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第4話 スラムの少女


「全く、本当に最悪ですわね。だからイヤですわ、この街」


 リゼリアは店から持ち出したワイン瓶を片手に、ぶつくさと文句を言いながら裏路地を行く。


 彼女は自身のセーフハウスへ帰る途中だ。


 このまま裏路地を通って西区へと向かうのがいつものコースなのだが――


「返して! 返してよ!」


「うるせえんだよ、クソガキ!」


 途中、子供と大人二人が揉めている場面に遭遇。


 子供の方は獣人の少女だ。


 耳と尻尾から判断するに狼獣人なのだろう。


 ただ、身に着けている衣服はボロボロ。


 銀色の髪は伸びっぱなし。数年は手入れされていない髪の毛先はぴんぴんに跳ねている。


 察するにスラムで暮らす孤児なのだろう。


 一方、そんな子供から革袋を取り上げたと思われる大人達は見るからにチンピラだ。


 少女に奪われないよう革袋を高く掲げるチンピラは腕の筋肉を見せつけるタンクトップスタイル。


 もう一人は痩せ細った目つきが気色悪い男。


「それはボクが稼いだものだ!」


「うるせえってんだよ! カモを教えてやったのは俺達だろう? 情報料だっての!」


 会話から察するに少女はスリを犯して日々を生きているらしい。


 チンピラ共は少女に『カモ』となる人物を教えつつ、彼女が得た成果を横取り――要は少女を都合の良い実行犯に仕立て上げたというわけだ。


「嫌だ! 渡さない!」


 少女は高く掲げられた革袋を睨みつけると、その場で大きくジャンプ。

 

 実に獣人らしい身体能力と言えよう。


 子供と大人のハンデをものともせず、男が持っていた革袋を両手で掴む。


 掴むが、その瞬間に袋が破けて地面に銀貨が散らばった。


「あっ!」


 それを見た瞬間、少女は散らばった銀貨の上に覆いかぶさった。


「てめっ!」


「うっ、うっ!」


 男達は少女を蹴りつけてどかそうとするも、少女は激痛を堪えるよう顔をしかめて必死に耐える。


 ただ、彼女が持つ紫色の瞳には、状況に負けまいとする強い意志が見えた。


「……へぇ」


 一部始終を見ていたリゼリアの顔に小さな笑みが浮かぶ。


 視線は少女に向けられており、どうやら彼女の行動を見て笑ったようだ。


 ただ、その笑みはすぐに消える。


「貴方達、通行の邪魔ですわよ。頭の中に詰まったクソを撒き散らしたくなければおどきなさい」


「ああ"!?」


 女の声を聞いて反射的に凄んでしまったのか、あるいは裏路地の暗闇でリゼリアの顔が見えなかったのか。


 どちらにせよ、今の彼女に対してよろしくないリアクションだ。


「私、今とってもイライラしていますの。優雅なディナーをアホ共にファックされた挙句、帰り道のど真ん中でクソ垂れるドアホがおりますのよ?」


 そう言った彼女はホルスターから魔砲を抜く。


 僅かに差し込む月明りが特徴的な長い髪と魔砲を照らした瞬間、チンピラ達の表情が変わった。


「ま、まさか! お前――ぎゃあああ!?」


「ひ、ひぃ! ぎっ!?」


 気付いた時にはもう遅い。


 タンクトップ野郎は腹に一発。もう一人の痩せ男は首に一発。


「う、ああ……」


 タンクトップ野郎が地面に倒れ、もう片方も首を押さえながら崩れ落ちる。


「夜は静かにしろと親から習いませんでしたの?」


 コツコツとハイヒールの音を鳴らしながら近寄ったリゼリアは、うめき声を上げるタンクトップ野郎の頭をぶち抜いた。


 もう片方の痩せ男はとっくに死んでいるようだ。


「…………」


 リゼリアの容赦ない行動を見て呆気にとられる獣人少女。


「…………」


 少女を見下ろしながらも、その横を通り過ぎているリゼリア。


 獣人少女が彼女の背中を数秒ほど見送ると、少女は散らばっていた銀貨を集めてポケットへと仕舞い込む。


「ねえ!」


 そして、リゼリアの背中に声をかけた。


「…………」


 ただ、声をかけられたリゼリアは完全無視である。


 そのままコツコツとハイヒールを鳴らしながら歩いて行ってしまう。


「ねえ、お姉さん! ボクに戦い方を教えてよ!」


 少女が声をかけた理由を叫ぶも、リゼリアは尚も足を止めない。


「ねえってば!」


 すると、少女はリゼリアに向かって走りだす。


 タッと地面を蹴った音を察知したのか、その瞬間にリゼリアは足を止めて振り返ろうとした。


 恐らく、彼女は少女に魔砲を向けようとしたのだろう。


 それで制止させるつもりだったのかもしれない。


「なっ」


 しかし、少女の身体能力はリゼリアの予想を超えていた。


 振り返った瞬間、少女は既に間合いに入っている。このまま腕を伸ばそうにもスペースが無いほどだ。


 先ほどのジャンプ力以上、少女が見せた本気の瞬発力は大人どころの話じゃない。鍛え抜かれた成人獣人と同等かそれ以上。


 ――一瞬だけリゼリアの表情が真剣(マジ)になった。


 躱しきれない。次の一手を考えねばならない、と思っているであろう表情だ。


 それもそのはず。


 仮に少女がナイフでも握っていれば、リゼリアは一撃をもらってしまうからだ。


 ただ、突っ込んできた少女の手に武器は無い。


 無いのだが……。


「ちょ、なんですの!?」


 少女は間合いに入った瞬間に軽く飛び、リゼリアの腹に抱き着いた。


 抱き着いた上、そのまま両足を背中に回してコアラのようにしがみつく。


「お願い! お願いだよ! ボクに戦い方を教えてよ!」


「は、はぁ!? さっきから何を言っていますの!? 離れなさい!」


 少女を剥がそうとするリゼリア、それに耐える少女の攻防が始まる。


「い、イヤ! ボクはお姉さんみたいに強くなりたいんだ! 強くならないといけないんだ!」


 少女の懇願は必死も必死。


 絶好の機会を逃すまいと言わんばかりに、獣人の身体能力をフルに使って抵抗する。


「だから、離れなさいっ! ああ、もう!」


 結局、先に観念したのはリゼリアの方だ。


「話を聞いてあげますから離れなさい。さもなければ、脇腹に一発入れますわよ?」


 彼女の怒気が混じった声が放たれた瞬間、少女の狼耳と尻尾がピンと伸びる。


 リゼリアの殺気を本能的に察したのだろう。

 

 少女は大人しく地面へと降りた。


「よろしい」


 リゼリアの顔にはまだ若干の怒りはあるものの――いや、これは予想外の身体能力を見せた少女への警戒心からだろうか?


「貴女、戦い方を学んでどうしますの? スラムで幅を利かせる雑魚共をぶっ飛ばしたいんですの?」


 スラムには色んな人間がいる。


 少女のような子供から、彼女のような存在を駒として使うお山の大将。


 他にも表側では生きられない犯罪者やブラックマーケットを主戦場とする闇商人など。


 そういったスラムの事情を知るリゼリアは一番妥当な考えを口にしたが、彼女の殺気を浴びてから俯きっぱなしの少女は首を振って否定する。


「……ボクは生きたいんだ」


「生きたい?」


「うん。ボクは生きなきゃいけないの。お母さんと約束したから」


 顔を上げた少女の目には涙が溜まっていた。


「お母様は?」


「殺された」


 少女の口振りからある程度察していたであろうリゼリアは「そう」と小さく返す。


「お母さんが死ぬ前、ボクに言ったんだ。ボクだけは生きてって」


 遂に少女の目から涙が零れる。


「ボクはお母さんとの約束を果たさないといけないんだ。ボクは、一人でも、生きていけるように……」


 少女は零れた涙を汚れた手で拭う。


「ボクは、一人で生きていけるようにっ! お姉さんみたいに強くならないといけないんだっ!」


 拭っても拭っても、少女の目からは涙が零れ落ちてしまう。


「だから、ボクに戦い方を教えてよっ!」


 耐えきれなくなってしまったのか、少女はしゃくりを上げて泣きだしてしまった。


「……約束しましたのね」


 約束を交わし、泣く少女。


 二人の事情を知る第三者が見たら、少女の泣く姿と幼少期のリゼリアが重なって見えるだろう。


 泣きじゃくる少女を見下ろすリゼリアの目からは警戒心が失われていた。


「……良いでしょう。貴女、少しは見込みがあるようですし」


「え?」


「興味が湧いたと言ったのです。ほら、ついて来なさい」


 そう言って、リゼリアは再びセーフハウスへ向かって歩きだした。


 少女はゴシゴシと目を擦ると、早足で彼女に並ぶ。


「ありがとう、お姉さん」


 少女の顔にまだ緊張感は見えるものの、それでも小さな笑みを作る。


「私を失望させたらすぐに捨てますわ。そのことをお忘れなきように」


「……うん。頑張ります」


 小さく頷く少女はぴこぴこと狼耳を動かす。


「ところで、貴女の名前は?」


「ボクの名前はミミ」


「そう。私はリゼリア。私のことはリゼリア様と呼びなさい」


「うん、リゼリア様」


「うん、ではなく、はいと返事なさい。私から学ぶのであれば、マナーもしっかり身に着けてもらいますわよ」


「は、はい。リゼリア様」


 改める少女の顔には、より強い緊張感が現れていた。


「よろしい。淑女への道はマナーからでしてよ」


「はい」


 少女は頷き、顔を正面に戻した。


「…………」


 ただ、その後で何度かリゼリアの顔を見上げて――


「淑女ってなんですか?」


 獣人少女ミミ、これから彼女は『淑女』が何たるかを知っていくことになる。


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