8.黒炎の覚醒
進軍の太鼓が大地を震わせた。
黒鉄の旗が林立し、一万体近い魔物が押し寄せている。
その中心に、俺はいた。
上級魔物として、人間の主要都市を堕とすべく、六百を率い前線に立つ。
一介の会社員では味わえない高揚感だ。
胸に甦るのは数日前――昇格の儀の夜。
ナキが去った後、俺はガルザークに呼び出され、薄透明な石を渡された。
手のひらに収まるほどの大きさだが、内側で脈動する光は不気味な生を宿している。
「"魔石"ーー上級になれば与えられる希少な石だ。それを砕いたとき、貴様の内に眠る魔力が呼び起こされ、運良ければ魔法を会得できる」
魔力に魔法……。先程ナキが纏っていた炎もそうだろう。先日の戦でも何人か特異な力を使っていた。
案外思っていた通りの世界らしい。
「……そういえば、ガルザーク。お前は先の戦で魔法を使っていなかったが?」
ガルザークは毅然として答える。
「俺は格下相手には魔法を使わん。まあ次の戦で存分に披露してやる」
……よくわからん美学だ。
まあとりあえず。魔石を砕いてみるか。
――パキッ!!
鈍い音が鳴った瞬間。
魔石は禍々しい煙となり、俺を包み込む。
唐突に、脳裏に声が響いた。
《宿命【無窮の覇道】に基づき、相応しい力を会得します》
《古代の禁忌魔法【黒炎】を会得しました》
煙が徐々に形を成し、全身から溢れ出したのは――漆黒の炎。
見守っていたラグが急に声を上げた。
「……っ! ゼルド様……これは……!」
――なんだその反応は。珍しいのか?
ガルザークが続く。
「黒炎……伝承にしか存在しない、禁忌の炎……。まさか本当に顕れるとは」
皮膚を焼く感覚は一切ない。
だがこの炎で触れた物は一瞬で無に帰すという言い伝えらしい。
俺は指先で小さな黒炎を弄び、笑った。
「悪くない。これが俺の力か」
――そして今。
進軍の先頭、荒野の丘を越えると、人間軍の陣が見えた。盾列を組み、槍を並べている。
数千の兵がこちらを睨み据えていた。
「全軍、進め」
冷徹な声が響く。峠の上から軍を指揮するのは、今回の総大将――魔族ナディーン。
深紫のローブに杖を携えたその姿は、知略の象徴。眼差しひとつで数千を制御していた。
その視線が、ふと俺に向いた。細い瞳が俺を射抜き、値踏みするように細められる。
敵軍が迫る。鋼鉄の槍の壁。
そこにガルザークが立ちはだかり、咆哮する。
「"地砕轟"!」
岩壁がせり上がり、兵が悲鳴を上げて転げ落ちる。
先日は指揮官だったガルザークもこの規模の戦いでは積極的に前に出るらしい。
その隙を逃さず、俺も自ら前線に立つ。
「燃えろーー黒炎」
漆黒の奔流が走った。
盾は飴のように歪み、兵の身体は一瞬で崩れ、灰となった。叫びすらも焼き尽くす。
ただ存在するだけで物質を崩壊させる“絶対の破壊”。
「あ、あれはまさか……。禁忌魔法の一つ"黒炎"……!」
「一瞬で……隊列が……!」
味方の魔物どもが一斉に雄叫びをあげる。下級は歓喜し、中級が武器を掲げた。
勢いそのまま、敵陣に傾れ込む。
そんな魔王軍の勢いを止めようと、敵兵の隊長格が吠え、黄金の鎧を揺らしながら突撃してきた。
まだ序盤だが、戦の重要局面と判断したのだろう。
勇敢さだけは評価する。
だが、黒炎の前では無意味だ。
「消えろーー"黒炎葬"」
俺の掌から伸びた炎が、隊長格を丸ごと呑み込む。 数秒も掛からずに、骨や鎧すら残さず塵にした。
戦場は完全に沈黙。
やがて恐怖が爆発し、敵兵は叫びながら後退を始めた。
「怪物だ……!」
「逃げろ、逃げろぉっ!」
背後では、魔物たちが熱狂に包み込まれていた。
「黒炎のゼルド様!」
「ゼルド様は最強だ!俺たちの隊が勝利を掴む!」
その声が戦場を覆い尽くす中ーー。
ナディーンが遠くから俺を見ていた。感情を表には出さぬが、その眼差しは明らかに俺の力を測っている。
ガルザークが横に並び、低く呟く。
「やはり……貴様は異質だ、ゼルド。俺の隊と貴様の隊、連携して一気に戦況を動かすぞ」
俺は頷いてから、翼を広げ、黒炎を空へと放った。夜空を裂く漆黒の柱。
敵も味方も、その光景から目を逸らすことができない。
――さあ、今日は思う存分暴れてやる。




