25.イシュタル連邦国家始動
あの演説から数日後。
イシュタル黒曜殿の会議室には、主要幹部が集められていた。
ゼルドの前に立つのは、皆が見慣れぬ巨躯の魔物。
ラグが驚愕の声を上げる。
「あなたは……ガルザーク様!」
両腕に鎖を巻き付けたまま、彼は粗野に笑った。
「ゼルドに呼ばれてな。魔物と人間を混ぜて国を作るなど正気の沙汰ではないが……やはり此奴は面白い」
「ゼルド様になんと不遜な……!」
立ち上がるエリスをゼルドが手で制する。
「いいんだエリス。ガルザークはラグ同様、俺が魔王軍に入ったときからの仲だ」
「……取り乱してしまい、失礼致しました」
ゼルドが皆に向き直る。
「ガルザークを黒曜軍に迎え入れ、前線部隊を任せる」
その声に、グレンダの翼がわずかに震えた。
察したかのようにゼルドは続ける。
「影盾には引き続き治安と暗部を担ってもらう。ただ軍を常備するには、より多くの頭数が必要だ」
ゼルドは窓の外を見やりながら言った。
「粗野だが戦に飢えた魔物、武器を扱える人間は沢山いる。そうした者たちを、ガルザークの"力"で束ねる」
ガルザークは一瞬だけ目を細め、それから歯を見せて笑った。
「任せとけ。俺の拳で秩序を叩き込んでやる」
ガルザークから魔力が溢れ出す。
ゼルドは、彼の純粋な闘争本能を見て取った。
「……ふむ。荒々しいが使えそうだな」
グレンダが呟くと、ゼルドは頷いた。
「グレンダの影盾とガルザークの人魔混合隊。この両輪を黒曜軍の基盤とする」
こうして、軍の骨格が形になった。
「早速だが……初陣の標的は、北西の小国――ジーランド。最高峰の治癒魔法を使う人間、"兵僧"ウルス・フローレンスが住まう地だ」
ガルザークが腕を鳴らす。
「ジーランド……面白い。イシュタル同様、自衛組織を持ち、そのウルスも戦に出ると聞く。ゼルド、総勢何名で撃って出る?」
「そうだな……大規模な戦になっても面倒だ」
ゼルドは口角を上げた。
「ガルザーク隊の300名、影盾100名の計400で良い」
「……400!?」
「そんな頭数で勝てるはずがないだろう……!」
「安心しろお前たち……」
微かに揺らめく黒炎。
「俺が前線に立つ」
ゼルドの言葉に皆が静まり、エリスは恍惚の表情を浮かべた。
「……それは安心です」
そして戦場。
ガルザークの声が響く。
「ぶっ壊せぇぇぇぇッ!」
暴風のような突撃。
彼の背を追う人魔混合隊は、獣の群れのように敵陣を蹂躙する。
「"地砕轟"!」
岩壁がせり上がり、敵兵を木っ端微塵にする。
以前よりも魔力が強化されているようだ。
上空ではグレンダが飛び、影盾を的確に指揮。
ガルザーク隊の粗野な面を補うように、戦況を制御している。
少数精鋭で臨んだ初陣は、想像以上に順調な滑り出しだった。
だが、ジーランド軍はまだ崩れない。
その要因は明らか――。
最奥に構える兵僧ウルスがすぐさま詠唱し、手を振るう。
「……"極楽恩寵"」
数十の兵の背に無数の治癒紋が光り、傷を瞬時に癒やしていく。
彼の動きは、まるで舞のように美しかった。
「……みんな、頑張ってよ。結構しんどいんだから、これ」
ウルスは絶えず魔法を繰り出し続ける。
ジーランド軍は数的優位を活かし、黒曜軍を押し返そうとしていた。
――ドォンッ!!
そんな戦場の中央に飛来する黒い影。
「癒やしは秩序を保つ。だが――」
ゼルドの瞳が輝いた。
「"黒炎葬"!」
――まさに圧巻。
漆黒の焔が渦を巻き、一撃で百近い兵士たちが灰と化す。
小国ジーランド。
急な防衛戦でも、ウルスの治癒魔法により持ち堪え、連合軍の到着を待つ戦法を得意としていた。
だがしかし――。
「黒炎相手には相性が悪いわ……」
ウルスは諦めの表情を浮かべ、静かに跪いた。
「お前……!諦めが早いぞ!」
「ジーランド国民の誇りはないのか……!」
ウルスは胸を張って答えた。
「うるさい!人間、命あってこそです!」
ゼルドは思った。
――面白いやつだな。
同時に少し驚く。
"第三の眼"を手に入れてから、魔力量の多寡を見れるようになったが……この人間は間違いなくトップクラスだ。俺自身を除いてだが。
「ウルス・フローレンスよ。歓迎しよう。お前の術は、今よりイシュタルを癒やす光だ」
「任せなさい!」
黒曜軍初陣、完勝。
"吸収”による支配の始まりだった。
――その頃、南方の荒野。
峠の上に立つのは、七大魔将の一角。
"朱喰"ラズナー・ライオネル・ダーマー。
背後には無数の兵。
旗が翻り、熱風が吹き荒れる。
「戦だ!戦が始まる……!今日は何人殺せるだろうかああッ!」
ラズナーは人間の頭を手に持ち、それを"食べていた"。
その異様な光景に、配下の魔物でさえ恐怖する。
隣に控えるラズナー軍副官、バズラミュートが報告した。
「黒炎のゼルドが、連邦国家を宣言したとか……」
ラズナーは血に染まった口の端を吊り上げた。
「上等だあああッ!最強は七大魔将――このラズナー様だと教えてやる……!」
次なる戦火が、轟々と燃え始めていた。




