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社畜転生 〜魔物と為りて世界を覇す〜  作者: ただの酒呑み
第1章 魔族ゼルド顕名編
22/28

22.観察隊長と秩序の都市

 激闘から、ちょうど一週間。

 砦から連れてこられた人間たちは、それぞれ仕事を与えられ、都市のあちこちで汗を流していた。


 鍛冶場で槌を振るう者。

 瓦礫を運ぶ者。

 炊き出しを手伝う者。


 ――戦の直後とは思えないほど、イシュタルは静かに整っていた。


 元公女、アリシア・エル・フィルディアは、その日から新しい役職に就くことになった。

 その名も、「観察隊長」。


「……観察、隊長……?」

 ゼルドの秘書――エリスから命じられたとき、アリシアは思わず聞き返した。


「はい。隊長です。ちなみに隊員はいません」

「え? 一人なの?」

「はい。ゼルド様直々の任命です」


「それってつまり……ただの観察係では?」


 エリスが少し首を傾げながら答える。

「観察隊長……響きは良いですよ?」


 淡々とした口調。銀縁の眼鏡の奥で光る瞳。

 アリシアは思った。――この子、絶対天然だ。


 押し切られる形で、アリシアは「観察隊長」となった。

 任務内容は――“民の生活を観察し、報告すること”。

 要するに、都市を歩いて見て回るだけである。


「……まぁ、せっかくだし。みんなの様子を見てみよう」


 こうして、名ばかり隊長のアリシアは、ひとり歩き出した。


 彼女は元々、イシュタル知事の娘。

 小さい頃から、外に出て民と話すのが大好きだった。


 だからこそ、すぐに異変に気づく。


 屋根の上、路地の奥、門の影。

 黒い外套をまとった魔物――影盾が、どこにでも立っていた。


 誰も逆らわない。

 見張られているのに、誰も何も言わない。


 空気そのものが監視されているようで、アリシアは気味の悪さを感じる。


 少し歩くと、石造りの建物が見えた。

 工匠局の現場だ。


 局長の岩巨人ザイオンが、無骨な手で石を積み上げていた。

 三メートルを超える巨体が、軽々と石材を運ぶ。


「もっと左だ。バランスを見ろ」

「はいっ!」


 返事をしたのは人間の職人。

 恐れではなく、素直な敬意の声だった。


「あ……! あなたはアリシア様……!」

 職人たちは彼女の姿に気づくと、笑顔で挨拶をした。


「良い雰囲気の職場ですね」

 アリシアが話しかけると、ザイオンは短く考えてから言う。


「壊すより、直すほうが……時間がかかる」


 彼はそう言うと、再び黙々と石を積み始めた。


 昼になると、香ばしい匂いが通りいっぱいに広がった。


「本日限定! 戦勝記念の地獄牛丼セール! 大盛り半額だー!」


 牛の頭を持つ魔物――牛丼屋「吉野家」の店主が、鍋を振っていた。

 角にタオルを引っかけ、片手におたま。どう見ても本気の料理人である。


「おう、アリシア嬢ちゃん! この前は格好良かったぞ! 一杯食ってけ!」


 差し出されたどんぶりを恐る恐る口に運ぶ。

「……美味しい!」

「当たり前だ! ゼルド様の大好物だぞ!」


 どっと笑い声が広がった。


 近くの広場では、子供たちが棒を剣に見立てて走り回っている。

 人間の子も、魔物の子も入り混じって。


「俺、ゼルド様ー!」

「じゃあ僕、黒炎ー! 燃えろー!」

「ぎゃー! やめろー!」


 あまりに平和な光景に、アリシアは思った。

 ――この子たちは、もう“敵と味方”を知らないんだ。


 その時、街じゅうに低い鐘の音が響いた。

 重く、沈んだ音。


「……何が始まるの?」

 ざわめく群衆の流れに押され、アリシアも広場へ向かった。


 木製の台。

 縄をかけられた男が、跪いている。

 罪状は「略奪」。


 台の両脇には、黒衣の影盾たち。

 先頭の指揮官――鳥の風貌をしたグレンダが、冷たく言葉を発した。


「黒炎の掟、第一条。秩序を乱す者は即時に粛清する」


 群衆は黙り込む。

 男が必死に叫んだ。

「許してくれ! 魔が差しただけなんだ!」


 誰も動かない。

 次の瞬間、斧が振り下ろされる。


 ――ダンッーー!!


 風の音すら止んだ。

 血が土を染める。


 グレンダは群衆を見渡し、淡々と告げた。

「ゼルド様の掟は公平だ。魔も人も、秩序を破る者は等しく粛清される」


 拍手が起こった。

 ……ほんの一部の魔物から。

 だが、それはやがて人間の中にも、恐る恐る混ざっていく。


 アリシアは、立ち尽くしたまま小さく呟いた。

「……これが、“平和”なのね」


 夕暮れ。市場でマリアに出会った。

 薄布のヴェールをかけた女商人。今は評議院の人間代表でもある。


「おや、公女様じゃないか。観察隊のお勤めは順調かい?」

「……まぁ、そうですね。皆さん、思ったより穏やかで。でも……」


 アリシアはため息をつき、続けた。

「今のイシュタルが、民にどう映っているのか。私にはまだ分かりません」


 マリアは露店の灯を整えながら、静かに答えた。

「人は、恐れながらも慣れる生き物さ。そして腹が満ちれば、心は静まる。ゼルド様は、それをよく分かっている」


 アリシアは言葉を失った。

 笑顔のままに語るマリアの声には、どこか冷たさがあった。


「公女様、さっきの処刑は見たかい?」

「……見ました。あれが……秩序ですか?」

「そう。あれこそ秩序さ」


 マリアの言葉が、静かに胸に刺さる。

「恐怖と安心は、いつだって隣り合わせなんだよ。それを使いこなせる者だけが、上に立てる」


 日が沈み、街の灯りがともる。

 アリシアは足を止めた。


 視線の先――そこには、かつて自分が暮らしていた屋敷。

 今はゼルドの棲家となり、黒炎の紋章旗が掲げられている。


 静かな風が頬を撫で、胸の奥が痛んだ。

「……お父様……」


 小さく呟き、背を向ける。


 夜空に、黒炎の紋章旗が揺れていた。

 恐怖と安堵が混ざり合う都市――イシュタルは、今日もどこか穏やかに、眠りへと沈んでいった。

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