Chapter3-2 ~安らぎの泉~
「レイカ、まずは俺の住処へ行こう」
シェルクは、レイカが来た道を指差した。
「この森は迷いやすいが、俺の住処はすぐそこだ。中に小さな泉があり、旅の疲れを癒すのに最適だ。そこで一度、落ち着いて情報交換をしよう」
レイカは驚いたように目を見開いた。
「泉...?」
レイカはシェルクが自分と同じく、人里を離れて暮らす者だと知り、親近感を覚えた。
「ええ、お願いするわ、シェルク」
レイカは黒いローブの裾を整え、シェルクの隣を歩き出した。彼女の心は、使命の重圧と、初めての恋心のような温かさによって、複雑に揺れ動いていた。
やがて、二人は鬱蒼とした木々の合間から、わずかな光が差し込む場所にたどり着いた。そこには、岩壁に囲まれた小さな空間があり、中央には澄んだ水をたたえる天然の泉が静かに湧いていた。水面は鏡のように周囲の緑を映し出し、その清浄な空気は、この深い森の奥にあるとは思えないほど清らかだった。
「ようこそ、俺の住処へ。水は、この辺りでは珍しいほど綺麗だ」
シェルクが洞窟の入り口を指差した。
レイカは思わず息を飲んだ。水の持つ生命力と清らかさが、彼女の魔力を静かに刺激する。
「...素晴らしい場所ね。水がこんなにも純粋だなんて」
レイカは泉に近づき、そっと手をかざした。彼女の魔力が水面に触れると、水は一瞬にして淡い青の光を放ち、周囲の空気をさらに浄化するような波動が広がった。
「...やはり、お前の力は格が違う」
シェルクはレイカの魔法に感嘆し、自身の持つ闇の剣への執着を新たにした。二人は、洞窟の岩を削って作られた簡素な休憩場所に腰を下ろし、早速、情報交換を始めた。レイカはローブのフードを下げ、改めて泉の光に照らされた顔をシェルクに向けた。
「シェルク。協力関係です。私はいくつかの世界を渡り歩いてそれらを救うという使命を抱えています。まずはあなたの知っているこの世界について教えて?特に、この辺りの魔物の出現について」
シェルクは、涼しい顔で頷いた。
「この大陸はヴェルム。俺たちのいる森は西の方に位置する名前すらないような深い森だ。この森に出る魔物は、さっきお前が追い払ったような、力の弱いものが主だが、油断はできない」
レイカは、自身の使命について切り出した。
「私が探している数々の世界を救う鍵は、古の術式、または高い知恵を持つ存在の手がかりに繋がります。心当たりは?」
シェルクは顎に手をやり、思考した。
「古の術式、か。俺はあまり地理には詳しくないが、魔法と技術で栄える聖都アヴァロンには、過去の歴史や魔法に関する膨大な知識が、大賢者の図書館に保管されているのは知っている。お前の求めるものが知識なら、そこが一番だろう」
レイカは、シェルクの目を見て、彼の野望について尋ねた。
「あなたは最強の剣士を目指しているのよね。それはどのような強さなの?」
シェルクは、剣士らしい熱い瞳を輝かせた。
「単純に、最強の力だ。俺が目指すのは、全ての剣士を凌駕し、この世界で誰にも負けない存在となること。最強の闇の剣士となることだ。剣術と闇の魔法を鍛えてとにかく最強を目指す。そのためにはお前の魔法の秘訣を知る必要がある」
「...分かったわ。では、まずは聖都アヴァロンを目指しましょう。手がかりは、知識の集積地にある可能性が高い」
レイカは立ち上がり、泉の水を手に掬い、静かに顔を洗った。冷たい水が、彼女の頬に残っていたシェルクの熱と羞恥心を洗い流していくようだった。
「シェルク、あなたは私に休息の場所と道標を与えてくれました。ありがとう。私の旅は急を要します。明日にはここを出発したいの。」
シェルクの瞳は、レイカの優美な強さ、そして彼女が持つ力の純粋な光に、魅了されていた。
「承知した、レイカ。」
夜になり、泉のある洞窟は、月明かりと泉の水の淡い青の光に包まれた。レイカは、シェルクが持ち込んだ簡素な焚き火のそばで、目を閉じて魔力を集中させていた。レイカの周囲の空気が、急激に冷え込み始める。シェルクは、その光景を静かに観察していた。闇の剣士を目指す者として、レイカの魔力の流れは、彼にとって最高の教材だった。やがて、レイカの手のひらの上に、水滴が凝結し、美しい氷の小箱へと形を変えた。
「これは...?」
シェルクは驚きの声を上げた。
「道中の食料を入れる箱よ。この世界の食材の詳細は分からないけれど、魔力で完全に凍結させれば、鮮度は保てるはず。旅の準備は、協力関係の一環ですから」
レイカはそのまま、水の魔法で浄化された革製の水筒も生成した。彼女の力は、戦闘だけでなく、生活においても圧倒的だった。
「...凄い。貴女の魔法は、まるで万能の創造主のようだ。こんな芸当、見たことがない」
シェルクは、改めてレイカの力の凄まじさと、その優雅な使い方に魅了された。
「私は...昔、大切な人たちから、力は人を助けるために使うものだと教わったから」
レイカの顔に、遠いアルストラムを思う、優しくも悲しい微笑みが浮かんだ。彼女の心は、シェルクの前で少しずつ解けていく。
シェルクは、焚き火の熱で暖をとりながら、レイカの身体に斜めに掛けられた革のポーチにある、銀の竪琴に目を留めた。それが、先ほどの戦闘中に、彼の手が触れてしまった場所にあることを、彼は鮮明に覚えていた。
「レイカ。その竪琴は?」
シェルクは、その竪琴が彼女にとって特別なものであることを察していた。
レイカは竪琴をそっと握りしめ、目を伏せた。
「これは...私に、絆を教えてくれた、大切な友からの贈り物です」
彼女の脳裏に、エリスの笑顔と、エルフィンの温もりが蘇る。
「絆...か」
シェルクは最強を追求する道において、絆は足枷だと考えていたが、レイカの優しくも力強い魔力の源が、その絆から生まれていることに興味を抱いた。
レイカは顔を上げ、彼の瞳を見た。
「シェルク。あなたは、最強の闇の剣士を目指している。素晴らしい目標だわ。でも、力が強くなればなるほど、心も強く、そして優しくなければ、いつか自分を見失います。あなたの力は、あなた自身に限らず人のために使いなさい」
彼女の瞳は、純粋な優しさと、深い悲しみを同時に宿していた。シェルクは、レイカの冷たい魔力の奥に、燃えるような愛と優しさの炎が隠されていることを確信した。彼は、この氷の魔法使いの抱える美しさと強さ、そして彼女を動かす優しさに、心を強く惹かれていた。
「レイカ...お前の言うことは心に刻もう。俺は必ず、お前の認める最強の剣士となる」
彼の言葉は、レイカの心に温かい響きをもたらした。彼女の心は、この旅が使命だけでなく、愛の探求でもあることを静かに悟った。




