11.戦勝の宴
ゼルドのジルベルト討伐により、戦は魔王軍の勝利で終わりました。今宵は勝利の宴です。
聖都の白亜の城。荘厳な謁見の間に、重苦しい沈黙が落ちていた。
泥に塗れた伝令兵がひざまずき、声を震わせながら告げる。
「……ジルベルト殿が……討たれました。黒炎を纏う魔物に……!」
玉座に座すのは、白銀の甲冑と純白のマントを纏う男――聖騎士団長セラフィス。
その凛然たる瞳が細まり、伝令を射抜く。
「……黒炎」
抑えられた低声が謁見の間を震わせた。
臣下たちは一斉に息を飲む。怒号も悲鳴も上がらない。あまりの威圧に、声を上げることすら許されなかった。
「ジルベルトを屠った魔物……ゼルド、か。必ず覚えておこう」
白銀の瞳には確かな決意が宿っていた。
最強の騎士が、新たな宿敵を認識した瞬間だった。
――場面は移る。
黒鉄の旗がはためくガルザークの村。
戦を終えた魔物たちは焚火を囲み、肉を貪り、酒に酔いしれていた。勝者の宴。ゼルドとガルザークの隊が入り乱れ、熱気に包まれている。
下級魔物は踊り狂い、中級どもは勝ち誇った笑いを浮かべる。
「ゼルド様の黒炎は伝説だ!」
「バロッサ様を討った人間を、逆に葬るなんて……!」
口々に讃える声が広がる。
熱狂の中心に座すゼルドは、杯を傾けながら無言で視線を受け止めていた。
ーー社畜の時代の宴席はただ上司の説教が垂れ流される時間だったが、今夜は悪くない……。
「ハッハッハ! ゼルド! お前の黒炎は派手すぎて、嫉妬すら覚える!」
豪快に笑うガルザークが酒樽を抱え、ゼルドの杯へと注ぎ込む。
「飲め! 黒炎の怪物も、宴の中じゃただの仲間だ!」
ゼルドは笑い、杯を空にした。
その瞬間、脳裏に甦る――血煙に包まれた戦場での邂逅。
杖を携えた魔族、賢者ナディーン。
氷のような瞳に射抜かれたとき、背筋を凍らせる圧が全身を貫いた。
「……黒炎」
ただ名を呼ばれただけで、魂を削られるような不快感が残る。
「秩序を焼き尽くす焔。伝承にしかない禁忌。……面白い」
周囲の魔物たちは震え、額を地に擦りつけていた。
存在そのものが威圧である、それが“賢者”と呼ばれる魔族の格だった。
「次はさらに大きな戦……変わらず成果を上げろ」
表情ひとつ変えず、ナディーンは闇に消えた。
ゼルドは杯を干し、息を吐く。
「そういえば……ジルベルトは“聖騎士団”の幹部だったと聞いた。聖騎士団とは何だ?」
隣のラグが緊張混じりに答える。
「人間側の軍の名です。最高戦力とされる八人の英雄“八闘剣”がそれぞれ軍を率いていて、その筆頭が聖騎士団。頂点に立つのが聖騎士団長セラフィス――人類最強の騎士、“聖光の守護者”と呼ばれています」
「……ほう。最強、か」
ゼルドは口の端を吊り上げ、杯を再びあおった。
横でガルザークが豪快に肉をかじりつつ吠える。
「はっはっは! だが俺の拳が一番だ! ゼルド、黒炎より拳だろう!」
「いえいえ、ゼルド様の黒炎こそ!」
下級魔物たちが慌てて同調し、広場は笑いに満ちた。
焚火の火花が夜空へ舞い、楽器代わりの太鼓が鳴り響き、狂乱の宴は最高潮に達する。
ラグ等はすっかり酒に酔って、裸踊りを始めていた。
――その時。
夜空から炎を纏う黒鳥が急降下し、広場に突き刺さった。
誰もが息を呑む。鳥の嘴から低い声が響く。
「炎帝ナキ様の命により告ぐ。黒炎のゼルドよ。明日、ナキ様の城へ参れ」
広場が一瞬で凍りつく。
七大魔将――炎帝ナキ。その名だけで、魔物たちは膝を折った。
ゼルドはゆっくりと杯を置き、口角を歪めた。
「……面白い。ようやく幕が上がるか」
焚火の炎が黒炎に照らされ、熱狂は一瞬で期待と恐怖に変わった。
ゼルドは最速で覇道を駆け上がります。