26.祝祭と血宴
イシュタル黒曜軍が勝利した翌晩。
焚き火が連なる広場に、民が集まっていた。
秘書エリスが声を張り上げる。
「ゼルド様の命により……本日の宴は“人魔合同”とします!」
ざわつく群衆の間に、料理と酒瓶が次々と運び込まれた。
肉の丸焼きに、パイやシチュー。
魚の包み焼きに、蜂蜜のタルト。
日高屋の"中華料理"に、吉野家の"牛丼"もある。
「うおおおっ!美味そう……!」
「なんだこれ……ご馳走だーーッ!」
広場に爆発的な歓声が広がる。
その中で怪訝な表情を浮かべる人間――アリシア・エル・フィルディア。
「悲しんでる人がいるのに……。こんな宴なんて」
人間の地が征服された事を人間が祝う。
彼女はその事実を受け入れられない。
「まぁまぁ、アリシア様……祝いの席ですから……」
ラグが気を遣い、遠慮気味に杯を渡す。
「ありがとう、ラグ……」
アリシアは戸惑いながらも、微笑を浮かべ、それを受け取った。
広場の中央では既に騒ぐ者がいる。
「うはぁっっ!……酒がうめぇぇぇっ!」
大声の主は、"兵僧"ウルス・フローレンス。
走り回る彼を魔物たちが取り押さえる。
「……おい!ジーランドの民は今日参加できない決まりだ!……しかも僧侶だろお前は!」
それを全力で振り解き、駆け出すウルス。
「……うるさい!そこに酒があるのに……黙ってられるか……!」
彼は戦のときよりも真剣な顔で、手に持った酒を飲み干す。
「ぷはーーッ!これからは……イシュタルの時代だ〜〜!」
「いいぞーーッ!よく言った!」
「もっと飲めウルスーーッ!」
方々から歓声が上がる。
気付けばウルスは、昨日戦った連中に囲まれ酒を煽っていた。
「この男……頭がおかしすぎる……」
監視していたグレンダがふと呟く。
そんな喧騒の中で、一際響く高い声。
「おい……!そこの僧侶!私とも飲めや……!」
――また酒癖の悪い奴か、とグレンダが見やると……。
視線の先に居たのは何と……あのアリシア。
「この嬢ちゃん!一杯しか呑んでねぇのに、出来上がっちまった!……才能がある!」
既に出来上がったラグが大声を上げる。
「いいねえー!楽しもう、そこのピンク髪!」
ウルスの声にアリシアが眉をひそめる。
「絶世の美女捕まえて、何がピンク髪じゃあぁぁーーーッ!!」
彼女が飛び掛かった。
「ひええっっ!"極楽恩寵"!」
「いけぇっ!アリシア嬢ちゃん!」
ウルス、アリシア、ラグ。
三つ巴の酒乱が暴れ出した。
「……乗り遅れてしまった……!」
ガルザークが必死に加わろうとする。
――なんなんだこれは……。戦よりも地獄だ……。
グレンダは絶望した。
バルコニーから広場を見下ろしつつ……ゼルドは真剣に思う。
「……酒って怖いな」
イシュタルが笑いに包まれていた日。
遥か南の地――ヴァルドレーンでは、別の“宴”が開かれていた。
七大魔将がひとり。
"朱喰”ラズナー・ライオネル・ダーマー。
その体は血を浴び、赤黒く光っている。
手には、つい先ほどまで人間だった男の首。
「……不味いなあ。血が薄い」
ラズナーは飽きたように放り捨てた。
「もっと濃いのを寄越せえええ! 血が足りねぇぞおおおッ!」
咆哮一つで地面が震え、兵たちは恐怖に顔を歪めた。
その背後に立つ男。
長衣をまとい、蒼白の肌をした魔族――"魂操"バズラミュート。
「……閣下。前線の処理は完了しました」
彼の声は、ひどく静かで冷たい。
「"ドルバニア"を護る守備隊は壊滅。……しかし、グラウザー軍の一部が抵抗しております」
「グラウザー? そうか……あの"雷獄"が来ているか……」
ラズナーが牙をむくように笑う。
「滾るぞおお、八闘剣……!」
次の瞬間、彼の全身から魔力が噴き出した。
それは大気を震わせ、辺り一帯を赤く染める。
「“血呪輪舞"」
範囲内にいる者は、血液が重くなり、心臓が軋み出す。
「う……ぐっ……動け、ない……!」
魔物たちは恐怖に歪んだ顔で地面に手をつく。
血管が浮き上がり、皮膚の下を何かが這う。
「ラズナー様……おやめください……!」
「その顔だよ……それが見たかったッ!」
「ぐあああっっ……!」
魔物たちの体から鮮血が吹き出す。
真っ赤な霧の中、ラズナーが腕を広げる。
「踊れ! 死んで血を撒けえええええええええええッ!!」
その狂気を背に、バズラミュートが歩を進めた。
右手を掲げ、魔力を解き放つ。
「――"死衝葬波"」
魔物たちの死体から魂の波動が浮き出る。
それらは雄叫びと共に人間兵に襲い掛かった。
「なんだ……この魔法は……!」
「うあああっっ……!」
波動を受けた者は、瞬時に絶命していく。
一撃必殺の魔法。
バズラミュートは表情を変えず、淡々と告げた。
「効率的ですね、閣下」
ラズナーは喉の奥で笑い、死体の血を吸い上げる。
「いいなああ…最高だ……!」
地平の向こうでは、稲光が閃く。
八闘剣グラウザー直属の部隊、"雷鳴軍"が魔法を放っていた。
「雷槍陣、展開――っ!」
無数の雷槍が、空を裂いて降り注ぐ。
だがラズナーは笑いながら歩みを止めない。
雷が彼の皮膚を焼いても、血の膜がすぐに修復していく。
「もっと血を寄越せええ!人間どもおおおッ!」
――南方の地ヴァルドレーンは真っ赤に染まっていった。




