第23話 ケツを振ったアバズレ 前編
「リゼリア様~! こっち、終わりました!」
「ご苦労様、ミミ。しかし、まだ来るかもしれませんから油断しないように」
リゼリアとミミが北東にある倉庫街を目指して進んでいると、例の傭兵団と思われる連中から二度も襲撃を受けた。
一度目、二度目共に襲って来た人数は八名。
どうやら分隊単位で動いているようだが……。
「どいつもこいつも下っ端ですわね」
相手はチンピラ以上、新米騎士以下といった実力。
どう考えてもリゼリア達を相手にするには弱すぎるし、噂の傭兵団として考えると簡単に切り捨てられる捨て駒級の人材ばかりだ。
「倉庫街に到着してからが本番かしら?」
恐らく、向こうは自分達の実力を計っているのだろう、と。
捨て駒を当てて体力の消耗を狙いつつ、こちらの動きを確認しているに違いないと彼女は語る。
「どうしますか?」
「決まってますわ。真正面から食い破りますわよ」
リゼリアは光輝石をリロードしながら邪悪な笑みを浮かべる。
「私、こういった状況を力押しするのが大好きですのよ? 向こうの予想を上回れば上回るほど相手の絶望感が増すでしょう?」
小細工無し。
真っ直ぐ、真正面から、圧倒的な力によって相手の予想を裏切る。
力の差をこれでもかと見せつけ、相手を絶望の淵に叩き落とした時こそ面白い。
「そうなれば後は簡単ですわ。いつも通りに処理するだけ」
既に彼女の恐怖支配は始まっている。
「さぁ、参りましょう」
一歩ずつ、確実に。
彼女達は敵が待つ倉庫街へと近付いていく。
――倉庫街に到着するまでに二度の襲撃を受けるも、それらを難無く処理した二人。
倉庫街の入口に立ったリゼリアは周囲を軽く見渡す。
「ふむ……」
この時点で既に彼女は敵の待ち伏せ箇所を予想。
その一つは倉庫の屋根上にいる狙撃手だ。
「ミミ、ここから十一時と三時方向にある倉庫。その屋根に狙撃手がいますわ。殺して来て下さいます?」
「はい、分かりました」
ミミがタタッと駆け出して行く中、リゼリアは堂々と倉庫街を進んでいく。
狙撃地点から彼女を狙っていた者からすれば、隙だらけに見えただろう。
加えて、相手は入口に立っただけで自分達の位置を正確に把握できるはずがないとも思っていたはずだ。
「へへ……。やっぱり素人じゃねえか」
狙撃用にカスタマイズされた魔砲を構える男はニヤつきながら呟いた。
彼は元クルストニア王国騎士団に所属しており、素行不良で除隊扱いになってしまった人間だ。
しかし、狙撃の腕はピカイチ。
それを買われて傭兵団にスカウトされた、という経歴を持つ。
「俺達に敵うやつなんざ、この世にいねえさ」
傲慢な態度でも注意されることなく、逆に勇ましいと尊敬されて多額の報酬も貰えるのだ。
殺せれば殺すほど金が貰える傭兵団は彼にとって天職だったろう。
しかし、彼の背後に小さな影が忍び寄る。
「くたばり――」
プシュ。
「な?」
喉元に違和感を感じた男はすぐに気付いた。
やられた、と。
しかし、死ぬ前に一矢報いてやろうと振り向くも、そこには誰もいない。
「こっちだよ」
左の耳から聞こえた。
視線だけを向けるとメイド服を着た少女がいる。
無表情で、血に濡れたナイフを握っていて。
「―――」
ミミはトドメの一撃を加えると、すぐにその場から移動を開始。
次は三時方向にあった倉庫だ。
倉庫の屋根をぴょんぴょんと飛びながら素早く移動して行くが、もう一人の狙撃手がその姿を捉えた。
「子供ッ!?」
三時方向にいた狙撃手は女。
彼女はミミを撃ち抜こうと狙いを定めるが、悉く当たらない。
「はや――」
もう無理だ。接近戦に備えるべきだ。
そう判断した時には既に遅く、彼女の頭上にミミの影が落ちる。
「あ――」
女狙撃手はナイフを抜く間もなく、ミミに殺害された。
◇ ◇
一方、地上ではリゼリアを近付けさせまいと傭兵団のメンバーが応戦を開始。
彼らは倉庫の陰に隠れたり、積まれたまま放置されている木箱などを遮蔽物にリゼリアへ魔砲を撃ちまくるが……。
「あいつは化け物かッ!?」
どんどん仲間が撃ち抜かれていく。
彼女が放つ魔砲は百発百中。殺せる瞬間があれば必ずその時を撃ち抜く。
対し、傭兵団の攻撃は掠りもしない。
「んふふ。メインディッシュ前の運動といきましょう」
堂々と歩いていたリゼリアは邪悪に笑い、今度は力強く地面を蹴って走り出した。
「おーっほっほっほっ! かくれんぼは飽きてしまいましたの! どなたか私と踊って下さる~?」
走りながら倉庫の陰に隠れていた男を撃ち抜き、進行方向には別の男達が身を隠す木箱が。
それを追い越すように飛び込み、空中で華麗な側転を決めながらも遮蔽物に隠れていた男二人の脳天をぶち抜く。
くるんと回転した彼女は百点満点の着地を決めつつ、その勢いを利用して更に加速。
今度は右手側の倉庫に隠れていた男達へと突っ込んでいき、彼らへ到達する前に半数を射殺。
「いけませんわねえ! 隠れてばかりではレディの心は射貫けませんわよ?」
圧倒的な圧に体が竦んだ残りをリズムよく射殺して、また次の獲物を狩りに走りだす。
「女ひとり止められんとは何事だッ!」
途中、激を飛ばしたのは大盾を持つ大男だ。
恐らく、交戦中の部隊を指揮する指揮官なのだろう。
彼は対魔術防御コーティングが施された大盾を前に、彼女へ魔砲を連射する。
「んふ」
しかし、彼女は止まらない。
真正面からの連射をすり抜けるように走る。
一切の射撃をせず、相手の構えた大盾に向かって一直線に向かい――
「なッ!?」
彼女は大盾を蹴って飛び上がった。
大男の頭上でくるんと身を翻し、真下にいる大男に向かって二丁の魔砲を向けるのだ。
「私、動けないマッチョは好みではありませんの。ごめんあそばせ?」
頭上から二発。
大男の頭部を破壊すると、綺麗な着地を決めて残りを間髪入れずに射殺。
計四十名の傭兵が十分も持たずに全滅してしまった。
「やっぱり、クルストニア王国程度では物足りませんわね」
過去の戦争で戦った騎士達もそうだった。
現状で東部最強の軍を持つと言われるクルストニア王国であっても、彼女と対抗するには質が足りない。
「さて、あのアバズレはどこにいらっしゃるのかしら?」
光輝石をリロードした彼女は再び周囲を見やる。
すると、屋根の上にいたミミが手を振っていることに気付いた。
彼女は手を振った後、すぐ傍にある倉庫を指差してアピールする。
「ミミ! 貴女は外で待機していなさい! 邪魔者がいれば殺して構いませんわ!」
リゼリアがそう叫ぶと、ミミは大きな丸を手で作った。
◇ ◇
ミミが指し示した倉庫に侵入すると、中にはフルプレートメイルを装備した四人の傭兵が待機していた。
その後ろには雇い主と思われるルイーゼの姿がある。
「ごきげんよう、ビッチ。未払いの報酬を回収しに参りましたわ」
美しい笑みを浮かべるリゼリアに対し、ルイーゼの表情には焦りがあった。
「貴女、本当に何者なのよ……」
「あら、それは貴女がよく知っているのではなくて?」
元サフィリア王国貴族令嬢にして『王家のナイフ』と呼ばれた家の長女。
「もしかして、私をただの殺し屋だと思っていたのかしら?」
今は最高の淑女にならんと高みを目指し続ける女性。
「……そうね。誤算だったのは認めるわ」
負けじと表情を作るルイーゼ。
「私の計画では、貴女は既に死んでいるか大怪我を負っているはずだったわ」
彼女は求められもしていないのに語っていく。
――ルイーゼが三人の王子を殺害しようと計画していたことは確かだ。
仲介人であった彼女の元に偶然にもゲルト王国の王子ダリルとハーデンジア王国の王子クリス、両名の殺害依頼が舞い込んできたことも本当の話。
ただ、三人目のクルストニア王国第二王子フィルの殺害依頼は発生していなかった。
しかし、彼女は二件の殺害依頼が舞い込んできた際、第二王子フィルを殺すことで自身の復讐も果たせると考えた。
つまり、三人目の殺害依頼はでっち上げ。
完全に個人の復讐を果たすためにそれらしい理由を付け加えただけの状態だった。
だが、現実問題として自分自らの手では三人の王子を殺せない。
誰か代わりに殺してくれる人間を雇わねばならなかったが、彼女は既に仲介人として活躍していたので解決は簡単だった。
「私はあくまでも仲介人。殺し屋を使い捨てれば私に辿り着くはずがない」
殺し屋を雇い、その殺し屋が死ねば完全犯罪が成立する。
決して裏切らない、裏のプロを雇えばいい。そういった連中が存在していることはよく知っている。
だが、どれだけ優秀な殺し屋でも分厚い護衛を相手に無事で済むはずがなく、仮に成功しても大きな怪我を負って帰ってくるだろうと彼女は予想していた。
それすらも彼女は利用しようと考える。
任務を遂行した上で怪我を負い、弱った殺し屋を自らの手で殺す。
そうすることで報酬を払わずに済み、また次の殺し屋に払うはずだった報酬を見せつけて依頼を頼めばいいと。
計画を立てた彼女は殺し屋の選定に入った。
そこで見つけたのだ。
リゼリアという女性を。
「貴女を選んだのは八つ当たりに近かったわ」
地獄を見た自分は誰よりも不幸。
殺し屋を生業とするリゼリアを見つけた際も「元家臣がのうのうと生きているなんて許せない」と怒りを抱いたという。
「だからね、貴女にも思い知らせてやろうって考えたの。どうせ金で釣れば簡単に頷いて、私の願いを叶えながら惨めに死ぬと思っていたわ。死体になった貴女にざまぁ見ろって言ってやろうと思ってた」
元家臣を復讐の駒に使い、ボロボロになって戻ってきたところを殺す。
地獄を見た自分がこの世で一番不幸なのだから、元家臣だって不幸に死んでもらわないと『見合わない』といったところだろうか?
しかし、ここで彼女は大誤算を犯してしまう。
何故ならリゼリアは『リゼリア』だったからだ。
「貴女は怪我を負うどころか、無傷で帰ってきたわ!」
それがどれだけイラついたか。それがどれだけムカついたか、と。
見せつけるためだけに用意していた報酬を払わなければいけなくなったし、リゼリアは元家臣とは思えない態度で接してくるのも癇に障ったと。
「ほんっとうにイラつく! 本当にムカつくわ! 貴女は私に頭を下げる側の人間でしょうがッ!!」
本来であれば個人的な復讐を果たして終わりのつもりだったが、ここでルイーゼは計画を変更した。
「貴女が優秀な殺し屋だというのは嫌ってほど理解できた。だから、貴女を利用することにしたの」
三人目のターゲットであるクルストニア王国第二王子フィルの殺害。
これを最大限に利用し、自身の利益にしようと計画。
彼女は第一王子派に接触し、第二王子フィルの殺害を持ち掛ける。
彼女の空想であった殺害依頼を本物にしたのだ、とニヤつきながら語る。
「第二王子を殺す代わりに、私は第一王子派の人間として迎え入れてもらう。クルストニア王国で成り上がるつもりだったのよ?」
彼女が目指したのは闇のフィクサー、といったところだろうか?
第一王子派が邪魔とする人間を消す手伝いをする、第一王子派お抱えの仲介人。
「そうすれば、私がまた貴族になるのも夢じゃない! また地位も手に入れて、お金も手に入れて! また元の生活に戻れるのよ!」
仕事をこなせば莫大な金が手に入る。信頼されれば名誉を得られ、また貴族に返り咲くことも夢じゃない。
全てを失った人間が、再び全てを手に入れるための道を目指したというわけだ。
「だけど、貴女が生きていては不安だわ」
しかし、この世にはリゼリアという女性がいる。
彼女が成り上がるための障害になり得る女性がいる。
仮に誰かが『第一王子派に協力するルイーゼという女を殺して欲しい』とリゼリアに依頼したらどうなるだろう?
彼女は確実にルイーゼを殺すだろう。
「私はもう何も失いたくないの。もう地獄を見るのは懲り懲りなのよッ!!」
だから、殺す。
自分が殺される前に、全てを失う前にリゼリアを殺す。
そのために第一王子派へ傭兵団を派遣してもらうことも条件の一つとして組み込んだ。
これがルイーゼの描いた計画の全て。
「――ああ、終わりまして?」
しかし、なんということでしょう!
ビッチが計画を明かしている間、リゼリアは爪の手入れに集中していて全く話を聞いていなかったのです!
「貴女、話が長いとよく言われませんこと? 話の長い女は殿方に嫌われますわよ?」
リゼリアは磨いた爪にフッと息を吐きかける。
そして、ようやく視線をルイーゼへと向けた。
「私、貴女の計画なんてこれっぽっちも興味ありませんわ。今の私は仕事の対価である報酬を回収したいだけですの」
専用の爪ヤスリをしまうと、美しい笑みを浮かべながら二丁の魔砲を抜く。
「私はね? 基本的に優しい人間ですのよ? 貴女がどれだけ馬鹿で憐れで救いようがない人間だったとしても、仕事上の関係を保とうと努力してきましたのよ?」
そう言いながらも、彼女の美しい笑みが徐々に崩れていく。
「私、約束を破る人間は大っ嫌いですのよ? 特に金を払わない人間は殺したいほど嫌いですの」
笑みは崩れ、代わりに彼女の口元には三日月が浮かぶ。
「ですから、覚悟なさって? すぐに殺した王子達の元へ送って差し上げますわ」
彼女は魔砲をクロスさせながら口元を隠し、明確な殺意に染まった瞳でルイーゼを見つめる。
「あの世でまた連中に腰を振りなさい、アバズレ」
笑顔も三日月も消え、彼女の見せる本気の殺意が倉庫の中に充満していく。




