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社畜転生 〜魔物と為りて世界を覇す〜  作者: ただの酒呑み
第1章 魔族ゼルド顕名編
20/28

20.八闘剣、欠けたる円卓にて

 ――その報せは、大陸全土を震撼させた。

 八闘剣の一角、“氷牙”カリス、戦死。イシュタル及び周辺の砦、陥落。


 人と魔の世界を隔てていた均衡は、長きにわたって「八闘剣」と「七大魔将」によって保たれてきた。

 だが、黒炎の怪物――ゼルドの出現によって、その均衡は崩れ去ろうとしている。


 王都リシェル、地下神殿。

 八闘剣が揃うのは、実に五年ぶりだった。

 聖王の綸旨が走り、緊急参集が命じられたのだ。


 中央の石卓を囲む七つの影――一つの椅子だけが、空白のまま沈黙している。

 そこには、“氷牙”の紋章が刻まれていた。


 最古参、“鉄盾”ボルグが静かに話し出す。

 白髪混じりの巨漢。彼の声は低く、だが確固たる威を持って響いた。


「――イシュタルは陥落した。八闘剣カリスは戦死。遺体は確認できず、灰燼となった」


 神殿に重苦しい沈黙が落ちる。

 若き双剣士、“迅風”イアンが唇を噛みしめた。

「……カリスさんが……。あの人が魔物に敗けるなんて……」


「現実を見ろ、小僧」

 雷鳴のような声が響く。“雷獄”グラウザーだ。


 全身に刻まれた雷痕と、燃えるような眼。

「ゼルドとかいう魔物は、只者じゃねえ。あのカリスを殺した。……殺したんだ!野放しにしてられねえ。すぐ葬りに行くべきだ!」


「激情だけでは世界は救えん」

 ボルグが低く諭す。


「今、我らに必要なのは冷静な判断だ。感情で剣を振るうな、グラウザー」


「へっ、じいさんはいつもそうだな。だが今度ばかりは違う。あれは放っておけば――」


「この静まれ」

 聖騎士団の白金鎧が荘厳に輝く。

 “聖光”セラフィスは、祈るように閉じていた眼を静かに見開いた。


「……ゼルドという名の魔は、我が部下ジルベルドに加え、八闘剣カリスまでも手に掛けた。神の教えを嘲笑い、人の尊厳を踏みにじった。神敵として粛清すべき存在だ」


 セラフィスが纏う威圧感に空気が震える。


「セラフィス様……お怒りはごもっともです」

 “海姫”パトラが静かに口を開く。


 淡青の衣を揺らし、悲しげに瞳を伏せる。

「けれど、怒りだけでは民は守れません。今は……いえ今こそ、彼が残した“意思”を継ぐときです」


「意思……?」

 イアンが顔を上げた。


 パトラは微笑む。

「カリスはいつも言っていた。『氷は冷たくとも、内に宿すのは“人の想い”だ』と。ならば、彼の死を嘆くより、その想いを次に繋げましょう」


「くだらんな」

 その静寂を切り裂いたのは、不気味な笑いだった。

 “冥鎖”メルカデス。黒衣に包まれた痩身の男が、肘をつき佇んでいる。


「怒りだの意思だの……脆弱な幻想だ。興味深いのは“現象”のほうだ。禁忌魔法"黒炎"――炎でありながら、構成分子そのものを“喰う”。あれは、“理の外側”の力だよ」


「貴様、また異端の研究を――」

 言いかけたセラフィスをボルグが手で制した。


「……よい。メルカデスの言は一理ある。ゼルドの存在が“理の外側”なら、我らが持つ力もまた、ただの剣では届かぬ。もはや、“八闘剣”という象徴そのものが問われているのだーー」


 ボルグが言葉を続けようとしたその時、雷鳴が鳴り、グラウザーが拳を叩きつけた。


「ならどうする!?このまま奴に世界を焼かせるのか!?"七大魔将”まで黙ってねぇぞ!」


 "屍彩"リュシアンが穏やかな笑みを浮かべ、話を繋ぐ。

「その通り。すでに南方では“朱喰"ラズナーが動き始めている。この混乱に乗じて、畳み掛けるつもりだろう。困ったね……」


 パトラは、どこか楽しげなリュシアンを一瞥した後、円卓の空席を見つめた。

「世界の理が、変わろうとしている……」


 セラフィスがゆっくりと目を閉じ、宣言した。

「ならば尚更、神の名において断罪する。黒炎のゼルド――この異端を、必ず討ち、世界を保つ。たとえ我が身が灰になろうとも」


 神殿の天蓋が淡く光る。

 七人の影が伸び、"氷牙”の紋章が、かすかに揺らめいた。


 暫し沈黙の後、ボルグが口を開いた。

「魔物側も新参の登場に対し、単に一枚岩ではあるまい。奴らが意気揚々と動き出す時、どこかに綻びが生じる。そこを確実に叩く。……八闘剣一丸となり、人類の勝利を確固たるものにするのだ」


 ボルグが掲げた剣の矛先に、パトラ、イアン、リュシアンが、次いでセラフィスとグラウザーが、最後にメルカデスが矛先を重ねる。


 イアンが心の中で呟く。

 ……カリスさん。あなたの死が、時代を動かした。それが人類にとって希望か、絶望かは――誰にもわかりません。


 “均衡”は崩れ、“秩序”は揺らぎ、“理”は歪む。

 そして、すべての道は一人の男へと収束していく。


 世界は今、新たな時代の胎動を迎えようとしていた。

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