6.完全勝利、征服の前触れ
戦場では呻き声と断末魔が混じり合い、まさに地獄だった。
俺たちの小隊は必死に踏みとどまっていたが、敵は粘り強い。
人間兵の盾列は未だ健在で、槍の穂先がこちらを何度も貫こうと迫ってくる。
「ぐっ……!」
ラグが肩を掠められ、血を滲ませる。隣の魔物は喉を突かれ、絶命した。
残った者たちの目には、闘志と恐怖が同居している。
――俺はというと、途中から加減して戦っていた。
背の翼を全開にして風を起こせば列は崩れ、腕を振れば敵は簡単に砕ける。
この程度の戦であれば、俺一人で大半を殺せることがわかった。
だが、それでは俺の名だけが戦場に刻まれる。
"ゼルド小隊の戦果"とはならず、忠誠の広がりは見込めない。
勝利の主体を組織に置く――それが長期的な支配を生む。仕事と同じことだ。
何より、戦がどのように展開されていくのか、見ておきたかった。
自分の力に頼るだけでは、今後の戦いは危ういはずだ。
指揮官としての想像を巡らせる機会にもしたい。
そんな折、戦場の奥に華やかな兜を戴いた兵が顔を出した。
金の装飾が夕陽に反射し、隊を纏めるその姿は指揮官の象徴。
彼の声一つで人間の列は再び整い、勢いを取り戻す。
――俺が殺してやってもいいが……これしきの手柄は部下にくれてやろう。
「ラグ、見ろ。あれが敵の兵長だ。奴を討てば、この戦は終わる。そして奴を討った者は……ガルザーク隊の英雄だ」
ラグの眼を直視する。恐怖と期待が交差している。
「……英雄には、さぞ美味い肉が待っているぞ……?」
「……う、うわあああっ!」
ラグは一心不乱に駆け出した。
俺は後ろから舞台を整えた。
突風により敵の矢を落とし、隊列を乱す。
小隊の者が危機に瀕すれば、その周辺の兵士を屠る。
目立つほどの衝撃は与えない──だが、確実に牙城を崩していく。
そして……真っ直ぐに駆け込んだラグが、兵長の目前に躍り出た。見るからに力の差は歴然だ。
兵長は余裕綽々と前に出て、黄金の刃をラグに振るう。
刹那。俺は近くにあった弓を投擲。兵長の足に突き刺す。
バランスが崩れ、刃の軌道が外れるーー。
ラグが叫び、渾身の一撃を振るった。
金の兜が弾け、血が弧を描き……首が地に落ちる。
戦場が静止するような瞬間だった。
静寂の後、徐々にざわめきが広がる。
ラグは血まみれの剣を握りしめ、震えながらも立ち尽くしていた。瞳には恐怖ではなく、強い誇りが宿っている。
俺は大声で叫んだ。
「聞け!この戦場で敵の兵長を討ったのは、俺ゼルドの小隊だ!……この戦は魔王軍の勝ちだ!」
声は乾いた風を伝って広がった。
下級どもが次々と雄叫びをあげ、前に出る。
人間兵たちは動揺し、一気に後退していった。
ガルザーク隊の完全勝利で終息した後、周囲の中級魔物たちはざわめいていた。
「無名の下級が、敵の指揮官を討っただと……!」
「いや…仕立てたのは、あのゼルドという新参だ…。あいつは何者なんだ……」
その時だった。
地を揺らす足音。戦場の奥から、巨躯の影が歩み寄ってくる。ガルザークだ。
両腕を組み俺たちを見下ろす。
「……なるほど。期待以上だ」
ガルザークの紫の瞳が俺を射抜く。
「ゼルド、よくやった。だが忘れるな。これは始まりに過ぎん。戦果を重ね、血を流し、ようやく名は刻まれる。お前が上を目指すというなら……その道は地獄より険しいぞ」
脅しにも似た声。だがその奥に、確かな信頼を感じる。
俺は笑みを浮かべ、答えた。
「望むところだ。地獄でも何でも渡り切り……俺は頂点に立つ」
それを聞いていた下級魔物たちが膝をつき、頭を垂れた。小隊以外の者も大勢いるようだ。
代表したラグの声が、震えながら響く。
「ゼルド様……俺たちは、どこまでもあなたについていきます」
血に濡れた夕陽の中、俺は確信した。
――今日ここに、俺の支配は始まった。




