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第8話 ゲルトの種馬殺し 前編


 ゲルト王国の第一王子ダリル・ゲルトの殺害依頼を遂行するため、リゼリアとミミは列車を乗り継ぎながらゲルト王国へと入った。


 ゲルト王国は三国同盟の中でも最も小さな国だ。


 中堅国家という世界的評価は今でも変わらないものの、サフィリア王国の南部にある農業地帯を得てからは、東部一の食料生産国として地位を得た。


 元々不十分だった自国の食料自給率は改善され、現在は国内人口を増やしながら緩やかに好景気への道を進んでいる。


 あと数年もすれば経済的にも名を挙げること間違いなし、といった国だ。


 最近になって王都最大のランドマークである王城が改装されたことも、国内経済が潤っている証拠と言えよう。


 ただ、リゼリア達の目指す目的地はゲルト王国王都ではなく、西部にある伯爵領領主街だ。


 ターゲットであるダリル王子――通称、ゲルトの種馬は一日前から西部の視察公務を行っており、領主街到着予定日の夜は領主邸で一泊する予定となっている。


 これらの情報はサフィリア王国元王女であるルイーゼが手渡してきたファイルに記載があった。


 領主邸で一泊する予定もだが、視察ルートまで入念に描かれているのだから驚きだ。


 仲介人ルイーゼの本気度が伝わってくる、と誰が読んでも感じるだろう。


「リゼリア様、王子様を殺害するって平気なんですか?」


 列車の一等車両ボックス席。


 他に客は乗車していないタイミングで対面に座るミミが問う。


「平気とは? どういうことですの?」


 対し、リゼリアは心底意味が分からん、といった感じ。


「いえ、相手は王子様ですよ? 偉い人なんですよね? そんな人を殺しちゃって大丈夫なのでしょうか?」


「むしろ、私にはどう問題なのか理解できませんわ。相手が王子だから殺してはいけませんの? 私にとっては平民もスラム出身者も、王族も全て等しく同じ人間ですわ」


 リゼリアはミミに問う。


 平民やスラムに住まう人間は殺しても良くて、王族は殺しちゃいけないのか? と。


「いえ、その……」


「貴女、何か勘違いしておりませんこと?」


 ミミが答えられずにいると、リゼリアは彼女へ再び問う。


「ゲルト王国の王族は貴女にとって偉いんですの? 偉いな~と思うほどの恩恵を受け取っていますの? 尊敬に値する行動を目にしたことがございますの?」


「い、いえ……。ありません」


「でしょう? 私も目にしたことも、聞いたこともありませんわ」


 リゼリアは肩を竦める。


「そんな相手をどう敬えと? 王族だからといって、問答無用で敬わねばなりませんの? 私はそのようなこと認めておりませんけど?」


 じゃあ、他の人間と同じじゃないか。


 自分が「尊敬できる!」と思えない相手をどうして格上と認めなければいけないのか。


「国を作った? だからどうしたと言いたいですわね。ただ単に見える範囲の人間達にリーダーシップを振るっただけでしょう? 土地の所有者であると勝手に宣言しただけでしょう?」


 国を興した者だろうと、リゼリアには直接関係ないこと。


「国の中で王権を振るおうとも、私にとっては縄張りを主張するボス猿となんら変わりませんわ。私に殺されたくなければ、それなりの行動をして頂かないと困りますわね」


 殺されたくなければ、殺されないだけの価値を示さねばならない。


 それ以外は等しく同じ。


 彼女とにって『殺しても全く問題ない』という価値しかない。


「私が気に入れば殺さない。ただ、それだけですわ」


 実にシンプルだ。


 ああだ、こうだと理由をつける連中よりよっぽど良い。


「ミミ、貴女もこれから色んな人間を見て、知る機会があるでしょう。様々な経験を経て自分の目と心を養いなさい。そして、価値の基準を見つけなさい」


「は、はい」


 リゼリアが最初の教えを説いてから一時間後、二人を乗せた列車は目的地に到着した。



 ◇ ◇



 駅に到着した二人は領主街のメインストリートを中央区に向かって歩きだす。


「まずはホテルに向かいますわよ」


 現在の時刻は昼を過ぎた頃。


 行動を起こすにはまだ早い。


 中央区に向かうと見慣れたホテルが見えてくる。


 クッツワルドにもあった『ムーンライト』だ。


 リゼリアは優雅な足取りでムーンライトへと進んでいき、ドアマンの礼を受けながらエントランスへ。


「ようこそ、ムーンラントへ」


 二人を迎えてくれたのはクッツワルドと同じく若い紳士。


 向こうの紳士と違って態度は少々柔らかいが、リゼリアに向ける敬意の眼差しは変わらない。


「リゼリア様とミミ様ですね。お噂は我々の元にも届いております」


「まぁ。どんな噂かしら?」


 自身の正体を当てられたリゼリアはわざとらしいリアクションを見せた。


「当ホテルでは最重要のゲストだと周知されております。貴女様の気品と美しさも、武勇伝も。当ホテルが求めるゲストの模範と言えましょう」


 おべっかは無し。


 彼の声音は本音としか思えない。


「どうぞ、ご自宅のようにお寛ぎ下さい」


 そう言って紳士が差し出したのは、最上階にあるスイートルームの鍵。


 この国の王子ですら立ち入れない部屋だ。


「ありがとう。貴方達はいつも完璧ですわね」


「恐れ入ります」


 完璧な礼を見せる紳士に見送られ、リゼリアとミミは最上階行きの昇降機に乗り込んだ。


「ひ、ひょえー! ベッドが大きい! 窓も大きい! 部屋に酒場までありますよ!?」


 初めてのスイートルームにテンション爆上がりなミミであるが、リゼリアは慣れた態度で最上級のソファーに腰を下ろす。


「ミミ、夜まで休みなさい。こんなことで驚いていては疲れが取れませんわよ」


「ひょえー! 水が勝手に出るぅー!?」


 彼女達はしばし旅の疲れを癒し、夜の八時になると行動を開始。


 夜の闇に紛れ――ることなく、リゼリアはミミを連れて堂々とメインストリートを進む。


 そして、北区にある領主邸の近くまでやって来た。


「本日の依頼は貴女の経験に使いましょう」


「経験、ですか?」


「ええ」


 リゼリアはニコリと笑うと、王子宿泊に賑わう領主邸を指差す。


「領主邸に潜り込んで王子の居所を特定なさい」


「え、ええ!? ボクが!?」


「そうよ? 何か問題があって?」


「い、いえ……。そ、その……。どう潜り込めばいいんですか?」


 ミミに問いにリゼリアは笑みを崩さない。


「今夜の領主邸は王子が宿泊すると大忙し。外部の人間を雇って使用人の数を増やしているでしょう」


 王子を歓待するという行為は地方領主にとって簡単じゃない。


 一世一代の大イベントといっても過言ではないだろう。


 王子の機嫌を損ねれば物理的にも首が飛ぶだろうし、小さな粗相があっただけで領地の印象は地の底に堕ちる。


 地方領主にとっては何としても避けたい事態だ。


「それ以外にも王子が連れてきた騎士達へのもてなし、従者への接待。元々雇っていた屋敷の人間だけでは足りませんわ」


 普段よりも大量に食事を作らねばならないから料理人も増やす。


 普段よりも食器やグラスを運ぶ頻度が増えるから配膳係も増やす。


 その他、雑務をこなすための人間は多ければ多いほどいい。


「それらの人間に化ければよろしいの」


「ば、化ける?」


「ええ。要は演技力です。私は雇われてここへ来ました、と言わんばかりの態度でいれば怪しまれませんわ」

 

 リゼリアはそう言い聞かせると、ミミに「ほら、行ってらっしゃい」と促す。


「王子の居所を見つけたら合図なさい。ランプの光を点滅させても構いませんし、窓を開けて叫んでも構いませんわ」


 彼女は何でもいい、と手を振りながらミミを送りだす。


「は、はい」


 ミミは「本当に大丈夫かなぁ」と小さく漏らしつつも、自慢の身体能力を駆使して敷地内に潜入。


「ここからどうしよう……。あっ、そうだ!」


 敷地内に入ってから少し迷ったものの、彼女は屋敷の裏手へと向かう。


 どうやら裏口から入ればいい、と考えたようだ。


 自身の考えに従い、裏口から領主邸へ侵入すると――


「どいた、どいた! 邪魔だよ!」


「休憩中の騎士様達がワインを飲みたいと言っているの! 朝届いた木箱はどこに運んだの!?」


 裏口は厨房に続いていたらしく、入った瞬間から使用人達の慌ただしい声が多数聞こえてくる。


 働く使用人達は忙しすぎてミミの侵入に気付いていない。


 これはチャンスだと思ったのか、ミミはリゼリアに言われた通り自然体を維持しながら厨房を抜けようとするが……。


「あら? 貴女、見ない顔ね?」


 後ろから女性に声をかけられ、ビクリとミミの肩が跳ねる。


 ミミは必死に笑顔を作りながら振り向くも、見せた笑顔は極度の緊張で強張っていた。


「こんな小さな子が使用人として来るって聞いていないけど? それに着ているメイド服もデザインが違うじゃない」


 後者のご指摘はごもっとも。


 正規に雇われた使用人が着る服は伯爵家で使われる服で統一されている。


 その中で一人違えば浮くのも当然だ。


「え、えへ……。その、後から呼ばれて……」


 ミミはどうにか誤魔化そうと必死だ。


 強張る笑顔のまま言うと、女性は「あっ!」と声を上げた。


「ああ、もしかして……。こっちよ。いらっしゃい」


 女性が何を思ったのかは不明だが、ミミは大人しく指示に従うしかないだろう。


 ここで異を唱えれば余計に事態が拗れる可能性が高いからだ。


 女性の後に続いて屋敷の廊下を歩いて行くと――女性はどうやら騎士の元へミミを連れて行くつもりのようだ。


 廊下の先にいる騎士と徐々に近付いていく度、ミミの歩き方が変になっていく。


 最終的には右手と右足が一緒に出るくらい、歩き方に緊張感が表れていた。


「騎士様、例の子が来ました」


「ん? ああ……」


 女性に背中を押されて前に出るミミ。


 彼女を見下ろしながら「う~む」と品定めするように見つめてくる騎士。


 騎士がつま先から頭の先まで視線を巡らせると――


「うん。殿下の好みだな」


 騎士はそう言って、ミミについて来るようにと指示を出す。


 ミミは屋敷の奥にある部屋の前まで連れて行かれ、騎士はドアをノックする前に「粗相のないように」とミミへ忠告する。


 ドアをノックした後に中へ。


 部屋の中にいたのは、バスローブ姿の若い男だ。


「殿下、ご注文の娼婦が到着しました」


「ああ、待ちかねたぞ」


 バスローブ姿の男こそ、この国の第一王子――ダリル・ゲルトらしい。


 彼は緊張で固まるミミの姿を見ると、顎を指で擦りながら「なかなか良いじゃないか」と口角を吊り上げる。


「声を聞かれたくない。お前達は部屋から離れよ」


 そして、彼は騎士に指示を出す。


「いえ、しかし……。殿下の身を守るのが我々の役目です」


「それは理解している。だが、私の命令が聞けないのか?」


 命よりも羞恥心なのだろうか。


 それともこの男はとんでもないプレイでもする気なのだろうか。


 どちらにせよ、彼は退く気がないらしい。


 王族らしいキリッとした眼力で騎士に圧をかけると、騎士は渋々承諾した。


「お前達も私の護衛ばかりでは疲れるだろう? 私が楽しんでいる間、お前達も飯と酒を楽しんでこい」


「……承知しました」


 騎士がパタンと扉を閉めると、ダリル王子は「さて」とミミへ向き直る。


「まさか、私の好み通りの女が来るとはな。この街の娼婦もなかなかレベルが高いではないか」


 幼い狼獣人、メイド服、初々しさが醸し出す初物の匂い。


 ゲルトの種馬と陰で囁かれる彼にも好みはあったらしい。


 それに対し、相手の勘違いに気付いたミミは緊張と恐怖で体が震えてしまう。


「ふふ……。その怯えっぷりがたまらんな」


 完全にスイッチが入ったダリル王子はバスローブを脱いだ。


 当然ながら脱いだら全裸。


 彼のウインナー様は完全に茹で上がった状態である。


「ひっ」


 ミミの心情を代弁するならば、すぐその場で「変態だー!」と叫びたかったに違いない。


 たじろいだのは、その場から逃げ出したかったからに違いない。


 しかし、彼女は耐えた。


 その場から逃げ出すことなく、キョロキョロと部屋の中を見回して。


「あっ!」


 見つけた。


 ベッドサイドにあるランプだ。


 彼女は素早い動きでランプまで向かい、スイッチをカチカチと動かして光を点滅させる。


「何をしているんだ!」


 当然、不審に思ったダリル王子はミミの行動を止めようとする。


 彼女の手を掴もうと腕を伸ばし、食器よりも重い物を持ち上げたことのない白い手が迫る。


 それでもミミは点滅させることを止めない。


 涙ぐんだ目をぎゅっと閉じて、彼女は信じる淑女の登場を待つ。


 あの人は必ず来てくれる、自分を裏切らないとミミは必死に思っていたはずだ。


 懇願すらしていたはずだ。


 ――そう、裏切るはずがない。


 彼女は、淑女は必ずやって来る。


「おーっほっほっほっ! 夜分遅くに失礼しますわよォォォ!!」


 窓ガラスをぶち破って、彼女はやって来た!


「あぎゃあああ!!」


 この世界に夜な夜なオモチャを配る白髭老人はいない。


 しかし、ヒーローキックで窓ガラスをぶち破りつつ、ヒールを相手の目に突き刺す淑女は存在するのである!


完結まで毎晩23時台に更新します。

面白かったらブクマと☆を入れてくれると嬉しいですゾ。

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