第25話 バカンスへ
未払いの報酬を回収した翌日、リゼリアとミミはブーニーズを訪れていた。
一波乱あったブーニーズは元通りになっており、血で染まった床も元通り。カルト的なオブジェも全て撤去済み。
常連客の顔ぶれも馬鹿でアホな連中と今まで通りである。
「クルストニア王国側から特に何もねえんだが」
「あら、それは良かったではありませんの」
リゼリアとミミは専用席ではなくカウンターに座りながら飲み物を飲んでいたのだが、ブーニーはタバコを咥えながら首を傾げる。
「傭兵共の死体を確認したんだがよ。今回の部隊を指揮してたのは傭兵団のナンバースリーだった」
リゼリアに殺害された死体は『死体回収屋』が回収し、綺麗に並べられたところをブーニーが確認したらしい。
「誰かさんが顔面を潰したから苦労したぜ」
顔では判断できず、肩にあった特徴的なタトゥーで判断したという。
「相手は国一番の傭兵団だぜ? 幹部が殺されたら状況は把握したいと思うんだがな」
俺ならそうする、とブーニーは言う。
「んで、この謎を解くためにあの女のことをもう少し深堀りしてみたんだがな」
彼はカウンターの下から紙を取り出すと、記載されていたルイーゼの経歴――その一部を読み上げる。
「あの女、サフィリア王国の元王女様だったんだな」
国が滅亡した後、ゲルト王国で娼婦になったこと。
娼婦になった彼女は外国の貴族に身請けされ、娼婦という身から外国貴族の第二夫人へとなる――はずだったが、該当の貴族がハーデンジア王国内を観光している際に悲劇が起きる。
「観光途中で馬車が事故ったらしい。貴族と護衛は死亡。元王女様も死亡したってことになっているんだが」
書類上では死亡したことになっていたようだが、彼女は生きていた。
「どう思う?」
「さぁ? 運良く生き残って新しい人生を歩み始めたのではなくて?」
「言うのは簡単だがよ。その場にあの女に似た死体があったってことだろ? そうじゃなきゃ、書類を作った連中が死亡扱いにはしないだろ」
事故現場に死体がなきゃ『死亡』とはならない。
仮に彼女がその場から逃げたとしたら『行方不明』と記載されるはずだろう。
「賄賂を渡して死亡扱いにしてもらったのでしょう? よくある話じゃありませんの」
「俺もそう思ったんだがな。担当官はハーデンジア王国の堅物と有名な司法省のご老人だ」
そのご老人も最近になって逮捕、処刑されてしまったという情報が入ってきたとブーニーは言う。
そう。ルイーゼの死亡を認めたのは、クリス王子の獲物となっていた老人だ。
「ふぅん?」
当然、当事者が逃げ惑う森の中でクリス王子を殺したリゼリアはそのことを知らない。
そもそも、ハンティング会場に老人がいたことさえ知らないだろう。
しかし、この繋がりは単なる偶然だったのだろうか。
「よく分かりませんけど、とにかく彼女は生き伸びたということでしょう?」
「おお。んで、シュレンティーレ王国に辿り着いたらしい」
シュレンティーレ王国は大陸中央付近にある国。
クッツワルドを有するクレスト王国の西にある中堅国家だ。
「シュレンティーレでどう生活していたかは分からんが、今から一年前に仲介人として姿を見せ始めたらしい」
個人の仲介人として活躍し始めたらしいが、ここにも不審な点があるという。
「シュレンティーレ王国内の裏家業はグレモリーファミリーが完全に支配してる。個人の仲介人なんざ現れたら即刻コレよ」
ブーニーは自分の首を斬るジェスチャーを見せる。
――シュレンティーレ王国内の裏家業は全てグレモリーファミリーという組織が牛耳っており、王国の裏側を生きていきたければファミリーに忠誠を誓わなければいけない。
それ以外の者は敵と見做され、ファミリー本体が保有する武力勢力だけじゃなく、彼らに忠誠を誓いながらも個人で活動する殺し屋にも狙われてしまうのだ。
どう考えてもただの『仲介人の女』が生き残れるような場所じゃない。
「ファミリーのボスにケツを振ったのではなくて? 元娼婦なら簡単でしょう?」
「まぁ、あり得る話じゃないが……。どうにも気になるんだよなぁ」
ブーニーが掴んだ情報もそこまでだ。
悲惨な人生を経て、シュレンティーレ王国で仲介人として活動を開始し、リゼリアに喧嘩を売って死んだ。
彼女の人生は――特に最後は呆気なかったかもしれないが、人生の合間を覗くと少々不可解な点も残っているように見えるのだろう。
「それで? 貴方は何が言いたいんですの?」
「要は気を付けろって話だ。傭兵団のメンツを潰したってことで狙われる可能性もある」
クルストニア王国内最大規模の傭兵団であり、騎士団とも密接な関係にある。
そういった連中はメンツやプライドを重視するし、何より騎士団あがりの連中は仲間意識が高い。
ブーニーが言ったようにリゼリアを逆恨みする可能性も十分にある。
「あとグレモリーファミリーとは絶対に揉めたくねぇ」
ただ、それ以上にブーニーはグレモリーファミリーの方を危険視しているようで。
仮にルイーゼがグレモリーファミリーの一員で、ボスのお気に入りだったとしたら……。
それを想像したであろう彼は本気で嫌そうな表情を見せた。
「あそこの親分はクソ野郎でよ。俺も大っ嫌いなんだが、保有してる戦力はウチの数倍もデカいからな」
こんな店、すぐに潰されちまうとブーニーはため息を吐いた。
「ふぅん。じゃあ、グレモリーファミリーがイチャモンつけてきたら私を売るつもりかしら?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。俺はそこまで腐っちゃいねえよ」
フンと鼻を鳴らすブーニーはキメ顔を作る。
「こう見えて売られた喧嘩は買う主義だ。野郎共と一戦交えるってんなら死ぬまで戦うつもりだぜ?」
「おー、おじさんやるぅ~」
「だろう?」
キメ顔と徹底抗戦を宣言した彼をミミが賞賛すると、ブーニーは彼女のコップにオレンジジュースのおかわりを注いだ。
「ってわけで、そうなったらお前にも期待しているからな?」
だが、徹底抗戦宣言の裏にはリゼリアの力をアテにもしているようで。
……彼女の実力を知っていれば、強大な組織相手に強気でいられるのも理解できるが。
「よろしいですけど。ただ、私達は今日からバカンスですわよ? 一戦交えるならバカンスが終わってからにして下さいまし」
リゼリアはグラスの中身を飲み干し、カウンターに代金を置いた。
そして、ミミに「行きましょう」と言って店を出て行こうとする。
「え? バカンス? どこに?」
ブーニーは目を点にしながら問うた。
「アーメイル王国ですわ。海とカジノを堪能しながらリフレッシュするつもりですの」
「遠すぎるだろ! すぐに戻って来れない距離じゃねえか!?」
ブーニーはリゼリアに「中止できねえか!?」と慌てて問うが……。
「今すぐこのクッセェ街から離れないと私の肺がオシャカになりそうですわ。潮風で肺を綺麗にしないと耐えられませんの」
リゼリアは振り返りもせず、ブーニーに「ごきげんよう」と告げた。
後に続くミミも満面の笑みを浮かべて――
「おじさん、またね」
そう言って二人は店を出て行った。
その後、二人はバカンスの準備をして駅へ向かう。
一等車に乗り込むリゼリアはバカンス用の上品なドレス、大きな帽子とサングラスも身に着けて。
従者であるミミはいつものメイド服を着用しているが、既に膨らませた浮き輪を腰に装備。更にはリゼリアとお揃いのサングラスを装着しながらブンブンと尻尾を振りまくる。
「海、楽しみですねっ!」
「ふふ。楽しいのは海だけではありませんわよ。ビーチ沿いにはカジノや高級レストランも並んでいますの」
これから向かうアーメイル王国は大陸二大観光地と有名な国である。
綺麗な海を満喫できるだけじゃなく、煌びやかなカジノで思う存分遊ぶこともできるし、高級ホテルや高級レストランで美食の限りを尽くすこともできるのだ。
「特に夕日が沈む海を眺めながら一杯やるのは最高ですわ。あれこそが人生最高のひと時と言うのでしょうね」
クッツワルドでは体験できないことがたくさん。
きっとミミも気に入るはずだ、とリゼリアは笑いながらボックス席に座った。
そして、列車が発進するベルが鳴ると、彼女達を乗せた列車はゆっくりと走り出して。
車窓の外に映るクッツワルドの街からどんどん離れていく。
「……何だか夢みたいです」
遠ざかっていく街を眺めながら、ミミは小さな声で呟いた。
――暴力と貧困にまみれたスラムで生きていた少女の人生は変わった。
一人の淑女と出会い、ミミは前を向いて歩けるようになったのだ。
「あの時、リゼリア様に声をかけてよかった」
俯きながら泣きじゃくる少女はもういない。
死んだ母親が心の底から望んだ、満面の笑みを浮かべている。
「貴女には人を見る目があったということですわね」
フッと笑ったリゼリアは車窓の外に顔を向ける。
ガラスに反射する彼女の顔には、遠くへ行ってしまった姉を想うような優しい笑みが浮かんでいる。
彼女は再びミミへ顔を戻すと――
「ミミ。心ゆくまでバカンスを楽しみますわよ!」
「はいっ! リゼリア様!」
愛する人を失い、復讐を糧に淑女へと至った元貴族令嬢。
母親を失い、淑女の元で見習い侍女として共に歩む元スラム暮らしの少女。
互いに苦難を乗り越えた二人の人生は、これからも続いていく。
私の邪魔をするやつは全員殺しますわよ ~約束を守りたい少女と婚約破棄王子三連続殺害依頼 編~ ――完
最後まで読んで下さりありがとうございました。
またムシャクシャパワーが溜まったら書くかもしれませんが、ひとまずはここで終了です。
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