14.共に働く街
イシュタルが魔族ゼルドの支配下に置かれてから、二週間が過ぎた。
荒廃していた都市の景色は、わずかにだが、確かに変化を見せている。
瓦礫で埋まっていた街路は半分以上が片付き、石畳が顔を覗かせていた。
倒壊した家々の間には新しい木組みが組まれ、広場では井戸の修繕工事が進む。
「そっちに運べーッ!」
魔物と人間の混成隊が、同じ現場で汗を流していた。
ゼルドが定めた掟は、派手な布告ではなく静かに街へ浸透していた。
――暴虐の禁止。
――交易の継続。
――働きに応じた対価の支給。
――掟を破った者への即時厳罰。
だが共生は決して容易ではない。
牛頭の魔物が大きな石材を担ぎ上げると、人間の職人が眉をひそめて叫ぶ。
「雑に置くな! 歪んでしまうだろ!」
「チッ、人間のくせに細かいことを……!」
互いに声を荒げ、空気が一瞬張り詰める。
――だが誰も、殴り合いには至らなかった。
理由は明白だった。
ゼルド直轄の監視組織――"影盾"が街路の至る所に立っているからだ。
「……D地区で争いを確認。拘束する」
黒い外套をまとい、腕に徽章を輝かせた衛士が、市場にも工事現場にも必ず目を光らせている。
掟を破る者は即座に拘束され、暴虐を働けばその場で処刑。
恐怖が互いの拳を縛りつけていた。
ゼルドは城壁の上から街を見下ろし、呟いた。
「……いい傾向だな」
隣に控えるラグが首を傾げる。
「ですが……互いに罵り合い、怯え合っています。共存には程遠いかと」
ゼルドはわずかに笑みを浮かべて答えた。
「啀み合いは構わん。重要なのは、殴らないこと。傷つけ合わないことだ。それさえ徹底すれば、いずれ互いを必要とし出す」
その言葉を裏付けるように、街のあちこちで小さな変化が芽生えていた。
人間の学者が数人、魔物の石工と共に城壁の修繕計画を立てている。
魔物が怪力で石を積み上げ、人間が水平器で角度を測る。
「ここを二寸ずらせ!」
「おう!二寸てのは、わからねえが!」
「おい馬鹿か!」
罵声混じりのやり取りだが、確かに作業は進んでいた。
市場の一角では、人間の女が焼きたてのパンを並べていた。
列には人間も魔物も並び、支給された小さな銀貨を差し出す。
「……人間の飯なんざ食えるかよ」
不満げな魔物が一口かじる。
だが次の瞬間、無骨な顔に浮かんだのは思わず零れた笑み。
それを見た周囲の人間が驚き、魔物は慌てて顔を背ける。
「まあ……不味くはないな……」
罵声と笑い声。
怯えと希望。
その両方が同じ広場に混ざり合っていた。
ゼルドはその光景を見下ろし、かつての社畜時代を思い出していた。
互いに責任を押し付け、罵声を浴びせ合い、結局は誰も報われない職場。
そこには秩序も、対価も、安心感もなかった。
だが今のイシュタルには、それらが芽生えつつある。
“働けば食える”。“掟を守れば守られる”。
ただその線引きを徹底するだけで、民の心は確かに変わっていく。
「お前が悪いんだろー!」
片隅では魔物と人間の子供同士が言い争いをしていた。それぞれの親が影盾の目を気にしながら、諌めている。
ラグが小声で尋ねる。
「……ゼルド様。この秩序を続ければ、本当に共存が可能に?」
ゼルドは冷ややかな笑みを浮かべた。
「可能かどうかは問題じゃない。――俺が、させるんだ」
視線の先で、魔物と人間が互いに睨みながらも同じ石を積み上げていた。
掟に縛られた街は、少しずつ、確実に、姿を変えつつあった。




