Chapter3-1 ~強襲~
レイカの意識が完全に覚醒し、辺りを見回すとそこは森の中の一本道だった。人の姿はなく、文明の気配も感じない。とりあえず人里を探そうと、道の前か後か足を踏み出そうとした時だった、何かがいる。レイカと目が合うとその生物はとぼけた顔でレイカを見つめ返していた。カボチャを被ったリスのような風貌をし、二足で歩行するその生物は可愛らしくも自然の摂理に反したような不気味さを兼ね備えていた。
「魔物か!?」
レイカは瞬時に空中に数本の氷柱を作り出し、その生物の目前の地面に勢いよく突き刺した。謎の生物は氷柱に驚きたちまち逃げていった。レイカは反撃に遭うこともなく、ひとまず安堵した。
(これが、この世界の脅威…?あまりにも弱い。しかし、これほどまでに生態系が歪んだ魔物は、アルストラムにも存在しなかった)
レイカが再び周囲の情報を分析しようとした、その瞬間だった。背後の木々の影から、一人の青年が姿を現した。
「素晴らしい魔力だ!」
青年は、明るい日差しにも負けないほど輝く美しい銀髪と、透き通るような青い瞳を持った美青年だった。身に纏っているのは、動きやすさを重視した簡素な装束だが、その腰には重厚な西洋剣が納められており、旅の剣士であることが窺えた。彼の顔には、純粋な好奇心と、抑えきれない興奮の色が浮かんでいた。
「お前、名前は?…いや、その前に、勝負だ!」
青年は、レイカの氷の魔法の威力と、彼女の持つ底知れない魔力に一瞬で心を奪われたようだった。レイカは突然の呼びかけと、唐突な勝負の要求に困惑した。
「失礼ですが、あなたはいったい?そして、なぜ私と勝負を?」
レイカは冷静に問い返したが、青年は聞く耳を持たない。
「俺はシェルク。見ての通り、剣士だ。君ほどの魔力を持つ者が、こんな辺鄙な場所で何をしているかは知らないが、俺の剣がうずいて仕方ない!君の魔法、全力で受け止めてやる!」
シェルクは声を張り上げ、一歩も引かない熱意をレイカに向けた。レイカは、今の目的が人里を見つけ、情報を集めることであることを考え、戦闘は避けたいと判断した。
「申し訳ありませんが、私には急いで為すべきことがあります。勝負はお断りします」
レイカはそう告げ、道の先へ進もうと身を翻した。しかし、シェルクは問答無用で、腰に納めていた剣の柄に手をかけた。
「逃がさん!お前は、俺が長い間追い求めてきた強さの光だ!」
美しく磨き上げられた剣が、鞘から抜き放たれる鋭い音を立て、太陽の光を反射した。シェルクの青い瞳は真剣な光を宿し、レイカに向けて真っ直ぐに構えられた。
「さあ、来い!氷の魔法使いよ!」
レイカは心の中で舌打ちした。これほど無謀で、かつ純粋な闘志を持つ人間は、アルストラムの騎士たちの中でも稀だ。彼女の目的は戦闘ではなく、新世界の情報を得ること。しかし、シェルクの剣の間合いは既に彼女の退路を断っていた。
「残念です。あなたを傷つけるつもりはありませんでしたが、時間の無駄は避けたいわ」
レイカの瞳が一瞬にして、凍てつく青の光を宿した。シェルクは、レイカの放つ極大な魔力の気配に興奮を隠せないまま、獰猛な笑みを浮かべた。
「その顔だ!来い!」
シェルクは地面を蹴り、一瞬でレイカの懐に飛び込んだ。彼の剣術は洗練され、無駄がない。剣先がレイカのローブを切り裂こうとしたその瞬間、レイカの足元から一瞬にして極薄の氷の床が展開された。シェルクは驚愕し、体勢を立て直そうとするが、彼の靴底は滑る氷面と、レイカが瞬時に生成した凍てつく風によって、完全にバランスを失った。
「くっ...!」
シェルクが体勢を崩した刹那、レイカは回避行動を取りながら、彼の動きを封じるための拘束魔法を試みた。レイカは、シェルクの腹部めがけて、魔力で凝固させた一対の氷の鎖を高速で射出した。しかし、氷の鎖がシェルクに命中する寸前、彼は本能的に剣を振り、辛うじて体を回転させた。剣と氷の鎖が激突し、爆発的な冷気が発生する。レイカは、シェルクの回転と衝撃の余波によって、一瞬だけ魔法の制御を失った。その瞬間、体勢を崩したシェルクの体は、慣性のままにレイカに突っ込み、二人はもつれるように地面に倒れ込んだ。
レイカは反射的に目を見開き、凍てつくような殺意を全身に漲らせるが、彼女の意識は、予測不能な接触によって完全に麻痺した。シェルクの細身ながらもしっかりとした筋肉を持つ体躯が、冷たいレイカの体を覆いかぶさる。そして、彼の顔が、ローブのフードがずれたレイカの、完璧なまでの美貌のすぐ側にあった。
「...っ!」
レイカは、アランに口説かれた時以来の女性としての感情が、激しい熱を伴って全身を駆け巡るのを感じた。頬が熱を持ち、青い瞳が激しく揺らぐ。そして、最悪なことに、シェルクの手が、彼女の胸のあたり、ローブの下に隠した銀の竪琴の近くを触れて通り、そのまま予期せぬ場所に滑り込んだ。
シェルクもまた、レイカのフードの下の美しさと、彼女の身体から発せられる極度に冷たい魔力の波動に一瞬で心を奪われたが、自分の手が触れてしまった場所を認識し、顔を真っ赤にして飛び退いた。
「す、すまない!これは、その、不可抗力...!」
シェルクは立ち上がり、頭を下げて必死に謝罪しようとしたが、レイカは彼を顔を両手で覆い、わずかに身を震わせた。彼女の頬は、冷たいはずの魔力を持つレイカの体を、初めてこれほど熱く染め上げた。しかし、可愛らしい恥じらいも刹那、次の瞬間レイカの口から出た一言はレイカが誕生してから最も人間らしく最も感情的な言葉だった。
「へ...変態..!」
レイカは、動揺を抑えようと深く息を吐いた。使命のために凍らせていたはずの心が、一瞬にして熱を帯び、彼女は戸惑うと同時に、この感情がもたらしたのは怒りに留まらず、不思議と新鮮な喜びのようなものを感じていた。シェルクもこの氷の魔女から発せられた意外な言葉に容姿相応の女性らしさを感じ、驚きと微かな興奮を覚え、さらに顔を赤らめた。レイカは、意を決して顔から手を外し、シェルクの目を見た。その青い瞳には、先ほどの戦闘で感じた純粋な強さと、今しがた見せた羞恥心が混ざり合っていた。
「あ、あなたの剣、見事でした。ですが、私には一刻も早く行かなければならない場所があります。今は、無駄な戦闘に時間を割くわけにはいかないの」
シェルクは、レイカの優しくも毅然とした口調、そして彼女の美しさに心を奪われながらも、本来の目的を思い出した。
「待ってくれ、氷の魔法使い。お前のその力の秘訣...あの極低温の魔力と、瞬時に氷を展開する術。あれは俺の求める最強の闇の剣士になるための道筋を知る上で、最高のヒントになる」
シェルクはそう言いながら、剣を鞘に納めた。彼の目は真剣だった。
「俺は、この世界の知識を持っている。お前が探している場所への道筋も知っているだろう。どうだ?協力関係を結ばないか?俺がお前の道標となり、お前の力を間近で見せてほしい」
レイカはシェルクの提案を冷静に分析した。レイカにとって、人を傷つけることなく目的を達成できる協力関係は望ましい。さらに、彼の持つ闇を御するという思想は、ゼノグラシアとしての使命を探る上で興味深い。そして何より、レイカは、先ほどの予期せぬ熱をもう少しだけ彼の側で感じてみたいと思った。
「...分かりました。私の名前はレイカ。私は、数々の世界を救うための鍵を探しています。あなたの持つ知識、そしてこの世界の情報を提供してくださるなら、私もあなたが求める強さの一端を見せましょう」
レイカは柔らかながらも力強い口調で答えた。
「望むところだ、レイカ!俺は必ず、お前の力を理解し、最強の闇の剣士となる!」
シェルクの銀髪が揺れ、彼の青い瞳は喜びに輝いた。二人の間に、剣と魔法ではなく、信頼と好奇心が基盤となった、新たな協定が結ばれた。




