5.初陣、血に染まる荒野
赤黒い空の下、荒野を吹き抜ける風は熱を帯びていた。
遠方には列を成す人間の兵たちが見える。盾と槍を整然と掲げ、規律正しく歩みを揃えてこちらへ迫ってくる。
俺たち魔王軍の小隊は、その正面に陣を敷いていた。
八百を束ねる上級魔物ガルザークの部隊。
その末端に組み込まれた俺とラグたちの小隊も、前衛に並ばされている。
横目にラグの顔を見ると、血の気が引き、唇が乾いて震えていた。
「ゼルド様……」
彼はかすれ声で言う。
「今日の戦いは、前哨戦です。勇者軍の辺境守備隊との小競り合い……ですが、俺たち下級にとっては命の選別そのもの。負ければ死、勝っても次の戦いでまた消耗される」
ラグの視線は、同じ列に立つ痩せ細った仲間たちへと落ちる。
彼らの表情は皆、怯えと絶望で歪んでいた。
中には肩を小刻みに揺らし、涙をこらえている奴もいる。
「下級魔物は……駒です。駒が壊れるのは当たり前。だから俺たちは……ずっと怖いんです」
その瞬間、社畜時代に見た同僚の顔が過ぎった。
机に突っ伏して眠りこける若手、胃薬を片手に必死に資料を直す先輩。
“替えの利く駒”として扱われた数々の姿。
ーーここでも同じか。いや違う。俺はもう駒じゃない。支配する側だ。
不思議と怯えはない。
転生後、数日間を経て、自分が強いことはわかっていた。
ただ初めて人を手に掛けるわけだ……どう感じるのだろう。
考えを巡らせている内、戦場に角笛が鳴った。
荒野を震わせる重低音。人間と魔物、両軍が同時に動き出した。
「突撃――ッ!」
中級魔物の怒声とともに、前衛が地響きを立てて走り出す。
砂塵が舞い上がり、耳をつんざく叫びと咆哮が交錯する。
人間の列は一枚岩のようだった。
盾を重ね、槍を一斉に突き出す。
黒い体毛の魔物が胸を貫かれ、赤い液を撒き散らして倒れた。
別の者は首を斬られ、断末魔の叫びを上げて土に崩れる。
ーーなるほどな。人間は秩序と統率で戦う。魔物は力任せで押すだけ……これじゃあ消耗するのも当然だ。
「ひ、ひぃ……!」
俺の隣にいた若い魔物が叫び声を上げ、後退ろうとした瞬間、槍に背を突き抜かれた。
紫色の血が飛沫となって俺の頬を濡らす。
ラグが必死に剣を振るいながら叫ぶ。
「下がるな!下がったら……殺されるぞ!」
その声も震えていた。恐怖で足をすくませながら、それでも仲間を励まそうとしていた。
だが人間の兵は冷徹だった。
連携を崩さず、規律正しく進み出るたびに、魔物の列は押し返され、穴が広がっていく。
「いいぞ!魔物どもを蹂躙しろおっ!」
中級魔物が声を枯らして叫ぶ。
「持ち堪えろ!崩れれば全滅だ!」
それでも、耐えられない。
目の前でラグが、人間の二人組に槍で押し込まれ、地に倒れ込んだ。
必死に剣を構えるが、もう限界は見えていた。
「う、うわぁっ……!」
ラグの悲鳴。
俺はその瞬間、考えるより先に動いていた。
地を蹴り、一瞬でラグの前に立つ。
突き出された槍が迫るより速く、俺は腕を薙いだ。
轟音。
十数人の兵がまとめて吹き飛び、砂煙の中で肉と骨の雨が舞った。
戦場が一瞬止まる。
人間も魔物も、皆が俺を見ていた。
ラグは尻餅をつき、俺を見上げる。
「ゼルド様……!」
俺は背の翼を広げた。土煙が舞い上がる。
初めて人を屠った感想は……意外にも"快感"であった。
「な……なんだ、あの魔物は……!」
「今何人やられた……!」
槍を握る人間兵の手が震え、魔物たちの瞳に光が戻っていく。
その場に立ち尽くす全てに向け、俺は声を張り上げた。
「聞けぇぇぇ!今日、この小隊が最も大きな戦果を挙げるぞ!」
その声は轟き、血の匂い漂う戦場全体に響き渡った。
絶望で沈んでいた魔物どもが、顔を上げる。
ガルザークが遠くからこちらを見ていた。
その紫の瞳に驚きが走り、やがて満足げな笑みに変わる。
「……面白い。やはりただの新参ではないか」
俺は牙を剥き、笑った。
――いい……恐怖と希望を同時に与えれば、人は……いや魔物は、立ち上がる。
砂塵の向こうで、人間の兵が再び槍を構える。
戦場はまだ終わらない。むしろここからが本番だ。
「行くぞ……血を浴びて証明するんだ!」
俺の咆哮を合図に、ラグたちが走り出した。
こうして俺たちの小隊は、初陣で最も鮮烈な一撃を刻むこととなる。




