Chapter2-4 ~氷溶かす甘言~
異世界転移の準備期間中、アランはレイカの精神的な緊張を和らげるため、そして生活に必要な日用品を揃えるという名目で、城下の賑やかな市街へ買い物に誘った。
「レイカ殿、あまりフォートレスに籠もりきりでは、気分も滅入ってしまいます。それに騎士団の制服ばかりでは味気ないでしょう?少し街に出て、装いを整えるのも、良い気分転換ですよ」
アランは優雅にレイカをエスコートした。レイカは相変わらず外ではローブ姿だった。
「…そうね、分かったわ」
と出会った当時よりも柔らかな口調で応じるようになっていた。
グラディアスの市街は、要塞都市ながらも活気に満ち、中央広場では色とりどりの布地や装飾品が売られていた。レイカは興味深そうに周囲を見回した。アランはレイカを、城下で最も評判のいい仕立て屋へと連れて行った。レイカが選んだのは、シンプルな濃紺の長袖のドレスだったが、アランは満足しなかった。
「レイカ殿、待ってください。貴女のような至高の美しさを持つ方が、なぜいつもそのような黒衣の中に身を隠すのです?」
アランは棚から、鮮やかな氷のような淡青色の、レースがあしらわれた美しいロングドレスを取り出した。
「ご覧なさい、この色こそ貴女の瞳の色と、魔法の色。これを着れば、まるで雪の結晶が具現化した姫君のようだ。次の世界に行っても、貴女が持つ力だけでなく、その魅力も正当に評価されるべきです」
アランは、レイカの美しさを褒め称えるのを止めなかった。
「貴女は、アルストラムで最も高貴な花ですよ。レイカ様」
レイカの冷たい頬が、わずかに赤く染まった。彼女は、このような純粋な賛美を受けたことがなく、どう反応していいか分からなかった。レイカの感情は初期よりも柔軟さを帯びたとはいえ、男性からの露骨な口説き文句に免疫はなかった。
「あ、アラン様…わ、私には、もったいないことです。私は…その、戦うための者ですから」
レイカは視線を泳がせ、どもりながら拒絶した。恥じらいが彼女の顔全体を覆っている。
アランはそれを見て、さらに面白がったように身を乗り出した。
「戦うための者?いいえ。貴女の微笑みは、百の軍団を動かすよりも強い力を持っている。せめて一目、そのドレスを着た貴女を見てみたい」
レイカは戸惑いのあまり、手に持っていた紺色の布地を思わず握りしめた。
「その、そのような…や、やめてください。私、恥ずかしいです…」
アランはレイカの困惑した表情を見て、満足げに笑った。レイカの、以前の機械のような冷たさが消え、女性らしい感情が露わになるのが、アランには新鮮で微笑ましかった。結局、レイカはアランに押し切られる形で、その青いドレスを購入させられてしまった。
城に戻った直後、アランはサロンで待機していたエナに、剣よりも鋭い眼差しで睨まれた。エリスは、レイカが青いドレスの包みを抱えているのを見て、目を輝かせていた。
「アラン!貴様、レイカに何を言った!?」
エナは談話室にアランを引っ張っていき、低い声で問い詰めた。
「何をって、レイカ殿を騎士として、そして一人の女性として褒め称えただけさ。貴族としての礼儀だよ、エナ」
アランは涼しい顔で返す。
「嘘をつけ!エリスから聞いたぞ。貴様、『雪の結晶が具現化した姫君』などと、騎士団の士風を乱すような口説き文句を吐いたそうだな!」
エナは、アランの騎士としての品行に厳しい。
「おお、エリスは律儀だな。だが、騎士が姫君を称えるのは当然だろう?」
アランが言い訳をすると、エナは腕を組み、冷ややかな視線を向けた。
「貴様は、レイカをただの遊び相手と見ているのか? 彼女はアルストラムの運命を背負っている。次、レイカに変な気を起こさせるような真似をしたら、私が容赦なく貴様の剣をへし折ってやる!」
エナは普段の騎士の凛々しさと、女性としての強い正義感を剥き出しにしてアランを説教した。アランは両手を上げ、降参のポーズを取った。
「分かった、分かったよ、エナ。もうしない。…しかし、レイカ様の赤面した顔は、本当に可愛らしかったんだけどな」
アランはそう呟き、エナに新たな雷を落とされる寸前に、慌てて訓練場へと逃げ込んだ。この短い日常の交流が、レイカの心に、旅立ち前の温かい記憶をそっと刻み込んだのだった。




