18. 暴力
「エメラルドは成功だったわ。ラングレイ夫人がとてもよく褒めてくださった」
エレガルが嬉しそうにそう言う度、マルグリットは怒りと羞恥に顔を赤くする。
それからも、ヴィオレッタはたくさんの情報を流し続けた。
「ラングレイ夫人がお持ちになっている扇子、隣国のデザイナーが作られたものです。話題に出せば盛り上がるかと」
「ルードヴィル伯爵は近頃ギャンブルで大きく負けたとか……さりげなく話題に出せば、ルードヴィル夫人はきっと動揺されますよ」
時には目立つ流行の装いを。時には好かれる立ち回りを。時にはライバルを蹴落とす情報を。
ヴィオレッタの話を聞くエレガルは、侯爵邸での立場を高め、それに応じてヴィオレッタを高く評価する。
そして、マルグリットの仕事が徐々に奪われていった。
◇
ラングレイ侯爵邸での生活が二週間経った。
ヴィオレッタは今、人目のつかぬ夜の庭園の端で、ドン!とマルグリットに突き飛ばされて地面に尻からばたりと倒れていた。
「ミス・マルグリット……何を」
怯えたようにマルグリットを見上げ、そしてわざとらしく手に持った紙の束を後ろに隠す。
「おまえ、何様のつもり?」
怒り狂ったマルグリットは大きな声で捲し立てる。
「さぞ気分がいいでしょうねえ! 奥様はおまえのことを気に入っているみたいだから!」
吐き捨てるように言いながら、地面に倒れたままのヴィオレッタに、強く蹴りを入れた。
「あっ……!」
ヴィオレッタは蹴られた勢いのまま、手に持っていた紙の束を手放す。
パサリと音を立てて地面に落ちたその束をみたマルグリットはひったくる様にそれを奪った。
「何よ、これ」
冷たい目でヴィオレッタを一瞥し、それに目を通す。
「そ、それは……! 返してください! ……っ痛」
慌てて立ちあがろうとするも、バランスを崩し、またふらりと倒れる。
マルグリットはその紙の束に書かれた文字を読み、そして目を見開いてニヤニヤと笑い始めた。
「ああ、そう、そう言うことだったの……」
地面を這いつくばるヴィオレッタの髪を強く掴んで持ち上げ、そして鋭い目線を合わせた。
「この新聞は、何?」
「そ、それは、言えません……」
マルグリットが持つその紙の束。それは最新の貴族のスキャンダルや細かな情報がびっしりと書き綴られた新聞だった。
「この新聞が……この情報があったから、奥様に進言できていたのね」
ヴィオレッタがギリ、と歯噛みすると、マルグリットは掴んだままの髪を地面にを投げつけるように離し、そして懐から鋏を取り出した。
銀の鋏は、ギラリと怪しく光る。そしてヴィオレッタの首に素早く当てがった。
「殺されたくなかったら、次からこの新聞を私に持ってきなさい」
「……っ、殺すですって……? 貴女にそのようなことができるのですか」
ヴィオレッタは負けじと睨み返す。
その目を見たマルグリットは、不敵な笑みを浮かべ鋏でヴィオレッタの首をなぞる。
金属の冷たい感触にヴィオレッタはごくりと唾を飲んだ。
「出来るわ。私はこうやって、何人も追い詰めてきたもの」
「奥様に言いつけるといったら……」
ヴィオレッタが震える声を出せば、マルグリットが大きな声で笑った。
「なんとでも言いなさいよ。貴女の立場と私の立場、どちらが上で、どちらが信用に足る人物だと思っているの?」
マルグリットはそう言って、首元から鋏を離す。
「分かったわね」と強く言いつけて、新聞を手に持ったまま満足げに去っていった。
ヴィオレッタは、拳を握りしめる。
“私はこうやって、何人も追い詰めてきたもの”
その何人も、の中には姉がいる。
マルグリットの暴力性は、今の行動からも充分知れた。
「ふふ、その鋏が首に刺さるのは、貴女よ。
ミス・マルグリット」
小さく笑って、ヴィオレッタは立ち上がる。
そして部屋に戻ってペンを取り、寝る間を削って新聞を作る。
マルグリット持っていった新聞は、ヴィオレッタが作ったものだ。
ふと、ずきりと足元が痛んだ。マルグリットに強く蹴られたところだ。
「思ったよりも痛かったわね……」
ヴィオレッタは小さく舌打ちして、足を摩った。
人目のつかぬ場所を選んでいたとはいえ、訪問先でなりふり構わず脅すとは随分と焦っているようだ。
足に不快さはない。その痛みこそが復讐を手助けする糧となるのだから。
◇
それから一週間が経ち、マルグリットは侍女としての仕事に見事返り咲いていた。
「ルードヴィル夫人のドレスは、型落ち品を仕立て直しているものだそうです。侍女はお下がりをもらえず、嘆いているだとか」
「ラングレイ夫妻は、近頃よく観劇に行っているそうです。復讐ものが好きだそうですよ」
マルグリットが耳打ちする度、エレガルはまた侯爵邸での地位を高める。
元々の信頼関係があってか、ヴィオレッタが進言していた時よりもそれを深く信じ込み、マルグリットを見直し始めていた。
夜になればヴィオレッタはマルグリットに新聞を渡しにいく。
マルグリットは震える手から新聞を掻っ攫い、そして満足そうに口元を歪める。
「ご苦労様。これからも、アンタは私の奴隷よ」
マルグリットはヴィオレッタの足を強く踏みつける。
ヴィオレッタは痛みに顔を顰めて、怯えるようにマルグリットを見た。
マルグリットは腹いせのように代わりの効くような仕事を沢山言いつけた。
ヴィオレッタは黙ってそれをこなす。
しかし、流石のヴィオレッタも夜中に新聞を書いた寝不足の体で、マルグリットに押し付けられた仕事をこなし、そして嫌味や軽い暴力を受ける日々に辟易していた。
——あと少し、あと、一週間……。
一日が終わり、漸く解放されたヴィオレッタは、フラフラと部屋へ戻る。
扉に手をかけた瞬間、柔らかな声がかかった。
「ヴィオレッタ、大丈夫かい?疲れているようだ」
ゆっくりと顔を上げれば、そこにいたのは心配そうに眉を下げるナイジェルの姿だった。




