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Xenoglossia  作者: Nego
Prologue
2/17

Prologue2 ~愛情の夜明け~

次回プロローグ最後です

 光から生まれた少女が名前を得てから、妖精の森で幾星霜かの時が流れた。妖精の時を数えるのは人間よりも遥かに緩やかだが、レイカが言葉を得るまでの時間は、エルフィンたちにとって永遠のように長く感じられた。


 レイカはエルフィンが与えた名の響きに反応を示して以来、無言でいることは少なくなったものの、その発する音は意味を持たない、ただの空気の振動だった。しかし、エルフィンは諦めなかった。彼は長としての務めをこなしつつも、レイカに森のあらゆるものを教え続けた。

「見てごらん、レイカ。これは葉だよ。太陽の光を浴びて、森の命を育む」

「レイカの瞳みたいに深い青い花だ。ルリアいう名前なんだよ」


 エルフィンの言葉は、種のようにレイカの心に蒔かれ続けた。妹のセフィラは、レイカの身の回りの世話を几帳面にこなし、感情を交えずとも、その存在を静かに受け入れていた。一方でエデラスは、相変わらずのお調子者ぶりで、レイカに人間界の流行歌や面白い発明の話を聞かせ、彼女を笑わせようと奮闘した。


 そして、ある満月の夜。エルフィンがいつものように大樹の根元で森の伝承を語り終え、静かにレイカの隣に座っていたときだった。夜風に揺れる木々のざわめきの中で、かすかに、しかし確かに、声が響いた。

「…エル、フィン」

その声は、まだ細く、音階もたどたどしかったが、間違いなく彼の名を呼んでいた。エルフィンは全身の血が熱くなるのを感じた。

「レイカ!? 今、僕の名前を…」

彼の驚きに、レイカの青い瞳は困惑の光を宿した。エルフィンが優しく微笑みかけると、彼女は恐る恐る口を開いた。

「…空…綺麗……」


 エルフィンはすぐに立ち上がり、彼女を強く抱きしめた。光から生まれた彼女の肌は、数年経っても濡れたように白く、体温は冷たいままだった。しかしその夜、エルフィンの胸に抱かれたレイカの心には、彼から注がれる温かな愛が、言葉となって初めて溶け込んだのだった。


 言葉を得てから、レイカの成長は飛躍的だった。彼女は貪欲に言葉を吸収し、数年後には普通の妖精と何ら変わらない流暢さで会話できるようになった。容姿もその神秘的な美しさは集落のどの妖精をも凌駕していたが、彼女はそれを気に留めることはなかった。


「レイカ!今日の狩りは大漁だぜ!この森のキノコは絶品だ!」

集落の入り口で、エデラスが誇らしげに籠を掲げた。レイカは籠の中を覗き込み、表情を和ませる。

「ありがとう、エデラス。私も薬草の採取を手伝ったから、夕食は賑やかになるわね」

彼女は、静かで穏やかな人格になっていた。身の回りの世話をしていたセフィラの影響だろう。


 レイカの暮らしは、森の他の妖精たちと変わらない。朝はエルフィンの部屋で目を覚まし、セフィラと共に集落の畑の手入れや薬草の採取に出かけた。セフィラは当初、レイカにどこかよそよそしかったが、彼女の真面目さと、どんな作業にも文句一つ言わない献身的な態度に触れ、今では良き友人のように接していた。

「レイカ、そこは日当たりが強すぎるわ。ルリアはもう少し湿った土を好むのよ」

「ええ、セフィラ。ありがとう。昨日、少し水の量を間違えてしまったわ」

レイカはそう言って、慣れた手つきで土を入れ替えた。


 一方、エルフィンはレイカに森の長の座学を教えた。伝承、歴史、そして何よりも、共存の哲学。彼はレイカが持つ膨大な魔力が、世界の調和を崩しかねない力だと知っていたからこそ、その力を使う前に心の持ちようを学んでほしかった。

「レイカ、君の力は、大樹そのものと同じくらい強い。だからこそ、力を振るう前に、その理由を深く考えるんだ。君の行動が、この森の運命を決めることになるかもしれない」


 レイカはいつも真剣に耳を傾けた。彼女の瞳は、誕生当初の凍てつくような静寂を失い、温かい感情の色を帯びていたが、時折、セフィラが指摘した深い悲哀の影が、ふとよぎることがあった。それは、彼女の記憶にはない、光となる前の、世界のどこかで感じた孤独の名残のようにも見えた。


 レイカが集落の妖精たちに完全に受け入れられたのは、ある冬の出来事がきっかけだった。その冬は稀に見る厳しさで、大雪により森の動物たちの食糧が尽きかけていた。レイカは、大樹の根元で深い瞑想に入り、一晩中魔力を集中させた。翌朝、集落の妖精たちが目にしたのは、雪に覆われた大地から突如として芽吹いた、瑞々しい木の実や根菜だった。


 それは、レイカの魔力が森の生命力を限界まで引き出した結果だった。彼女は力尽きて倒れ込んだが、その行為は、彼女がこの森の一員であること、そしてレイカという名が意味する“凍った光”が、温かな恵みをもたらすこともあるのだと、皆に証明した。集落の妖精たちは、レイカを畏敬の念から、親愛の情をもって見つめるようになった。


「レイカ。君は本当に、僕たちの、この森の宝だよ」

エルフィンは、回復したレイカの手を握り、感謝の言葉を伝えた。彼の瞳には、長としての安堵と、一人の若者としての深い愛情が混じっていた。

「エルフィン、私はこの森に、あなたたちに生かされている。私は、私がもらった名前と、あなたの愛に報いたいだけ」

レイカはそう答えた。その声には、もう誕生当初の無感情な響きはなく、確かな意志と、彼らへの感謝が込められていた。


 レイカの青い瞳は、もはや悲哀と静寂だけを宿してはいなかった。それは、森の木漏れ日や、仲間たちの笑顔を映し、温かな喜びの光を放っていた。

レイカの穏やかで美しい妖精の森での日常は、これからも続くかに見えた。しかし、彼女が持つ光は、ただ森の中に留まることを、世界が許すはずもなかった。

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