第19話 三人目の殺害依頼
「さぁ、これで最後よ」
報酬の受け取りから一週間後、ルイーゼは最後の依頼をリゼリアに託した。
「最後のターゲットはクルストニア王国第二王子フィル」
彼女は第二王子フィルの情報が記載されたファイルを差し出すも、受け取ろうとするリゼリアの目を睨みつけながら離そうとしない。
「こいつがいなければ、私はこんな目に遭っていなかった」
そう呟いたルイーゼはようやくファイルから手を離す。
「あの戦争はクルストニア王国の計画だったって話、知ってる?」
「計画? サフィリア王国がブチギレたから起きたのではなくて?」
「いいえ。クルストニア王国がそう仕向けたのよ」
戦争の発端はクルストニア王国との貿易会議だった、とルイーゼは語りだす。
――過去、大陸東部最大の王国であったサフィリア王国は更なる領土拡大を目指して侵略計画を構築していた。
計画を構築する中、侵略を確実にするために「とある研究」を完成させようとしていたとルイーゼは明かす。
「対魔術防御研究よ」
魔術は大昔から存在する技術であるが、魔術を扱えるのは魔術師としての才能を持つ者だけだった。
使用できる者は神に愛された者だけとさえ言われていたが、後に『誰でも魔術師になれる』を実現した魔砲が開発される。
「当時は魔砲が普及しつつあって、その強さと脅威はどの国も感じていたでしょう?」
サフィリア王国も魔砲の利点に気付き、いち早く軍事導入を決めた国の一つだ。
東部最速で魔砲を導入し、数を揃え、扱う者達を育てたからこそ、東部統一の夢を掴めるほどの力を得られたと言えよう。
「だけど、戦争での魔砲戦は泥沼になりがちだわ」
サフィリア王国は大量の魔砲と兵力を投入して勝ち続けてきたが、次第に相手とする国にも魔砲は普及していき、サフィリア王国側が受ける被害も徐々に大きくなりつつあった。
真っ先に導入したアドバンテージは既に失われている状態――そこで次なる一手として考えたのが『対魔術防御』である。
「それまで単なる魔術の早撃ち合戦だった。防御するよりも先に相手を殺した方が楽だもの」
昔から対魔術戦の肝は「どれだけ早く魔術を撃てるか」であった。
魔術発動の要である魔術式を可能な限り簡略化しつつ、最大の威力を以て相手を滅すること。
この状況に行き着いた理由は、攻撃魔術の構築が防御魔術の構築よりも速くて楽だったから。
――防御魔術のデメリットはいくつかあって、一つは相手の攻撃をある程度予測しないといけない。
相手がどの程度の威力を持った魔術を使うのかを予想しつつ、相手の魔術よりも強度が勝る防御術を展開せねばならないのが最大のネック。
加えて、発動させた魔術を継続させようとすれば、より多くの魔力を消費することになる点も問題だ。
よって、相手の魔術発動に合わせて複雑な魔術式を最速で完成させつつジャストタイミングで魔術を相殺し、かつ相手との魔力残量差を考えると最適な魔術強度を導き出して魔力消費も抑えなければならない。
これら全てをミスしたら終わり。
強度不足で防御失敗。あるいは展開が遅れて死亡、後の攻防戦で魔力切れとなって死亡……などなど、問題が多すぎる。
「受けのリスクを選ぶよりも、早撃ちに賭けた方がまだ分がありますものね」
「ええ。だけど、世の中には攻撃魔術に代わる魔砲が登場したでしょう? だったら、対魔術防御も新しい形が生み出せるかもしれないと考えたの」
トリガーを引くだけで魔術を放つ魔砲が生まれた。
だったら、魔砲と同じくらい手軽に魔術を防御できる代物も作れるのではないか?
その発想を元にサフィリア王国が作り上げたのが『対魔術防御鎧』である。
「身に着けるだけで魔術を完全無力化する鎧。サフィリア王国はそれを完成させて東部統一を行おうとしていたのよ」
実際、防御回数に難はあったものの、試作品までは作り上げることができた。
しかし、本格導入するには生産に必要な必須素材が足りないという問題点が浮上する。
「暗晶石ですわね?」
「ええ。サフィリア王国内に暗晶石が採れる土地は無く、多くの埋蔵地を保有していたのがクルストニア王国なのよ」
そのため、サフィリア王国は研究に関する情報を秘匿としつつ、クルストニア王国から暗晶石を輸入しようと計画したが……。
「クルストニア王国は絶対的な否定を示し、貿易会議は決裂に終わったの」
当時のクルストニア王国は周辺国が首を傾げるほど強気な姿勢を見せ、暗晶石の輸出に対して無理難題な要求をしていた。
ルイーゼ曰く、その背景には今のクルストニア王国があるという。
「当時のクルストニア王国はサフィリア王国内にスパイを送り込んでいたのよ。そして、サフィリア王国の侵略計画と対魔術防御研究の情報を掴んだ」
当時のサフィリア王国は周辺国に東部統一を目指しているなどと大っぴらに宣言していなかったが、侵略を続ける姿を見れば誰でもその野望を想像はできただろう。
となると、東部の一員であるクルストニア王国もサフィリア王国に飲まれてしまう時が来る。
対魔術防御の研究が成功してしまえばサフィリア王国の軍事力は盤石となり、文字通り最強となった大国を相手にしなければならない。
最強大国を相手に戦争を始めれば確実に滅ぶし、戦争をしなくとも圧倒的な力を前にひれ伏すしかなくなる未来が待っているわけだ。
「サフィリア王国に弱点があるうちに打倒しようと考えたのよ」
相手が最強になる前に潰す。
ある意味、正しい判断とも言えよう。
ただ、国際的な国の地位を維持するためにも『被害者』となり、それらしい大義名分を掲げるのが望ましい。
その結果が貿易会議での強気な姿勢。
サフィリア王国貴族に反クルストニア王国感情を強く植え付けた。
現にブチギレたサフィリア王国はクルストニア王国に経済的な制裁を与えている。
クルストニア王国側は事実上の侵略行為だと主張し、同盟国であったゲルト王国、ハーデンジア王国との三国同盟軍を結成して開戦した。
「だけど、それだけじゃなかったの。クルストニア王国はサフィリア王国に取って代わるつもりだったのよ」
長年、サフィリア王国の暴虐っぷりに頭を悩ませていたクルストニア王国王家も大昔から東部統一を夢見てきた一族だ。
しかし、競争相手だったサフィリア王国はどんどん大きくなっていってしまった。
「競争に負けたと思いきや、相手は見るからに腐り果てていく。外見だけが豪華になって、中身はドロドロの汚物まみれ。ここがチャンス、だと思った……ということでして?」
「そうよ。貴族達が足を引っ張り合っている状況なら勝てると思った……いや、勝たなきゃいけないと思ったのかもしれないわね」
当時の戦争をクルストニア王国がどのように見ていたかは不明だ。
しかし、現実に彼らは勝つことができた。
「戦争を主導したクルストニア王国は上手いことやったわ。サフィリア王国が持つ光輝石の埋蔵地を手に入れたのよ」
農業に適した肥沃な大地、金と銀が採掘できる土地は他二か国に譲り、クルストニア王国は将来を見据えて光輝石を採掘できる鉱山地帯を獲得。
更には秘密裏に研究所から『対魔術防御研究』の研究成果を取得し、その情報を独占した。
「その結果、生まれたのが今の対魔術防御コーティングというわけですわね?」
ブーニー愛用の棺にも施されている対魔術防御コーティングを発明したのはクルストニア王国であり、今では対魔術防御技術のトップを走る国へと成長している。
「今のクルストニア王国は計画通りに進んでいるってわけ」
ここまでを語った上で、これらの計画に大きく貢献した人物がいるという。
「それが第二王子フィルよ」
彼は第一王子である兄に代わって戦争に参加し、サフィリア王国王都に攻め込んだ際は研究所を真っ先に制圧。
研究成果を秘密裏に確保しつつ、他二か国の王子を上手く操りながら自国の利益を掴み続けたそうだ。
「クルストニアも、こいつも……。どちらもいなければサフィリア王国はまだ存続していたかもしれない。私の家族もまだ生きていたかもしれない」
ルイーゼは手が白くなるほど強く拳を握る。
「貴女、本当に三か国を潰す気がありませんの?」
「……潰す気はないわ。もう済んだ話よ」
ルイーゼは視線を逸らす。
「今の私は単なる仲介人。ターゲットである三人の王子を始末できればいいの」
そうは言うものの、ルイーゼの言葉には個人的な感情が乗っているようにしか聞こえない。
「ふぅん……」
対し、リゼリアは鋭い視線を彼女に向ける。
「とにかく、次で最後。必ず殺して」
「ええ、よろしくてよ」
リゼリアはニヤリと笑う。
「報酬を用意してお待ちなさい。すぐに終わらせてあげますわ」
そう告げたリゼリアは優雅に部屋を出て行き――帰り際、ブーニーはリゼリアに向かって首を振る。
「まだ確定じゃねえな。情報を仕入れてるだけってパターンもある」
「そう。取り越し苦労なら構いませんわ」
「だけど、お前は匂うんだろう?」
ブーニーはズッと鼻を鳴らしながら言う。
「ええ」
「まだ警戒は続けておく。だが、個人的な問題ならウチは介入しないぜ? それがルールだからな」
「それも承知しておりますわ。その場合はすぐに片付けますのでお気にせず」
手をひらひらと振るリゼリアのリアクションを見て、ブーニーは大きなため息を吐く。
「俺としちゃそっちの方が心配だよ。街が滅ばないか心配だぜ……」
「まぁ酷い。私をなんだと思っていますの?」
「簡単に街を滅ぼす悪魔だよ! 分かったのならさっさと行け!」
シッシッ! と手を払うブーニーに対し、リゼリアは振り返らずに中指を立てながら店を出て行く。
「はぁぁぁ……。そろそろ引退してゆっくり暮らしてえなぁ……」
タバコに火を付けたブーニーは天井に向かって煙を吐いた。
明日の夜には完結させる予定です。




