13.異端の征服者
今回からはゼルドのイシュタル支配編です。社畜時代の経験を大いに活かします。
ナキの城にて魔族へ昇格した俺は、連日連夜、配下の祝福を受けた後、手にした領地へと向かった。
イシュタル――これ迄交易で栄えた人間の都市は、いま荒廃していた。
石畳は割れ、屋台は打ち壊され、広場には血の跡が残っている。
数日前の戦で魔王軍に蹂躙され、今は野営のように魔物が溢れ返っていた。
酒を飲み、肉を貪り、市民を奴隷のように扱う。
それが魔王軍流の「占領」だった。
城門を越え、俺――ゼルドが姿を現した瞬間、喧噪が凍りついた。
漆黒の翼を広げ、黒炎を纏うその姿を見た者たちが、膝を折り、怯えに声を失った。
「……く、黒炎……! あの聖騎士団を討った、黒炎の怪物……!」
「私の夫は奴に殺された……!」
噂は既に兵や市民の間にまで広がっているらしい。
俺は広場の中央に歩み出て、掌を掲げた。
黒炎が揺らめき、空気を軋ませる。
「聞け――今日から、この都市は俺の領地だ。俺が“支配”する」
ざわめきが広がる。魔物も人間も、一斉に俺の言葉に耳を奪われた。
城壁の影から、酒に酔った一体の魔物が吠える。
「ふざけるな! 俺たちが先に占領した街だ! 新参のお前に仕切られる筋合いはねえ!」
俺は静かに指を弾いた。
黒炎が奔り、そいつを一瞬で飲み込む。ただ灰と化して風に散った。
「……占領と支配は違う。俺の下で暴虐は許さぬ。魔物であろうと、人間であろうと、秩序を乱す者は――こうなる」
広場が一瞬で静まり返った。
恐怖が支配する。だが、次の言葉で希望を与える。
「逆に、従う者には保障を与える。交易は続けて良い。門前での商売を許す。市民には食糧を配給し、労働には対価を払う。……ここを、ただの廃墟ではなく、生きるための都に変える」
人間たちが顔を上げる。
恐怖と共に、信じられないものを見るような眼差しが向けられた。
「……ほ、本当なのか……?」
「魔族が、我々に保障を……?」
商人ギルドの男が前に出る。震える声で問う。
「もし……もし取引を続けられるなら、この都は再び息を吹き返します。だが……裏切ったりは?」
俺は笑みを浮かべ、黒炎を掌で弄んだ。
「裏切りも搾取も同じだ。俺の掟に背けば、誰であろうと処刑する」
灰にされた魔物の残骸が、説得力を与えていた。
ラグが隣で呟く。
「……ゼルド様。僭越ながら、そんな支配の仕方は聞いたことがありません……」
俺は笑った。
――社畜だった頃の記憶が蘇る。
上司の理不尽な怒号、成果を横取りする同僚、サービス残業の後、終電を越えて帰る日々。
「理不尽に搾取される」ということが、どれほど人を蝕むか、俺は骨身に染みて知っている。
零細のブラック企業で働いていたからこそわかる。 間違いなく。民の力こそが都の力となる。
まずは一人一人の"心"を完全に掌握し、その上で都としての機能・勢力を拡大させていくことが重要だ。
単なる搾取では意味がなく、この世界の征服に向けた起点にしなければいけない。
「食、住居、法律、教育。すべて整える。……そして俺の望む都市を形にする」
魔物たちは怪訝な表情をし、人間たちは希望に眼を輝かせる。
俺の視線の先には、壊れた看板の下に佇む古びた居酒屋があった。
ーー吉野家も、日高屋も、鳥貴族も作る。それが俺の征服だ。あ、メイド喫茶も欲しい……。
黒炎が夜空を焦がし、広場に立つ全ての者が膝を折った。
恐怖と希望――その二つを同時に刻みつけ、俺の支配は始まった。
次回からイシュタルの文明開花が進んでいきます。