第7話 馴染みの店
元王女ルイーゼの依頼を受けたリゼリアはムーンライトへと戻った。
「あら、まぁ……。貴女、なかなかの美少女でしたのね?」
エントランスに姿を見せた彼女へ真っ先に駆け寄ってきたのは、身綺麗になったミミだ。
汚れていた銀髪は照明の光を浴びてキラキラ光り、固まっていた髪の束も解けて櫛がスッと通るほど柔らかに。
ぴんぴんに跳ねる毛先はそのままだが、これは彼女の癖っ毛だったらしい。
加えて、着ている服も清潔感溢れる白のワンピース。靴も新品の革靴を着用。
「な、なんだか落ち着きません……」
リゼリアの言った通り、整えられたミミは美少女と呼ぶに相応しい容姿だ。
動きはまだ年頃の少女感たっぷりだが、見た目だけで評価すれば貴族家の元気系令嬢といった感じだろうか?
少なくとも数日前までスラムで暮らしていた少女には見えない。
これぞ、一流のスタッフが揃ったムーンライトが成せる、ムーンライト・マジックとでも言えばいいだろうか。
「ふーむ……。身綺麗になったのはよろしいですけど、美しい私と行動を共にするには少々足りませんわね」
汚れで隠されていたミミの可愛さが再び輝きだしたものの、それ以上に美しく、気品に溢れ、優雅な淑女の半歩後ろを歩くにはあと一つ足りない。
それを入手しに行こう、と支払いを済ませた彼女は街の西区へと向かいだした。
余談だが、支払い金額は金貨二十枚である。
「どこに行くんですか?」
「新しい仕事が入りましたの。その準備も兼ねて、馴染みの店を回りますわよ」
ミミを連れた彼女が最初に向かったのは、西区の半ばにあるオートクチュール『ブルームズ』だ。
「いらっしゃいませ。おや、リゼリア様でしたか」
店主は白髪交じりの茶髪をオールバックに整え、モノクルをかけた老紳士。
「サボット、本日はこの子の服を仕立てに参りましたの」
「ほう。随分と若い」
白いワンピースを纏いながら縮こまるミミを見下ろす店主サボット。
彼はそれ以上言わなかったが、リゼリアに顔を向けながら「妹かな? まさか、娘?」と言わんばかりの疑問が表情に出る。
「侍女にするつもりですわ」
「なるほど、侍女ですか」
サボットの声は納得といった感じ。
続けて、彼は「でしたら」と言って店のバックヤードへと引っ込んでしまう。
五分ほど待ち、バックヤードから戻った彼がカウンターに広げたのは、仕立てたばかりに見えるメイド服であった。
「こちら、最近になって仕立てたばかりのものでして。少し手直しすればぴったりかと思いますが」
黒地に白のエプロン、所々に金の装飾が入ったメイド服は実に質がよく品も十分。
カラーもリゼリアの好む赤と黒に沿い、横に立つ者として調和するはずだ。
「誰かの注文品ではなくて?」
「ええ。ですが、注文主が最近になって死亡しまして」
「まぁ、怖い」
「ええ、本当に。何でも悪魔やらブギーマンやら、巻き髪の死神やら……あとはなんと囁かれておりましたかな? とにかく、恐ろしい女性に殺されたそうです」
サボットは「ははは」と笑い、リゼリアは「おほほ」と笑う。
ミミの顔は引き攣っていた。
「して、機能は?」
「メインの黒色生地にはミゼット王国産の高級布を。白のエプロンとカフスは防刃機能が。スカート表側には従来通りポケットが二つ。裏には左右合わせて十のポケットがございます」
胸の赤いリボンは伸縮性のある丈夫な縄としても使え、頭に装着するホワイトブリムには刺突にも使える頑丈なワイヤーが仕込まれている、と。
「注文主は暗殺者をメイドとして偽装させようとしていたのかしら?」
「かもしれませんね」
「……あら? そういえば一週間ほど前にドワーフの女性暗殺者を殺したような?」
ドワーフ族は種族的な特徴として背が低いし、百五十センチにも満たないミミの身長とも特徴が合致する。
相手に対しては「品性の欠片もない戦い方をするビッチだった」とリゼリアは感想を付け加えたが。
「如何なさいますか?」
「貴方の店が在庫を抱えるのも可哀想ですわね。頂きましょう。この子に合わせて調整して下さる?」
そう言って、リゼリアはカウンターに金貨十枚を積む。
サボットからすれば調整代も併せて金貨五枚と言いたかったろう。
二倍の金額を積んだのは迷惑料も込み。彼女なりの誠意だったのかもしれない。
「これと同じ服をあと二着作って下さいまし。料金は前払いで」
続けて、彼女は金貨二十枚を積む。
「承りました。予備のカラーとリボンはサービスさせて頂きますよ」
老紳士も彼女の心意気に応える。
これが理想の買い物、というやつだ。
「それではお嬢さん。こちらへどうぞ」
「は、はい」
ミミは試着室に案内され、そこでスリーサイズを採寸される。
「仕立て直しは本日中に終わらせましょう」
「助かりますわ。またあとで参りますわね」
仕立て直しをお願いしつつ、二人は次の店に。
「次はどこへ行くんですか?」
「次は錬金術師のところですわ」
二番目の店は錬金術師の店であるが、この店には名前がない。
というか、商売をしているのかも怪しい佇まいだ。
「……家?」
店と言うのはボロすぎるし、店名を掲げる看板もなし。
建付けの悪いドアを強引に開けて中に入ると――
「相変わらずの散らかり様ですわね」
玄関には色とりどりの小さな水晶が散らばっており、裸足で入れば確実に怪我をしてしまうような有様だ。
「ドールマン! おりますの!?」
玄関口から奥へ続く廊下へ向かってリゼリアが叫ぶと、廊下の半ばにあった部屋のドアが「ギィィ……」とゆっくり開く。
続けて、ヌッと顔だけを出したのは赤い髪を持つ無表情の女性。
女性の目には生気が無く、じっと見つめてくる間も瞬き一つしない。
「ひぃ!」
実にホラー感たっぷり。
ミミが悲鳴を上げるのも無理はない。
たっぷり二人を見つめたあと、女性はススッと音もなく廊下へ出てくる。
「あ、え?」
女性は動く際に「カタカタ」と小さな音を立てる。
音の出所は彼女の体にある球体関節だ。
「あれはゴーレムの一種ですのよ」
この世界には魔術によって作られ、簡単な命令を遂行する『人形』が存在する。
それらのことを一般的にはゴーレムと呼び、主に体を構成するのは金属や土といった土属性に属する材料だ。
しかし、今目の前にいる女性の体は実に精工。土でも金属でもなく、一見すると人間の肌としか思えない質だ。
「…………」
女性は二人の前までやって来ると、着ていたドレスのスカートを摘まんで挨拶してくる。
その動きは一般的なゴーレムよりも数倍は滑らかであり、球体関節の音が聞こえなければ無口な人間にしか思えないだろう。
「彼女はドールマンが作り出した特別なゴーレム。ドールと言いますの」
「ドール……」
そういうモノ、と言われたミミが半ば強引に納得したところで。
「ドールマンは不在ですの? 本日は光輝石を買いに参りましたの」
光輝石とは玄関に散らばっている水晶のことだ。
光輝石は魔力を内包した物質であり、魔砲に装填する『エネルギー源』でもある。
「風属性の光輝石を三つ、頂けまして?」
「…………」
リゼリアが注文を告げると、ドールは再び廊下を歩いて部屋の中に。
三分ほど待っていると、ドールは円柱状に整形された緑色に光る光輝石を三つ持って戻ってきた。
持ってきた光輝石は他の錬金術店で買うよりも品質が良く、また円柱状の整形具合も完璧である。
加工したであろうドールマンは実に仕事のできる錬金術師なのだろう。
彼女が馴染みの店に指定するのも頷ける。
「ありがとう。ドールマンによろしく伝えて下さいまし」
光輝石を三つ受け取る代わりに、ドールには金貨を三枚渡す。
リゼリアがミミに「行きましょう」と言って家を出ようとすると、ドールは手を振りながら彼女達を見送った。
「さて、次が最後ですわ」
最後に向かうのは西区の最奥にある『魔砲職人』の店だ。
先ほどのドールマン宅とは違い、レンガ造りの店にはしっかりと店名――『♡ジェシーの魔砲ショップ♡』という看板が掲げられている。
「お店の看板がピンク色ですね」
しかも、看板の文字は丸文字だ。
「ここの店主は可愛いモノが好きなんですのよ」
実にファンシーな感じがするが、店の中からは「カンカン」と金属を叩く甲高い音が漏れ出ている。
ドアを開けて中に入ると、炉の前でハンマーを振るっていたのは――
「あれ? リゼっちじゃん。やっほー☆」
栗色の髪をサイドテールに纏め、汗が滴る作業だというのにメイクはバッチリ。
健康的な褐色の肌を晒すタンクトップ、下は分厚い作業ズボンにピンク色のエプロンを巻いて。
この店の店主、ジェシーを一言で表現するなら鍛冶師ギャルだ。
「ジェシー、魔砲のメンテナンスと作業台を借りたいの。構いませんこと?」
「おっけー☆ いいよん♡」
二丁の相棒をジェシーに手渡し、本人は壁際にある作業テーブルへ。
「何をするんですか?」
「先ほど買った光輝石に魔術式を刻みますのよ」
リゼリアはテーブルの上にあった道具を引き寄せ、先ほど購入した円柱状の光輝石を一本摘まむ。
それに対し、彼女はタガネや彫刻刀などを使って小さな文字を刻んでいく。
「魔砲を撃つには光輝石が必要なのはご存じ?」
「はい。えーっと、魔術を発動? させる石が光輝石なんですよね?」
「正確には発動させたい魔術の核、そしてエネルギー源となるのが光輝石ですわ」
魔術を発動させるには魔力が必要だ。
魔砲が誕生するまでは自身の体内に貯蓄されている魔力を消費して魔術を発動させていた。
これが純魔術と呼ばれる技法。
しかし、技術が進んだことで魔力を内包する光輝石を体内魔力の代替品とすることが可能となった。
加えて、それをエネルギー源として魔術を撃ち出す魔砲も生まれた。
だが、単にこの二つを揃えれば魔砲が撃てるわけじゃない。
「光輝石の表面に『どんな魔術を発動させたいか』を表す魔術式を刻みますの」
光輝石の表面に魔術式を刻み、魔砲にある特殊な撃鉄で叩くことで魔術を発動させるのが魔砲の仕組みだ。
このシステムが開発されたことにより、魔術という兵器はより簡単に、誰でも――体内魔力を持たない魔術落第者でも扱えるモノへと昇華した。
「魔術式を刻んだ光輝石は錬金術店でも売っていますわ。しかし、それはあくまでも錬金術アカデミーが用意したテンプレート品に過ぎません」
既製品は効果が一定である代わりに応用が利かない。
気軽に入手できるものの、様々なシチュエーションに対応しきれない、というデメリットがある。
「私のような人間はオリジナリティ溢れる、様々な事態に対応できる魔術を用意せねばなりません。それが一流と二流の違いですわ」
どんな状況にも対応できる、どんな状況も想定して予め魔術を揃えておく。
「同時に揃えた選択肢を武器に、シチュエーションを自身でコントロールすること。そこまで出来て真の淑女と言えるでしょう」
それが淑女の技術。
故に彼女は自身の手で魔術式を刻む。
小さく、細かな、繊細な文字を正確に。
世間一般では最高に難しいとされる魔術文字の組み合わせ、同時に用いられる数式の組み合わせ。それら全てを記憶し、頭の中で完成した魔術式の効果をシュミレーションできる彼女だからこそ出来る技。
まさに職人技だ。
「はえ~」
話を聞いていたミミは途中から全く理解できなかったみたいだが。
「リゼっち、終わったよん☆」
「こちらも終わりましたわ」
ジェシーからメンテナンスの終わった魔砲を受け取り、各種動作チェックと構えた際に違和感がないかも確認していく。
「さすがはジェシーですわ。完璧な仕事ですこと」
「えへへ。嬉しいし」
リゼリアは胸元から金貨十枚を取り出し、カウンターへ置く。
「また来てね☆」
ジェシーの店を後にすると、帰り道で再びブルームスへ立ち寄る。
そこでメイド服を受け取り、ミミを試着室で着替えさせた。
「ぴったりですわね」
メイド服に身を包んだミミは、まさしく侍女少女といった感じ。
淑女であるリゼリアの半歩後ろを歩いていても、なんら違和感は感じないだろう。
むしろ、ミミがいることで何も知らない者からすれば、リゼリアを正真正銘の貴族令嬢と誤認するに違いない。
「ミミ、貴女は本日から侍女見習いです。励みなさい」
「はい、リゼリア様」
本日、リゼリアのお供であるミミは『見習い』としての道を歩み始めた。
今日が正式なスタートだ。
「では、仕事に参りましょう」
店を出たリゼリアとミミはその足で街の駅へと向かっていく。
向かうのは最初のターゲットがいる国、ゲルト王国だ。