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Xenoglossia  作者: Nego
要塞都市グラディアス
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Chapter2-3 ~薔薇香る淑女~

 レイカの特訓はさらに密度を増していたが、エナは時折、意図的に午後の休憩時間を設けた。それは、レイカに感情的な休息を与えるためであり、また、彼女自身が抱える不安を鎮めるための儀式でもあった。フォートレスの一角にある、騎士団幹部専用のサロン。重厚な木造の部屋に、珍しく甘く上品な香りが満ちていた。テーブルの上には、精巧な銀のティーセットが並べられ、エナが自ら優雅な手つきで紅茶を淹れていた。


「さあ、レイカ。どうぞ」

エナはレイカに微笑みかけ、薄い磁器のカップを差し出した。

「ありがとう、エナ」

レイカは温かいカップを受け取り、立ち上る蒸気に表情を綻ばせた。

「これは、グラディアスでは定番の薔薇を用いた紅茶よ。少しクセがあるけれど、香りが良くて、私はこれがないと午後の訓練の集中力が続かないの」

エナはそう言って、自身のカップを口元に運んだ。彼女の普段の凛とした騎士の姿からは想像もつかないほど、その所作は優雅で繊細だった。彼女の金髪は、訓練場で見る時よりも柔らかく見え、鎧の下に隠された女性的な美しさが、この瞬間だけ垣間見えた。


 レイカは、勧められるままに一口飲んだ。冷え切ったレイカの体には、温かい液体は異物だったが、その香りは良くも強烈だった。薔薇の花びらがブレンドされた茶葉から抽出された、複雑で華やかな香り。それは、血と汗と土の匂いが染み付いたグラディアスにおいて、別世界の安らぎを運んでくるようだった。


「…とても良い香りだわ」

エナは嬉しそうに目を細めた。

「ええ。薔薇の香りよ。この街は、鉄の匂いが強いでしょう? だから私はこういう華やかなものが好きなの。戦場では、力と合理性が正義。でも、それだけだと心が壊れてしまうから」


 彼女はカップを静かに置き、遠くの城壁を見つめた。

「私の家は、元々このグラディアスでも古い貴族なの。騎士になる前は、こういう社交の場での嗜みを徹底的に叩き込まれたわ。ね、普段の訓練からはは想像できないでしょう?」

エナは、いつもの自信に満ちた口調ではなく、少し照れたように微笑んだ。それは、レイカがこれまでの旅で出会った、無邪気な少女たちに近い表情だった。


 紅茶の温かさが、レイカの心の壁を緩める。レイカは無意識のうちに、二口目を口に含んだ。

「貴女は、私が異世界へ転移することを、合理的だと判断したのね」

レイカは、確認するように尋ねた。

エナはカップを見つめ、静かに答えた。

「ええ。ゼノグラシアである貴女の存在こそが、最大の戦術的優位性だもの。…もちろん、不安がないわけではないわ」

彼女は言葉を切った後、レイカの目を見つめた。

「貴女がいつか旅立つのだろうと思うと、夜、なかなか眠れないの。貴女が別の世界から帰ってくる日が来なければ、このアルストラムは本当に終わってしまう。もちろんあなたがアルストラムを放って裏切るだろうなんて思ってないわ。でも、もしそんなことになったらと考えると、剣を握る手が震えそうになる。戦場に立つことだけじゃない、今こうしている時間ですら世界の要のあなたに悪い影響を与えたことになったのではと責任感に圧し潰されそうになる。正直、あなたと共にする行動の一挙手一投足、あなたにかける言葉の一言一言、全てに重みを感じて息が詰まるの。本当はあなたをただの一人の女の子の友人としてお茶会を楽しみたいわ。でも、私の弱い心じゃそれは難しいみたい。」


 エナは自分の弱さともいえる不安を、レイカという孤独な戦士にだけそっと打ち明けた。普段の凛々しい女騎士の鎧を脱ぎ捨てた、女性としての繊細さがそこにはあった。彼女もまた、レイカと同様に、重すぎる使命を負いながら戦っているのだと、レイカは理解した。


「…ごめんなさい。あなたと過ごす時間は大好きよ。でも、同時にこの不安も知っていて欲しかった。それはあなたを信頼しているからこそよ」

「…大丈夫よ。私は必ずアルストラムを救うわ」

レイカは、温かい紅茶を飲み干し、静かに答えた。それは、単なる約束ではなく、エナの不安とこの世界の希望を、誓いとして受け止めたレイカなりの決意の表明だった。

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