が不在の間、ローズは何をされるかわからない。それでも彼女は言った。


「私は大丈夫。それよりもナイジェル様のお側にいてあげて。そして、元気になればお手紙の返事くらい頂戴と、言ってね?」

「すぐに、戻ります。必ずナイジェル様と共に」


そして、領地へ赴き、ノアは言葉を失った。

包帯を巻いたナイジェルにエレガルのことを詰め寄った際、こう言ったのだ。


「貴族女性との結婚は、ノアも望んでいただろう?」


何度も送った手紙を、ナイジェルは一通も受け取っていなかった。

そして、事故によってローズに関することを全て忘れていた。


「覚えていないとはいえ私が愛人を持つなんてね……」

「違います! 愛人ではなく、結婚を約束しておりました! あんなにも愛していたではないですか! ミス・ローズはずっと待っています! 今すぐ撤回を!」

「恋愛経験がない私は、騙されていたんじゃないかって、母とクラークも言っていたよ」


ナイジェルの声は、ノアを咎めるような声だった。


「もう決まった事だから。

会ったとしても覚えていない事で逆に傷つけることになってしまうと思うんだ。エレガルにも申し訳ないし、慰謝料を払って伯爵邸を出てもらおう。これが皆が幸せになる選択肢なんだ」


 

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