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第3話 ブーニーズ


 仕事を終えたリゼリアは列車に乗り込み、自身が拠点とする街へ戻ってきた。


 街の名は地名からとったクッツワルド。


 クレスト王国という国の東部にある街であり、元はハラン伯爵という男が治めていた領主街だった。


 過去系である理由は、この国で革命が起きて成功したせいだ。


 国名も元々はクロワ王国という名であったが、クレスト侯爵という軍のトップ率いる革命軍が王家を打倒。


 クロワ王家は全員処刑され、現在ではクレスト侯爵が新たな王として君臨している。


 当然ながらこの街も革命の炎が巻き起こり、街を治めていた領主は革命軍によって殺害された。


 そのため、現在では街を仕切っているのは革命軍の幹部であり、暫定的ということもあって統治者の家名は冠していない状態だ。


 街の特徴としては、元々東部で一番大きな街だったということもあって列車――大陸内ではほぼ全ての国に普及している――の停車駅があること。


 人口もそれなりに多いし、商業施設の数もそこそこある。金持ち向けのサービスを充実させた高級店なんかもあって、王国内では六番目に大きな街といった評価。


 ただ、街の悪い部分も当然あって。


 それはとにかく治安が悪いことだ。


 クッツワルドだけに限った話じゃないが、革命が終わったばかりのクレスト王国はとにかく治安が悪い。どの街も大体悪い。


 治安が悪い理由は、単に革命が国民のためを想うものではなかったことも原因の一つだ。


 クレスト侯爵の私欲によるクーデターであり、王位に就いた後は誰がどうみてもグダグダ。


 その結果、革命軍が幅を利かせて好き放題していたり、戦争に参加した傭兵達も調子に乗りまくっていたり、戦いで親を失った子供がスラムに溢れていたり。


 戦争直後における最悪の事態がこれでもかと詰まっているのがクレスト王国の現状。


 そして、クッツワルドという街の現状でもある。


 しかし、殺しを生業とするリゼリアにとって都合の良い場所でもあるのも確かだ。


「まずは完了報告を済ませましょうか」


 列車を降り、どこからともなく酸っぱい匂いが漂ってくるメインストリートを南に向かう。


 途中までは比較的まともな景色が続くが、南区半ばまでいくとメインストリート沿いには客引きしている娼婦や物乞いなどの姿が見え始める。


 スラムに近いこともあるが、これが真の姿と言えるだろう。


 建物の間にある小道を覗き込めば、大体誰かが殴られているか、死体になって転がっている。


 ガラの悪い連中向けの賑やかさと最悪の治安が混じった極上スムージー状態だ。


 そんな状態を気にせず歩くリゼリアは、一軒の酒場前で足を止める。


 酒場の名前はブーニーズ。


 店構えは地方都市にありがちな木造二階建て。華やかさは全く無く、田舎らしさ全開の酒場と言える。


 彼女がドアノブを掴んで店内に入ると、店内はガラの悪い連中で溢れ返っていた。


 厳つい顔をした傭兵達。顔に傷を持つ兵士崩れの用心棒。フードで顔を隠しながらスープを啜る、怪しさ大爆発な者。


 ブーニーズはこういった連中にそこそこ美味い酒とそこそこ美味い飯とそこそこ美人なウエイトレスを武器に商売する酒場だ。


 表向きは。


「…………」


「…………」


 リゼリアがテーブル席に座る連中へ視線を向けた瞬間、一瞬だけ店内が静まり返る。


 シンと静かになった店内には食器が擦れる音すら鳴らない。


 彼女の視線が外れ、ハイヒールがコツコツと鳴り始めると、徐々に店内には賑やかさが戻り始めた。


「ブーニー」


 賑やかさが戻る中、リゼリアはオーナーの名を呼びながらカウンターをノックする。


「おう。完了か?」


 タバコを咥えながらグラスを磨く痩せた中年。年季が入ってクタクタになったバーテン服を身に纏う無精髭の男。


 彼がオーナーのブーニーだ。


 因みに偽名である。


「ええ」


 彼女が依頼完了を告げると、ブーニーは「あいよ」と言ってカウンター下にあったファイルを取り出す。


 田舎感満載の酒場、その裏側は『裏仕事の斡旋所』である。


 別の国では『闇ギルド』なんて呼ばれる類の場所だ。


「えーっと、金貨五十枚だったよな。どうする? いつも通り、銀行に入れておくか?」


「それで結構」


「あいよ」


 ブーニーは該当する依頼書にペンで文字を書き込んでいく。


 本来ならば依頼を完了させた証が必要なのだが、彼女には必要がない。


 裏の仕事を斡旋するブーニーも全く気にしていない。


 何故なら確認は不要だと彼自身が知っているからだ。彼女に限って失敗することはない、と熟知しているからである。


「ったくよ。ひと昔前はこっちの家業はからっきしだったってのに。最近は酒場の経営より忙しいぜ」


 革命後、裏の仕事は大小問わず増えるばかりだ、とブーニーはため息交じりの煙を吐き出す。


「人を雇えばよろしいじゃない?」


「この前雇ったんだよ。ようやく楽になると思っていたんだがな」


 ブーニーは自分の首を手で斬るジェスチャーをした。


 曰く、新入りは雇った四日後に裏路地で逆さ吊りになって死んでいたらしい。


「まぁ、恐ろしい。私も夜道には気を付けないと」


「ハッ! あんたを襲うやつがいるなら見てみてえわ」


 鼻で笑ったブーニーは「食ってくか?」と彼女に問う。


 リゼリアも「ええ」と返すと、彼女は店に用意されている専用席へと歩いていった。


 専用席は店の左奥にあり、用意されているテーブルも他の席と違って状態がよい。綺麗なテーブルクロスまで敷かれている。


 しかも、周囲のテーブル席からは距離が置かれているといった状況。


「あの席、美人さんの席だったんだ。特別待遇されているけどどんな人? めちゃ人気の娼婦とか? オーナーの女?」


 そこに向かう彼女を初めて見た傭兵団の新人(ニュービー)が先輩に問う。

 

 質問を投げかけられた先輩は顔を伏せた状態で首をひたすら振る。


「……目を合わすな。絶対にだ。話かけるのも禁止だ」


 これは新人への親切な忠告だ。

 

 ブーニーズに通う者達、特に常連客は絶対にリゼリアを見ようとしない。喋りかけない。


 一番距離の近いテーブルに座っている男性客三人組なんて、凄腕暗殺者と遜色ないくらい気配を消して食事を続けている。


「リゼリアさん、お待たせしました」


「ありがとう」


 そこそこ美人なウエイトレスが最初に持ってきたのは、ブーニーズの中でも超高価なワインである。


 他の馬鹿共に出す水で薄めた酒じゃなく、正真正銘の()だ。


 ついでによく磨かれたワイングラスもセットで。


 リゼリアは上品にワインを注ぐと優雅に一口。


「…………」


 無言だが、顔には笑みが浮かぶ。


 ワインの注がれたグラスをブーニーに向かって掲げると、ブーニーも機嫌がよさそうに手でジェスチャーを返した。


「お待たせしました」


 続けてウエイトレスが持ってきた料理は上質な羊肉を使ったステーキ。


 ジュウジュウと鉄板の上で鳴る、見るだけで涎が出てしまいそう。


 他の客が食す料理の材料とはワンランクもツーランクも違う。調理における気合の入り方も違う。

 

 根本から何もかもが違う。


 彼女はこの店で誰よりも特別扱いされる人間、というのがこれでもかと溢れ出る。


 この光景を初めて見た者は「どうして?」と思うだろう。あの美人は何者なのか、と疑問が更に深まるだろう。


 先ほどの新人と同じように、事情を知る者へ問う者もいる。


 だが、揃って口にするのは「詮索するな」という返し。


 同時に常連客は「この街で長生きしたいなら関わるな」とも言う。


 彼らにとって、リゼリアという存在は触れてはいけない存在だ。


 しかしながら、禁忌に触れたがる人間もいるわけで。


「おうおう、美人さんよ。俺達のテーブルに来て一緒に飲まないか?」


 禁忌に触れたのは、仕事に向かったリゼリアと入れ違いになる形で街へやってきた傭兵団のメンバー。


 完全に酔っ払った三人の筋肉ムキムキ大男達は、酒瓶を片手に彼女を誘うが――


「おい、やめとけ! それだけはやめとけって!」


 制止したのは近くのテーブルで食事していた常連客だ。


 常連客が制止する中、店の中には独特の緊張感が走る。


 オーナーのブーニーも、他の常連客も、自ら口にした忠告を破ってリゼリアへ視線を向ける。


「あ? うっせえな! 邪魔だ! 俺はこの女を誘ってんだよ!」


 彼女に声をかけた男が常連客の忠告を振り払った瞬間、彼の持っていた酒瓶に残る酒が飛散する。


 その飛沫、一滴がリゼリアのワイングラスに入った。


 ポチャンと。


「――――」


 その瞬間、彼女はホルスターから愛用の魔砲を抜いた。


 そして、ぶっ放した。


 発射口から飛び出したのは、貫通力の高い風魔術のスピア弾だ。


 スピア弾は男の脇腹から侵入して肩から飛び出す。


 まだ弾は止まらない。


 そのまま一階の天井に向かい、射線上にあった二階の個室へと向かう。


「おいおい~! もっと踏みつけてくれよ~! もっと俺をいじめてくれ~!」


「やだ~! 超ドMじゃ~ん!」


 二階の個室には娼婦とお楽しみ中の男がいた。


 全裸の男は床に座った状態で股を開き、自身のナニを踏め! と娼婦に懇願していたのだが。


「あばあああああ!?」


 直後、ドM男のケツにスピア弾が侵入。


 そのままケツと体の中身をぶち破り、個室の天井に到達したところでようやく弾が消失した。


『きゃああああ!?』


「きゃああああ!?」


 二階の娼婦、一階にいたウエイトレス。両者の悲鳴が重なる。


「このクソ野郎! 私のワインに何してくれてますのォォォォッ!!」


 リゼリアは男の脇腹に弾をぶっ放した直後、逆の手で握ったフォークを男の片目に突き刺す。


「あぎゃああああ!?」


 脇腹、片目に重症を負った大男はその場に崩れ落ちる。


「だから言ったんだ!」


 それを見た常連客は一気に逃げ出す。


 店の常連歴が長い人間ほど、最初の一歩が速かった。


「やべえ、やべえ、やべええ!!」


 とある者は店のドアへダッシュし、転がるように外へ飛び出した。


「俺はまだ死にたくねえ!」


 とある者は店の窓ガラスを突き破って外に飛び出した。


「ば、馬鹿野郎!! 最初に教えたじゃねえか! ひぃぃぃ!!」


 オーナーであるブーニーは酒棚の真横に設置してあったアイアンメイデン似の棺(中にトゲ無し)へと身を隠す。


 余談であるが、ブーニーの隠れた棺は対魔術防御コーティングが施された特注品である。


「テメェ! よくもボブを!」


 脇腹と片目がオシャカになった男はボブという名前らしいが覚えなくていい。


 たった今、あの世行きの特急列車に乗って女神様の元へ行ったからだ。


「クソアマァァッ!!」


 彼の仲間が激昂すると、腰の剣を抜いてリゼリアへ迫る。


「―――ッ!!」


 だが、彼女の方が速い。


 とてつもなく速い。


 ボブ君の目玉付きフォークを逆手持ちした左腕に魔砲を握った右腕を乗せ、足、股間と瞬く間に二連射。


「ぎゃっ!? ――グギッ!?」


 足が止まったところで、男の頭に向かって華麗な回し蹴りをお見舞いする。


 名前の分からない男の首がぐりんと曲がってはいけない方向に曲がる。


 彼はボブの乗った列車に間に合っただろうか?


「てめっ!」


 その隙に接近してきたもう一人の男が間合いに入る。


 彼は両手を広げて彼女を捕まえようとするが、リゼリアはサッと身を屈めて回避。


「汚らしい手で触らないで下さいまし」


 回避後、立ち上がると同時にテーブルのナイフを握る。


「ぐわっ!?」


 男のふとももにナイフを突き刺すと男がたたらを踏んだ。


 男は激痛の走る足で床を踏みしめて耐える。


 傭兵としてのプライドを見せ、腰のホルスターに収まる魔砲を抜こうとするが――それよりも速く、リゼリアが彼の手を撃ち抜いた。


 ただ、これで終わりじゃない。


 直後、膝に強烈な衝撃が加わる。


 リゼリアの膝折りだ。


 彼女はハイヒールを履いた足で筋肉モリモリマッチョマンの膝をへし折ったのである。


「ぎゃああああ!」


「私の食事を邪魔したくせにうるさいですわね」


 舌打ちを鳴らしたリゼリアは、もう片方の膝に弾をぶち込む。


 完全に両足がオシャカになった男は床に這いつくばり、涙と鼻水、涎でびしゃびしゃになった顔で彼女を見上げた。


「ひ、ひぃぃ!」


 悪魔だ。


 見上げると、口元に三日月を浮かべる悪魔がいた。


「貴方、この落とし前はどうつけてくれますの?」


「ど、どうって……」


 男が問い返した瞬間、リゼリアはまだ息のあった仲間の頭を撃ち抜く。


「謝罪の意を表すならば、必要なモノがあるでしょう?」


 リゼリアは片手の指で丸いマークを作りだす。


 金だ。


 謝罪には金もセットで。


 裏家業の世界では常識でもある。


 ジェスチャーの意味を理解した男は震える手で有り金を全て床にぶちまける。


「チッ。しけてますわね」


 男の持っていた金は金貨一枚と銀貨四枚。


 ブーニーズが提供する『リゼリア専用フルコース』一食分にもならない。


「残りの馬鹿共からも集めなさい」


 彼女は死体となった男達の金も献上するよう指示を出す。


 計、金貨六枚と銀貨八枚となった。


「……まぁ、いいでしょう」


 それを受け取ると、彼女は自身の専用テーブルに叩きつける。


「ブーニー! 代金はここに置いておきますわ!」


『……お、おう!』


 棺の中から聞こえる彼の声はとんでもなく小さかった。


「せっかくのディナーが台無しですわ。やはり、中央区のホテルで摂るべきでしたわね」


 リゼリアは肩に掛かっていた髪を優雅に手で払う。


 そして、無事だったワイン瓶を掴むと、店のドアに向かって歩きだした。


「うう、あ――」


 去り際、三人目の男を射殺するのも忘れない。


 リゼリアが店を出た後――大嵐の去った店内には隠れていたブーニーや常連客が姿を現し始める。


「あ、あの人、何者なんスか!?」


 すっかり怯えた新人が先輩に改めて問うた。


「……今日はまだマシな方だ。死体が三つだけだからな」


 凄惨な状態になった事件現場を一瞥した常連客は大きなため息を吐く。


 そして、彼は懇切丁寧に新人へ忠告しなおす。


「いいか? 絶対に彼女へ手を出すな。ツラの良さに騙されたが最後、どいつもこいつもこうなっちまう」


 常連客は三つの死体を指差したあと、店のドアを睨みつけながら呟く。


「あいつは悪魔だ。神話から飛び出してきた本物の悪魔だぜ」


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