第20話 金で命は買えない 前編
リゼリアとミミはクルストニア王国王都に到着。
駅を出ると、自然と調和した駅前広場にミミは「わぁ」と声を漏らした。
「すごく綺麗な街ですね」
さすがは戦勝国の王都と言うべきか、あるいは大陸東部ナンバーワンの経済国家と言うべきか。
道は全て石畳で整えられ、歩道と馬車道が完全に分けられている。
歩道の横には綺麗な花が咲く花壇が並べられ、木陰を作る背の高い木の傍には休憩用のベンチまで揃っている。
広場中央には大きな噴水があって、噴水の中央には二羽の国鳥が水辺で踊る姿を表した彫刻が配置。
他にも周辺には歴史を感じさせながらも綺麗な外観を保つ商店がズラッと並んでいる。
犯罪と汚職にまみれ、大きなスラムを有するクッツワルドとは大違い。
天と地の差がある。
「金の匂いがしますわねぇ」
潤っている国にありがちな特徴だ。
順風満帆だった頃のサフィリア王国も似たような景色を見せていた。
「しかし、裏では卑しい争いが激化しておりますのよ」
ホテル『ムーンライト』へ向かう途中、リゼリアは北側に見える大きな城を見て言った。
「王子様はお城にいるんですか?」
「いいえ。北区にある屋敷に引き籠っているという話ですわ」
屋敷の場所は北区にある『貴族街』の奥だ。
そこに第二王子フィルの私邸があり、本人はガチガチに固められた警備の中にいるという。
「私達が来ると知っているんですか?」
「どうでしょう。私達以外を警戒していると思いたいですわね」
王城を睨みつける彼女は言葉を続ける。
「私達以外だとすれば、第一王子ですわね」
「第一王子?」
「この国の第一王子と第二王子は仲が悪いんですのよ」
王位継承権一位を保有するのは当然ながら第一王子であり、第二王子であるフィルは二番手だ。
これがそのままストレートに進めば何の問題もないのだが、そうもいかないのが継承権問題というもの。
「第二王子は王様になりたがっていますのよ。王城の中にも第二王子を次の王にするべきだと主張する者もいるそうですのよ」
第二王子フィルは『金稼ぎ』が上手い。
サフィリア王国との戦争で光輝石鉱山を占有したことにより、現在では東部地域で光輝石輸出量がナンバーワンとなっている。
加えて、大陸北部で活発化する紛争地域にも光輝石を供給しており、単純に金・銀などの鉱石を輸出するよりも利益を生んでいるのだ。
「光輝石は消耗品ですもの。金銀よりも需要が高くなりますわ」
魔砲が普及すればするほど、戦いの中で活躍すればするほど、光輝石という物の価値は高くなる。
先の戦争でハーデンジア王国に金銀鉱山を譲ったのはこれを見越してのこと。
フィル王子は光輝石を占有した方が将来的に金になると予想し、大陸北部で紛争が始まったことで見事に的中させた。
加えて、サフィリア王国から対魔術防御研究の研究成果を奪ったこと。他二か国にバレないよう独占したことも加点評価と言えよう。
「金稼ぎの才能というものは国にとって重要ですわ。国が潤えば貴族も潤う。となれば、第二王子を次の国王にと推す者も出ましょう」
対し、継承権一位の第一王子はどうか。
彼は父親譲りの堅実な政治を好む人物で、好きな言葉は『安定』『保守』といった感じ。
あまり大きな改革を好まず、代々続く政策を推し進めようとする人間。
周囲に利益を生まず、ただ黙々とクルストニア王家の夢を叶えようとする人間だ。
「堅物で昔気質な貴族には好まれるでしょうね」
筋金入りのクルストニア人だったり、代々王家と親密な歴史ある貴族だったり。
そういった種類の人間は第一王子が王位に就くことを当然と考えるし、そうなるべきだと考えているはず。
「つまり、新旧貴族の戦いでもありますのよ」
新しいタイプの貴族――自分達の特別な地位と権力を愛し、それを使って更に富を得ようとするタイプの人間。
旧世代の貴族は歴史や伝統を最も大事にしたいと考えるタイプの人間。
二種類の人間が次世代で覇権を握ろうと戦っている――というのが、継承権争いの裏テーマだ。
「そして、それをひしひしと感じている二人の王子。どちらもお互いを脅威と感じており、片方が王位に就いても油断はできないと考えているでしょう」
派閥争いが激化してクーデダーや内戦が勃発、なんてことも今の世の中では珍しくもない。
「自分の身を守るためにも、二人の王子は互いに殺す機会を伺っているでしょうね」
どちらも自身の地位を盤石にしたいと考え、どちらも「あいつ死んでくれねえかな?」と思っているというわけだ。
「……兄弟で殺し合うんですか?」
話を聞いたミミは心底理解できないといった感じで首を傾げる。
一人っ子ではあるものの、家族を心から愛していた彼女からすれば考えもつかないことなのだろう。
「育ちが悪いからそうなりますのよ」
リゼリアは肩を竦めながらムーンライトの入口ドアを潜った。
◇ ◇
夜、二人は堂々と貴族街へと進入していく。
貴族街の入口には大きな門があり、門の傍には二人の騎士が警備として立っていた。
普通ならここで止められる。
もしくは「怪しいやつめ!」と戦闘が勃発するに違いないが。
「ごきげんよう。良い夜ですわね」
「は、ハッ!」
ニコリと笑って挨拶したリゼリアに対し、二人の騎士は顔を赤くしながら慌てて騎士礼をとった。
そのまま堂々と門を潜って行くリゼリアとミミに制止の声は掛からず。
「……素通りできちゃいましたね」
「私ほど優雅な人間であれば当然でしょう」
警備に立つ騎士達は完全にリゼリアを敵と見做していなかった。
堂々としすぎていて――いや、気高く、気品があって、優雅な彼女は貴族の一員であると判断されたのだ。
貴族以外にあり得ないと判断されたのである。
「淑女に地位を表す位など不要。真にエレガントであれば、他人は自然とその気高さや気品を認めてしまうものでしてよ?」
「さすがです……!」
ミミは瞳をキラキラさせながらリゼリアを見上げる。
そして「自分も頑張るぞっ」と胸を張りながら気合を入れる姿は微笑ましい。
「あれですかね?」
貴族街を奥に向かって歩くこと数分、周囲の屋敷とは雰囲気の違う建物を発見した。
よく目を凝らしてみると、屋敷の正面門と庭には多数の騎士――いや、騎士だけじゃなく傭兵も混じった厳重な警備が敷かれている。
「確かにガチガチですね」
ミミが手で丸を作りながら目に当てて、ムムムと睨みつける。
正面門と玄関前の庭だけでも六人は目視できる。
二階にある窓の傍には、外を監視する騎士の姿が二人。
屋敷の中にはもっといるだろう。
「中で戦ったらお城から人がきちゃいますかね?」
「いえ、それはないでしょうね」
リゼリアは応援は来ない、と確信を持って言う。
「昼間にも言った通り、第一王子は第二王子を疎ましく思っていますわ。さっさと殺してくれ、くらいに思っているでしょう」
王城にいる第一王子の下に『第二王子の屋敷が襲撃されています!』なんて報が届いたら。
彼はほくそ笑みながら何もしないだろう、と。
「弟が死んだあと、国民の前で嘘の涙を流して終わりでしょう。周囲の人間に優秀な者がいれば、これを機に第二王子派の貴族を始末するかもしれませんわね」
仮にそうなったとしたら、第一王子派の評価を改めると彼女は言った。
「というわけで、今回は……。そうですわね」
リゼリアはミミに顔を向ける。
「改めて、貴女の試験としましょう」
彼女は最初のターゲットであったゲルト王国の王子、彼を殺害する際にミミへ課した試験内容を再び口にする。
「あの時と同じように、まずは貴女が一人で侵入なさい」
「第二王子の居場所を特定するんですね?」
「ええ。その通りですわ」
前回と同じようにミミが単独で侵入。
第二王子の居場所を特定したら合図を出す。
「近付けなかったらどうしましょう?」
「そうなればプランBでいきますわ」
「分かりました」
前回と違うところはミミの気合が十分だというところ。
「リゼリア様、見てて下さいね! 行ってきますっ!」
「ええ。期待していますわよ」
笑顔を見せるリゼリアに見送られたミミは、ムフンと気合を入れつつも尻尾をぶんぶんと振りながら敷地を囲う壁に向かっていく。
身体能力を活かした大ジャンプを決め、軽々と壁を飛び越えていった。




