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第6話 謎の仲介人


 森から帰還したリゼリアは、ミミを連れて街の中央区へと向かった。


 中央区は他の区画に比べて雰囲気がガラッと変わっており、ここだけを切り取れば『美しい高級街』と言えよう。


 革命軍の将校が使う高級酒場、権力とべったりな豪商が泊る高級ホテル、街を影から支える富裕層が使う銀行……などなど。


 とにかく、他の区画で暮らす貧乏人共とは無縁の店がズラリと並ぶ。


 区画内を歩く人間のレベルも相応。


「中央区ですか?」


 スラムで暮らしていたミミが歩くと場違い感が物凄い。


「ええ。ホテルに行きますわよ」


 しかし、リゼリアは完全に溶け込んでいる――どころか、完璧な淑女である彼女は歩くだけも周囲の人間の目を惹いてしまうほどだ。


 高級街に相応しい人間達でさえ、目を奪われる。


 それほど彼女の所作、気品、優雅さは桁違いであった。


 さて、そんな彼女が向かったのは中央区の中でもとびきりの高級ホテル『ムーンライト』だ。


 完璧な内装、完璧な品質、完璧なサービスを提供するホテルは、この街でもごく一部の人間しか使えない。


 単純に料金が高いということもあるが、ホテル側が『相応の人間以外はお断り』という組織理念を重視しているからである。


 革命直後だというのに自分達の理念を押し通すのはなかなか強気であるが、ヤンチャ揃いな革命軍を相手しても生き残っているという事実が何よりも現実だ。


「ごきげんよう」


 ホテルの入口に向かうと、リゼリアの姿を目視したドアマンが深く頭を下げながらドアを開ける。


 そのまま中に入ると、豪華絢爛なホテルのエントランスが彼女達を迎えた。


「ほえー」


 きんきらきんなシャンデリアを見上げながら口を開けて固まってしまうミミ。


 慣れた様子で数歩先に進むリゼリアに対し、エントランスにいた紳士がスマートな足取りで近寄って来た。


「リゼリア様。本日のご用命をお伺い致します」


「本日は宿泊以外のサービスを受けにきましたの」


 リゼリアはそう言うと、横に並ぶミミへ視線を向けた。


「彼女の身なりを整えて頂戴。入浴とマッサージ。それに髪のカットも。ああ、簡単でよろしいから服も用意して下さる?」


「承知しました」


 笑顔の紳士がパチンと指を鳴らすと、メイド服姿の女性が五人現れる。


「えっ、えっ、リゼリア様?」


 彼女達はスラム出身のミミに対しても無礼な態度は見せず、上客を扱うような所作で困惑するミミを奥へと連れて行ってしまった。


「リゼリア様、先ほどブーニーズより連絡がございました。リゼリア様を見つけたらお伝えして欲しいと伝言を預かっております」


 紳士はジャケットの内ポケットから綺麗に折りたたまれた紙を取り出す。


 どうやらブーニーはリゼリアに用があったらしく、彼女の行きそうな場所へ遣いを片っ端に送ったようだ。


「……ふむ。なるほど」


 伝言を呼んだリゼリアは小さく頷く。


「私が帰って来るまでの間、あの子を待たせておいて頂戴」


「承知しました」


 ミミが風呂場でゴシゴシと体を洗われている間、リゼリアはブーニーズへ向かうことに。


 彼女が店に到着すると、グラスを磨いていたブーニーは「二階の三番だ」と天井を指差す。


「気を付けろよ。妙な女だった」


 ブーニーが彼女を探していた理由、それは個人の『仲介人』を名乗る謎の女がリゼリアに仕事を依頼したいと店を訪れたからだ。


 店にこういった客が来ることは珍しくない。


 依頼人本人が姿を見せることもあれば、依頼人本人に代わって仕事を依頼する『仲介人』が代行で訪れることも多々ある。


「個人の仲介人は業界全体だと珍しくはないが、ここらじゃ少ない。恐らく、別の国からわざわざやって来たんだろうよ」


 ブーニーズも仲介業の一種ではあるが、個人との違いは組織運営という強みを持つことだ。


 抱える依頼も多く、紹介できる人材も多い。どちらかというと、幅広い依頼に対応できる人材の方が何よりの武器。


 当然ながら個人の仲介人にはこれが無く、依頼遂行を確実とする人材に困るシーンも発生する。


 そういった事態に陥った個人の仲介人はブーニーズのような大きな組織に助力を求めることがあるのだが、助力を求めるとしてもせいぜい同じ国内にある組織へ声をかけるのが妥当だろう。


「お前さんを指名。これが絶対条件だと。紹介料も提示額の三倍だ」


 しかし、わざわざ遠くからやって来てリゼリアを単体指定。それも絶対条件の一つとして提示している。


 彼女のような超優秀な人材は紹介料も高く、同時に「本人が気乗りしないなら受けない」という本人優遇条件も付く。


 それを前もって提示したようだが、向こうは「それでも」と絶対に退かない姿勢を見せた。


 ここまでくると「何かある」と誰もが不審に思うのは当然だろう。


「それでも金貨で頬を叩かれ、ホイホイ私を呼び出したというわけですの?」


「しょうがねえだろ。こっちだって商売なんだ」


 誰かさんがいつも店を穴だらけにするから、とブーニーは恨み言を漏らす。


「気に食わないからって殺すなよ? 言わなくても分かっていると思うが、うちは外部からの依頼で揉めても中立維持が原則だからな?」


 個人仲介人からの仕事を引き受け、過程で問題が発生してもブーニーズは問題解決に手を貸してはくれない。


 他人の縄張りを荒らさない、刺激しないが裏家業運営組織の基本原則だ。


「貴方、私をなんだと思っていますの?」


「自分の胸に聞いてみろよ……」


 フンッと鼻で笑うリゼリアの背中をブーニーは大きなため息を零して見送った。


「失礼しますわ」


 二階にある指定された部屋へ向かうと、中には黒いフード付きのローブを纏う人物が椅子に座っている。


「貴女が仲介人とやらでして?」


「ええ、そうよ。――リゼリア・カーマイン」


 懐かしい家名を聞いたリゼリアの瞼がぴくりと動く。


 対し、彼女の本名を口にした女は椅子から立ち上がってフードで隠れた素顔を見せる。


「貴女は……」


「久しぶりね。戦争前の夜会以来かしら?」


 仲介人の正体。


 それはかつての敗戦国にして滅亡した国。リゼリアが生まれた国――サフィリア王国の第一王女『ルイーゼ・サフィリア』であった。


「あら、まさか敗戦国の元王女様とこんな場所で出会うなんて。奇妙なこともありますわね?」


 ニヤッと笑うリゼリアに対し、ルイーゼは真剣な表情で「そうね」と頷いた。


 ――この二人、ルイーゼ本人が言った通り「はじめまして」というわけじゃない。


 王家とカーマイン家が密接な関係にあった通り、ルイーゼとリゼリアは歳が近い者同士ということで両家の親から「仲良くしなさい」と命じられていた仲でもある。


 当時のルイーゼは天真爛漫な姫として有名であり、どの貴族家の子供とも良好な仲を築く積極的な子であった。


 昼間に茶会を開催しては貴族家の子を集め、幼少期の頃から王家の姫としての役割を存分に果たしていた。


 リゼリアも彼女に呼ばれた子供の一人でもある。


 ただ、幼少期から父親への復讐をどう果たすか、と考えながら生きていたリゼリアは、ルイーゼに対して「どうでもいい女」としか思っていなかっただろうが。


「しかし、貴女は随分と雰囲気が変わりましたのね? 昔は馬鹿みたいに笑顔を振りまいて大人のご機嫌を窺う子供でしたのに」


「……戦争に負けて、国が無くなれば誰でも変わるわ」


 リゼリアを見つめるルイーゼの瞳には確かな怨嗟の炎が見える。


「ふふ。戦争に負けた。ふふふ」


 そんな篭った瞳はリゼリアに通用しない。


 むしろ、彼女の言葉がおかしくて仕方ないようだ。


 今にも腹を抱えて爆笑しそうな雰囲気がある。


「何がおかしいわけ?」


「何がおかしいって。貴女こそおかしなことを言いますわ。あの国は負けるべくして負けましたのに」


 当時、サフィリア王国は大陸東部一の大国であった。


 軍事力も東部ではナンバーワンであったし、戦争の主力であった『魔砲』の生産量も東部随一。


 対する相手はサフィリア王国の西にある三か国。


 ゲルト王国、ハーデンジア王国、クルストニア王国の中堅国家三か国による『三国同盟』が相手。


 それでも純粋な軍事力としてはサフィリア王国の方が上という状況だったし、地理的有利もあって誰もが負けないと思っていただろう。


 しかし、現実は負けた。


 サフィリア王国は三国同盟に圧倒され、地図からその名を消した。


 何故か。


「貴族共が無能でしたもの。どいつもこいつも戦後の利益しか考えていないアホ揃い。あれで勝てという方が無理な話ですわ」


 敗戦の要因はただ一つ。サフィリア王国内の腐敗だ。


 長く勝者の地位を確かなものにしていた大国の中身は既に腐り果てていた。


 勝てるだろうという貴族達の慢心。勝つことを前提にした戦後利益への妄想。輝かしい未来を空想した者達による足の引っ張り合い。


 綺麗なガワで包んで見せていたものの、中身は腐り果てた汚物だったのだ。


 勝てるはずがない。


「……ええ、そうね」


 リゼリアの言葉を肯定するルイーゼは、自身の手が真っ白になるほど強く握る。


「それで? 元王女様がどのような依頼を? まさか、祖国復活のために忠臣を集めているとは言いませんわよね?」


 リゼリアは煽るような表情で問うも、ルイーゼは首を横に振る。


「勘違いしないで。今更故郷を取り戻したいなんて言わないわ」


「そう」


 首を横に振る元王女に対して酷く冷淡な返し。


「私は今、仲介人として活動しているの。私の抱える顧客は貴族令嬢ばかりでね。彼女達からの依頼をこなしてほしいのよ」


「ふぅん……。先に言っておきますけど、私への依頼は高いですわよ? 元王女様だからといって割引はしませんことよ?」


「承知しているわ。貴女の評判はオーナーから聞かされているし」


 ルイーゼは三枚の紙を取り出す。


 どれも新聞の切り抜きであり、人の肖像画らしきものが印刷されていた。


「貴女にはこの男達を殺して欲しいの」


 リゼリアは差し出された切り抜きを受け取り、それぞれに目を通して――


「……本当に故郷への未練がないと言い切れますの?」


 殺害対象はかつての故郷を滅ぼした三国同盟、それぞれの国の王子だったからだ。


「偶然よ」


「偶然、ね。まるで演劇のような偶然ですこと」


「さっきも言った通り、私に故郷をどうこうしようって気はないわ」


 ハッと鼻で笑うリゼリアだったが、ルイーゼは表情を変えない。


 淡々とした表情で語りだす。


「彼らは自国の貴族令嬢に対して婚約破棄を突きつけたの。それも一方的にね」


「婚約破棄? 婚約破棄の腹いせに殺して欲しいと依頼されましたの?」


「ええ」


 リゼリアはまたハッと鼻で笑う。


「まぁ。軟弱な女ですこと。婚約破棄されたのなら、その場で相手に魔砲をぶっ放せば済む話ですのに」


 とんでもないことを言い出すリゼリアだが、彼女なら本当にやりかねない。


「……皆が皆、貴女のように強いわけじゃないわ。というかね、そんなことしたら捕まるじゃない。貴族令嬢が一国を相手に戦えるはずないでしょう?」


「真の淑女たる者、一国を敵に回すほどの気品と優雅さがなければなりませんわ」


「……そう」


 ルイーゼの表情を表現するならば「こいつ、何を言っているんだ?」といった感じだろうか?


「とにかく、依頼は受けてくれるの?」


「金額次第ですわね。王族殺しは高いですわよ?」


 そう言って笑うリゼリアの顔には、大した金額は提示できないだろうという侮りがあった。


 しかし、ルイーゼは足元に置いてあったアタッシュケースをテーブルの上に置いて開ける。


 中には金貨がびっしりと詰まっており、最初の依頼に対する依頼金を積んでいく。


 十枚一束の金貨をどんどんと取り出し、最終的にテーブルの上には金貨二百枚が積まれた。


「これはあくまでも最初の依頼に対する金額よ。次からは金貨百枚を上乗せ。三人を無事に殺せれば完遂ボーナスとして金貨三百枚を上乗せしましょう」


「いいでしょう!」


 即決である!


 この時、リゼリアの両目は確かに金貨になっていた!


「最初のターゲットはゲルト王国の王子。第一王子ダリル・ゲルトの殺害よ。詳細はこっちのファイルにあるわ」


 リゼリアはファイルを受け取る。


 これにて交渉成立だ。


 彼女は元王女様の依頼を受けることになり、その旨をブーニーへと伝えに一階へ向かった。


「受けたのか!?」


「ええ。受けましたわ。依頼を完遂すれば大金が手に入りますのよ?」


 ニヤニヤと笑うリゼリアは最後にこう告げる。


「終わったらバカンスですわ!」


 やったぜ、ベイビー!


 さっさとロイヤル豚野郎共を殺して南の国でバカンスだ!


「このクッセェ街ともおさらばですわ! おーっほっほっほっ!!」


 リゼリアはスキップ混じりのご機嫌な足取りで店を後にした。


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