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第21話 金で命は買えない 後編


 敷地内に入り込んだミミは裏口から屋敷の中へと潜入した。


 前回は終始オドオドしていたが、今の彼女は見違えるほど堂々としている。


 潜入した彼女は一旦部屋の隅に積まれていた木箱の影に隠れ、彼女に気付かないまま素通りする使用人の恰好を観察。


 全体的な服装は同じくメイド服であるが、着用するエプロンの形状が大きく違う。


 それ以外は色も同じとあって、ミミはエプロンを外した状態で歩きだした。


「…………」


「…………」


 廊下で使用人とすれ違うも、相手はミミを一瞥するだけで何も言わない。


 堂々と歩く彼女を見て「あんな子いたっけ?」と内心は思っているだろうが、あまりにもミミが堂々と歩いているので疑問を口にするまでには至らないのだろう。


 途中、使用人用の更衣室を見つけた。


 そこに入り込み、積まれていた木箱の中から新品のエプロンを調達。


 身に着けた上で再び廊下を歩きだす。


「本当に侵入者なんて来るんですか?」


「さぁ? 殿下は酷く怯えているが……」


 廊下には騎士と傭兵がこれでもかと配置されている。


 聞こえて来るのは『侵入者が現れる』という話題だ。


 第二王子フィルは「近いうちに殺し屋がやって来る」と騒いでいるようで、通常警備の騎士達に加えて傭兵まで雇って警備を強化している様子。


 廊下を進むと更に情報が。


「侵入者が来るってどこの情報?」


「なんでも、ガーネッシュ伯爵が第一王子派の話を盗み聞いたらしい」


 ガーネッシュ伯爵とやらは第二王子派の人間なのだろう。


 第一王子の刺客が殺しに来るとの情報を得て、この厳重な警備を敷いているようだ。


 ――これはリゼリア達を第一王子が放った刺客だと勘違いしているのか?


 あるいはタイミングが重なったのか。


「…………」


 ミミは警備事情を耳にしつつも厨房へと入り込む。


 そこでワインボトルとグラスをトレイに乗せて再び廊下へ。


「あの、すいません」


 彼女は近くにいた傭兵に声をかけた。


「殿下はどのお部屋にいるんでしょう? ボク、まだこのお屋敷に来たばかりで……」


 自分は新人の使用人なんです、と。


 質問する相手に傭兵を選んだのは、正規の騎士よりも騙しやすいと考えたからだろう。


「殿下は地下室にいるよ。屋敷の西側だ」


「ありがとうございます」


 逆方向を指差す傭兵に礼を言い、ミミは地下室を探すべく行動開始。


 西側に到達して歩き回ると、地下室へ続いているであろう階段を守る騎士達の姿を見つけた。


 階段前を警備する騎士は六人もいる。


 恐らくは地下にも護衛はいるはずだ。


「ワインをお持ちしました」


 ミミが騎士達に近付いて告げると、騎士の一人がワインとグラスを受け取って下に降りていく。


 使用人でさえも近付かせない、という鉄壁の守りを貫くよう命じられているようだ。


「……近付けないな」


 彼女は早々に判断を下した。


 しかし、これは良い判断だったろう。


 彼女が無理に突っ込んで騒ぎを起こすよりも、リゼリアの協力を得た方が確実性がグンと上がる。


 というより、確実になる。


 ミミは廊下の壁に掛かっていたランプを外し、外に向かって合図を出す。


 カチカチと照明を点滅させると――正面玄関方向からドカンと派手な爆発音が鳴った。


 リゼリアが突っ込んで来た音だろう。


「何事だ!?」


 直後、数人の騎士が玄関へ向かおうとミミの傍までやって来た。


「―――」


 彼女はナイフを抜き、現れた騎士達の首を斬り裂く。


「ぐ!?」


「がっ、あ、あ……」


 首から吹き出る血を手で押さえながら、騎士達は廊下に沈んだ。


「おい、どうした!?」


 数秒後、たまたま近くにいた騎士が苦しむ彼らを発見。


 ミミはすぐに血濡れのナイフを背に隠す。


 まだ息のある騎士は声が出せないながらも、必死のジェスチャーで「この少女が敵だ」と示すが……。


「きゃああああ! 助けてえええ!!」


 ミミは悲鳴を上げ、こちらへ向かって来る騎士へと走りだす。


「犯人が向こうに!」


「なにっ!」


 彼女は廊下の先を指差しながら演技すると、騎士はそれをすんなりと受け入れてしまった。


「嘘でーす」


「ぎゃ!?」


 彼女はべっと可愛らしく舌を出し、ナイフで騎士の首を刈る。


「リゼリア様の言った通りだ。演技力ってすごいんだ」


 廊下に横たわった騎士を見下ろすミミは、先生の教えを思い出しながらウンウンと一人で何度も頷く。


「次はどうしようかな?」


 ミミは玄関方向へと顔を向け、ピコピコと耳を動かす。


 聞こえるのは人の悲鳴と爆発音。


 微かに「悪魔だ!」と絶望する男性の声。


 それらは着実にミミの方へと近付いてくるのだ。


「逃げないように見張ってよう!」


 よく考えた結果、彼女は地下室に引き籠る第二王子が逃げないよう見張るという選択を選んだ。


 彼女は廊下の陰に隠れつつ、地下室の入口を固める騎士達をじーっと見つめ続けた。



 ◇ ◇



 合図を受けて屋敷の中へと突撃したリゼリアは、行く手を阻む騎士と傭兵を射殺しながら廊下を進む。


 ミミが合図を出した地点まで到達すると、廊下の陰からにゅっと狼の尻尾が飛び出した。


「リゼリア様~」


 フリフリと尻尾を振るミミに近付くと、完全に姿を晒した彼女は笑顔で手を振る。


「ミミ、状況はどうなっておりまして?」


「第二王子は地下室に引き籠っているって話で、ボク一人で行くよりもリゼリア様を呼んだ方がいいと判断しました」


 自分の判断を語るミミに対し、リゼリアは笑顔で頭を撫でる。


「良い判断ですわ」


「えへへっ」


 ぶんぶんと尻尾を振りながら笑みを浮かべるミミであったが、すぐにシャキッと態度を改めて。


「地下室の入口も見張っておきました!」


 角を曲がれば入口が見えてくる、とミミはリゼリアの手を引いて曲がり角に近付く。


 曲がり角の先――地下室へ続く階段の前には四人の騎士が首から血を流して倒れてた。


「あれは?」


「隙だらけだったので先に()っておきました」


 リゼリアを待っている間、ミミが始末したらしい。


「その方がリゼリア様のためになると思ったんですが……。間違ってましたか?」


「いいえ。素晴らしい判断ですわ。貴女も成長してきましたわね」


「わふふ♡」


 再び頭を撫でられるミミは、その愛情表現を尻尾で表す。


 もう尻尾が千切れるんじゃないかってくらい激しく揺れていた。


「それでは、引き籠り王子のツラでも拝みにいきましょうか」


 リゼリアはミミを連れて階段を下っていく。


 階段の下には一枚のドアがあって、その先に第二王子を守る騎士が待ち構えていることは容易に想像できる。


「ミミ、準備はよろしくて?」


「はい」


 ドアの前で魔砲を構えたリゼリア。


 彼女はドアに向かって魔砲を連射していく。


 次第に穴だらけになったドアはドアの役割を果たせなくなり、人が通れるほどの大穴を開けた。


「ごきげんいかがかしら~?」


 大穴から中の様子を窺うと……。


「あら」


 広い地下室の中、怯える第二王子を背に隠しながら大盾を構える三人の騎士がいた。


 自身の体をすっぽり覆い隠せるほどの大盾で防御姿勢をとっていた騎士達は無傷だ。


 それどころか、リゼリアの連射を受け止めたであろう大盾にも傷一つ付いていない。


「対魔術防御コーティングの盾ですわね」


 クルストニア王国の最新兵器であり、かつてサフィリア王国が開発した対魔術防御鎧の仕組みを応用した技術。


 滅亡した故郷が生み出した技術を元とした最新兵器は、彼女の魔術を全て霧散させていたようだ。


「我々に魔術は効かん」


 騎士達は自慢気に大盾を構え直し、大盾に開けられた覗き穴からリゼリア達を睨みつけてくる。


 もう片方の腕で槍型の魔砲――銃剣を装着したライフルに似た形の最新式魔砲をリゼリア達へと向けてニヤリと笑った。


 鉄壁、そして魔砲という攻撃力。


 剣を装着することで槍としても使え、近接戦闘にも対応できるという完璧な形。


 これが今のクルストニア王国騎士団が誇る最新装備――なのだが。


「ここまで来るまでに遭遇した騎士達は装備しておりませんでしたわね」


 対魔術防御コーティングという技術は非常に高価だ。


 それに生産性がすこぶる悪い。


 その上、魔術防御を何度か繰り返しているとコーティングが劣化していくので防御性能が大幅に下がっていく。


 現状では使い捨ての技術であり、永続効果を持つ素晴らしい技術とは言い難い。


 開発元であるクルストニア王国でも全騎士に適応させる、というのは難しい状況であった。


「第二王子は意外とケチなのかしら?」


 とは言え、王族の護衛全員に『国内最高の装備品』を行き渡らせないのもおかしな話だ。


 王族とは他の誰よりも守るべき存在なのだから。


 その疑問に対し、リゼリアは敢えて挑発するような声音と態度を見せる。


 すると、奥でビクビク怯えていた第二王子が何か言いたげに口を開けるが……。


「殿下はケチなどではないッ!」


 ケチと言われた本人が何かを言う前に、彼を守る騎士の一人が怒声を上げる。


「第一王子が殿下を殺したくてたまらないせいだろうがッ! 我々に装備を渡さないよう小細工しているくせにッ!」


 恥を知れ! と、全く関係ないリゼリア達へ怒りをぶつけてくる。


「そう言われましても」


 肩を竦めるリゼリアはミミと顔を合わせて再び肩を竦めた。


「しかし! 我々は決して挫けない! 殿下はこの国の将来に必要不可欠な御方! 我々は負け――」


 ダン。


 騎士がお気持ち表明している途中だが、リゼリアは無言で魔砲をぶっ放した。


 放ったのは風属性のスピア弾だ。


 針のように鋭く、細い弾。


 普通ならば対魔術コーティングのなされた盾で防御されてしまう。


 コーティングが施された金属面に衝突することで魔術の弾は無力化されて消失してしまうだろう。


 しかし、それは有象無象の魔術師ならという話。


 凡人が相手だったらという話。


 彼らが相手にしているのはリゼリアという淑女だ。


 彼女の放った弾は大盾に開けられた『覗き穴』へと吸い込まれていく。


 覗き穴を通過したスピア弾は騎士の片目に直撃。目を突き破り、後頭部に穴を開ける。


「た、隊長!?」


 お気持ち表明隊長様は死んだ。

 

 たぶん、本人も気付いていない。


 体から魂が抜けていく中でもお気持ちを表明し続けていることだろう。


「貴方、話が長すぎますわ。レディを待たせるなんて殺人罪よりも重い罪でしてよ?」


 だから死んだのだ、と言わんばかりにリゼリアは邪悪に笑う。


「ミミ、魔術が効かないからと言って臆することはございませんの。所詮は大きな盾ですわ」


 レクチャーする彼女は再び魔砲を構えてトリガーを引く。


 二発目のスピア弾も覗き穴へ吸い込まれるように進み、盾越しに騎士の肩を貫いた。


「ギャッ!」


 激痛に態勢が崩れた瞬間、リゼリアは露出した頭部を撃ち抜く。


「他にも後ろへ回り込んで殺す、という方法がございますわね」


 騎士のミソが飛び散る中、彼女は指でくるりと円を描くジェスチャーを添える。


「なるほどー」


 レクチャーを受けたミミがナイフを構えると、彼女は「トン」と足音だけを残して消える。


「こうですか?」


 超スピードで騎士の背後に回ったミミ。


 彼女は空中でナイフを振りかぶり、背後から騎士の首を斬り裂く。


「ええ。実に良い動きですわね」


 刈られた騎士の頭部が床に落ちると、立ったままだった首無しの体が揺れて倒れた。


「さぁて。最後は貴方」


「ひぃぃぃぃ!!」


 全ての護衛を殺された第二王子フィルは壁に背を密着させながら悲鳴を上げる。


 リゼリアがコツコツと足音を鳴らしながら近付くにつれ、彼の恐怖は増していくのだろう。


「あ、オシッコ漏らしてる!」


 最終的にはミミに指摘される事態となってしまった。


「ぼ、僕は、僕はまだ死にたくない! 死にたくないよォー!」


 壁へ縋るように密着し、上からも下からも液体を流し続ける第二王子フィル。


 リゼリアが彼に発射口を向けると……。


「ま、待って! 待ってくれ! き、君達は兄上に雇われたんだろう!? いくらで雇われた!? 僕は兄上の倍――いや、三倍出す!」


 だから殺さないでくれ、と必死の命乞い。


「あら、さすがは金儲けに定評のある王子様。しかし、私はそんじょそこらの殺し屋とは比べ物にならないほど高価でしてよ?」


「だ、大丈夫さ! ぼ、僕は大金持ちだからね!」


 助かる見込みがあると感じたのか、第二王子フィルは怯えながらも左を指差す。


 そこには大きな金庫があった。


「あ、あれには僕が隠して貯めていた金貨が入ってる!」


「へぇ。中身はどれくらいありまして?」


「ク、クルストニア金貨が千枚! それと宝石も!」


「ほっほー」


 リゼリアは笑みを浮かべ、金庫へと近付いていく。


「番号は――」


 第二王子フィルが金庫を開ける暗証番号を告げ、リゼリアが金庫を開けると――


「まぁまぁ!」


 金庫を開けたリゼリアの顔が金色の光で照らされるほどの大金が本当に詰まっているではないか。


 他にも希少で価値の高い宝石もぎっしり。


 過去イチの『ボーナス金額』を叩きだすのは間違いない。


「ミミ、回収なさい」


「はい」


 ミミに回収を命じ、彼女は再び第二王子の前へ。


「ど、どう!? これで逆に兄上を殺してくれないか!?」


「んー、それもよろしいけど」


 彼女はニヤリと笑みを浮かべる。


「私、第一王子の命令で貴方を殺しに来たのではありませんの」


「え!? じゃあ、誰!?」


 予想外の答えに困惑する第二王子フィル。


「昔、貴方は犬を飼っていたでしょう? 従順に腰を振るサフィリア産のメス犬ですわ」


 真実を告げると、第二王子フィルの顔には徐々に何かを思い出したかのような表情が見え始める。


「あ、あの女ッ! あの女かッ!? じゃあ、ダリルとクリスが死んだのも――」


「今頃気付きましたの? 本当に金稼ぎ以外は才能がありませんのね?」


 口元に三日月を浮かべたリゼリアは、発射口を第二王子の額に押し付ける。


「だから貴方は死にますのよ」


 そして、容赦なく引き金を引いた。


「ミミ、回収できたかしら?」


「はい!」


 ミミの足元にはパンパンに膨れた革袋が二つ。


 二人はそれを持って屋敷を後にする。


 もちろん、爆破された屋敷をバックにして。


「本当に応援が来ませんでしたね?」


「予想通りだったでしょう? 今頃、第一王子は祝杯を上げていますわ」


 第二王子の屋敷が大爆発したというのに、貴族街には騎士が一人も現れない。


 騒いでいるのは近隣に住む貴族達くらいだ。


「帰って報酬を受け取ったらバカンスに行きましょう。南の国で海を眺めながらのんびり過ごしますわよ」


「え!? 海ですか!? ボク、海を見るの初めて!」


 革袋を担ぐミミは「やったー!」とぴょんぴょん飛び跳ねる。


「ふふ」


 ミミのリアクションに笑顔を見せつつも、リゼリアはクッツワルドのある方向へ顔を向ける。


「さぁて、どんな反応するかしら?」


 遠く離れた場所にいるメス犬(・・・)に向かって、彼女は期待するようにニヤリと笑ってみせた。


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