2.破壊衝動は腹の底で目を覚ます
日が落ちきらぬうち、荒野の風が肌を撫でた。
頭が潰れた屍を背に、跪く数体の魔物をざっと見渡す。
奴らは互いに目を伏せ、誰も口を開こうとしない。
恐れと迷いが混ざった空気だ。
――ちょっと強く言ってみるか……。
「名と役割を言え。ちなみに。話す内容に嘘があれば……殺す」
それっぽく低い声が出た。
自分が急激に冷徹になっていく感覚。
緑色の細面をした魔物が、躊躇いながらも前に出た。
"ゴブリン"ってやつかな?
「……ラグと言います。俺たちは下級の魔物です。行軍と見回りと、補給の残りをすする日々です」
ラグの言葉は短い。だが重みがある。
背後の者が少しだけ身体を寄せるのが見えた。
「"下級"?どういうことだ?この世界にはどんな階級があって、誰が権力を握っている」
魔物たちは皆驚いたような表情を見せる。
「……何も知らないんですか?あなた、どこから来たんですか?」
「いいから知っている事を全て話せ」
ラグは頷き、淡々と話し始めた。
「世界は二分されていますーー魔物と人間。魔王軍と人間軍が日々激しく争い合っている」
なるほど……定番の世界観だ。
「魔王軍には色々階級があり、魔王直属の者だけが"魔族”を名乗れます。魔族は勝手に名乗れるものじゃない。力と知性を示して、上位魔族に認められる必要があります」
言葉の一つ一つが、この地の残酷な秩序を立体化する。
「俺たちはこの地域一体を治める魔族の軍に属しています。そこで死んでいるものが、我々の小隊長。彼も含め、小隊全員が下級の魔物…最下層です」
「魔王直属か……つまり、魔族になり更に階級を高めれば、権力を一度に掴めるってわけだな」
ラグは小さく頷く。だがその目には諦めが漂っている。
「しかし魔族になる事は簡単ではありません。小隊長は昇格試験に何度も落ち、我々に苛立ちをぶつけていました。夜間の無意味な見回り、配給の遅延、暴力。俺たちは人形です。死ぬか、壊れるか」
耳に入る語彙は、俺が以前に味わったそれと同じ匂いがした。
終電、未払い、消費される時間――会社の蛍光灯の下で擦り切れた日の数々が一斉に胸中に蘇る。
そしてラグの最後の言葉が冷たく脈打った。
「人間側は“八人の英雄"を頂点に、連邦国軍を組んでいます。だが彼らも政治の道具だ。国は利権で動き、聖職者は伝説を食い潰す。どこも似たようなものです」
「ドンッ!」
急に岩肌を殴った俺に、ラグたちが怯える。
話を聞いていて、唐突に思ったのだ。
――俺の力で、全部ぶっ壊してやりたい……。
社畜として潰され続けた日々の恨み、無意味なルールへの嫌悪、それらが混ざり合って、純粋な破壊衝動になっていた。
何かを滅ぼすことで初めて得られる高揚。
今、裸でそれを認める自分がいる。
「お前らはどう生きたい?」
問いは単純だが、答えはもっと単純だった。
ラグは少し躊躇した後、答えた。
「眠りたい。飯を腹一杯に食いたい――そんな平凡がほしいです」
嘘偽りのない言葉だ。
なるほど、仕組みは今までの世界と変わらない。
持たざる者が奪われ、疲弊し、不満を溜め込んでいる。
革命の旗を立てるには、多くの頭数が必要だ。
その為にはーー"奪いつつ与える"。
魔族としての地位を得て、魔王軍の回路を奪う。
力で階層を踏み越え、制度を自分の意志で書き換える。
人間側に媚びる時間は無駄だ。
俺は静かに言った。
「よく眠り、たらふく飯を食べたければ、まず俺に従え。従うなら満足な生活を保障する。だが裏切れば、死ぬだけだ」
彼らの目に、恐れと希望が同時に映る。
遠くで獣が吠え、夜が深まっていく。
俺の胸の中の衝動は、もう理性的な説明を要さない。
「よし、決めた。俺は魔族になる。お前らも付いてこい」
返事は無い。
だが、四体の影が、ゆっくりと近づき、俺の周りに固まった。
俺は一人静かに笑った。
破壊と支配の均衡を握るために必要なのは、力と意志と――何より、恐れを操る冷酷さだ。
世界を壊して作り替える道は始まったばかりだ。




