第17話 悲惨な人生と不確定な未来
クリス王子殺害後、クッツワルドに戻った二人はブーニーズへと向かう。
「ミミ、飲み物でも飲んで待っていなさい」
「分かりました」
カウンター席にミミを待たせ、リゼリアは二階へと向かう。
約束の時間通りにドアをノックすると、中で待っていたルイーゼが返事を返してきた。
リゼリアがドアを開けて入室すると、フードの中にあったルイーゼの顔に一瞬だけ驚きの表情が浮かぶ。
「なんですの?」
それを見逃さないリゼリア。
「……いえ。クリス王子と戦ったのよね?」
彼女の視線はリゼリアの体に向けられる。
「ええ。そうですけど?」
「よく無傷でいられたわね?」
ルイーゼとしてはクリス王子の実力を高く評価していたのだろう。
逆にリゼリアの方を過少評価していたと思われる発言だ。
「私としては、あのような男に苦戦する要素が思いつかないのですけど?」
「そう……」
ルイーゼはリゼリアから視線を外し、フードで表情を隠すように頭を動かした。
しかし、少々残念そうに見える表情は完全に隠し切れない。
「報酬を渡すわ」
「ええ。そうして下さいまし」
今回も報酬は契約通り。貴族殺しのボーナスもちゃんと上乗せされている。
「……次で最後よ。計画実行は一週間後。いいわね?」
「構いませんわ。それでは失礼しますわね?」
リゼリアは金貨の詰まったバッグを手に部屋を後にする。
一階に戻ると、オレンジジュースを飲んでいたミミと合流。
「ブーニー、頼まれてくれまして?」
彼女はミミの飲み物代である銀貨一枚に加え、予め用意していた小さなメモと一緒に金貨二枚を彼に差し出す。
「……おお、構わんぜ」
メモを読んだブーニーは静かに頷き、小さな笑みを見せたリゼリアはミミを連れて外へ出た。
「ミミ、貴女にこれを差し上げましょう」
店を出た彼女は胸元から金貨十枚を取り出すと、それをミミへ手渡した。
「お金?」
「貴女が受け取る報酬の一部ですわ」
共に依頼を遂行したミミにも報酬を受け取る権利があり、総額は金貨五十枚だと彼女は語る。
「一度に渡しても大変でしょう? 残りは貴女の銀行口座を開設してそちらに移しましょう」
しかし、稼いだ金を全てを口座にぶち込んでもつまらない。
「私はこれから行かねばならない場所がありますの。その間、貴女は自分が稼いだお金で何かしてらっしゃい」
前に語った自分なりの『楽しみ』を見つけるためにも、まずは金貨十枚を好きに使ってみてはどうか? と彼女は提案する。
「好きな物を食べても良いですし、好きな物を飲んでもいいですわ。欲しい物があれば買ってみるのも良いでしょう」
街をブラつきながら考えてみろ、と。
「……試してみます」
金貨十枚をスカート裏のポケットに仕舞い込んだミミが大きく頷く。
「貴女のお金を奪おうとする者がいれば容赦なく殺しなさい」
リゼリアはやや大きな声で言った。
それこそ、路地裏からじっとミミを見つめている男達にも聞こえるような声量で。
「貴女なら殺せますわ」
彼女はニヤリと笑い、視線を男達に向ける。
最悪の女と有名な彼女が「殺せる」と明言したこと、そして最後の視線も合わせて、ミミに狙いを定めていた男達は焦るようにその場から走りだす。
「お互いに用事が終わったらムーンライトで合流しましょう」
「はい、分かりました!」
ミミは「よーし!」と気合を入れて、やや大股で歩いて行ってしまう。
そんな彼女を見送るリゼリアの顔には苦笑いが浮かんでいた。
「近いうち、上品な振舞い方のレッスンもしないといけませんわね」
◇ ◇
ミミと別れたリゼリアが向かったのは、情報屋であるサトーの住まうボロ屋だった。
いつも通りノックもせずに引き戸を開けると、サトーの方もいつも通り背を向けて彼女を迎える。
「今日はどうしたんだい?」
振り向かずに問うサトーに対し、リゼリアは訪れた目的を告げる。
「ルイーゼという女性に関する情報を」
「それはサフィリア王国の元王女様かな?」
まだ名前だけしか明かしていないにも関わらず、サトーはリゼリアの注文を見事当ててみせた。
「貴方は話が早くて助かりますわ」
「ふふ。それが私の長所だからね。だろう?」
振り向かないサトーの口元に笑みが浮かぶと、リゼリアの口にも同じく笑みが浮かぶ。
「見てみようか」
前回と同じく、サトーの体が複数の円形魔術式で囲われる。
それがゆっくりと回転し始め、五分ほど経過したところでサトーは紙にサラサラと情報を書き込み始めた。
「実に可哀想な王女様だね。悲惨な人生だ」
紙が風に乗ってリゼリアの元までいくと、サトーは声音を変えずに言う。
紙にはその悲惨な人生が描かれているのだが、始まりはサフィリア王国が三国同盟に敗北した直後から始まる。
三国同盟がサフィリア王国王都を堕とした後、サフィリア王家と王都にいた貴族達は全員拘束された。
捕まった貴族と国王は真っ先に処刑され、残された王家も次々に処刑されていく。
ただ、ルイーゼだけは例外だった。
「彼女は家族の死を見届けるよう強いられたみたいだね」
ルイーゼは家臣達と王家の死を見届けるよう強制され、処刑が始まるたびに「目を開けること」を強制された。
家臣の死、家族の死を連日見せられる中、ルイーゼの精神は急速に追い詰められていく。
そして、ルイーゼが最後の一人となった時点でとある提案がなされた。
提案を提示してきたのは、三国同盟の王子達。
三人の王子はルイーゼに「俺達の犬になれば命だけは助けてやる」と提案したのだ。
この提案に彼女は乗った。
受け入れてしまった。
「彼女は死が怖かったのだろうね」
目の前で処刑される家族の姿を見続けたせいか、ルイーゼは屈辱を受け入れるという選択を選んだ。
彼女は三人の王子に好き勝手される犬へと成り下がり、地獄のような日々を過ごすことになる。
「しかし、三国同盟の王子達も酷いことをするものだ」
三人の王子達は幼少期から交流があり、親友と言ってよい間柄であった。
サフィリア王国を滅ぼしたのは彼らの父親達の主導であるが、戦後の王子達は裏で随分と酷い事を行っていたようで。
――ゲルト王国の王子であるダリルは既に語った通り、色狂いの彼はサフィリア王国人である女性を集めて色欲の限りを尽くしていた。
ルイーゼを辱めるだけじゃなく、女性に激しい暴行を加えて殺害しても何とも思わない。
それどころか、後にルイーゼが送り込まれるハーレム娼館を作り上げて殺しも問われない快楽の日々を楽しんでいた。
――ハーデンジア王国のクリス王子は加虐的な欲を抑えきれず、捕虜となったサフィリア人を苦しめて殺害していた。
ルイーゼに処刑を見せつけようと提案したのも彼だ。
血を渇望する悪鬼は戦争が終わっても、その癖が治ることはなかった。
――クルストニア王国の王子、次のターゲットであるフィル第二王子は調整役。
仲間の二人が楽しめるよう裏で手配しつつ、自分は王子としての格を上げるためにサフィリア王国内の有益な資源を押さえたり、有益な研究成果などを他二か国に奪われないよう秘密裏に独占。
利益重視の行動を続ける合間、ストレス発散とばかりにルイーゼを暴行していたらしい。
「サフィリア王国が地図上から消えても、彼女の悲惨な人生は終わらない」
終戦から数週間後、三国同盟内での戦後処理が確定した段階でルイーゼはゲルト王国の王子であるダリル王子に引き取られることに。
ゲルト王国へと連れて行かれたルイーゼはしばらくダリル王子の犬として過ごした後、彼が立ち上げた娼館に送り込まれる。
「飽きられた彼女は娼婦へと落ち、そこから仲介人として這い上がったというわけだ」
どん底に堕ちても這い上がれたのは、自分に恥辱の限りを尽くした三人の王子へ復讐するためか。
あるいは故郷を滅亡に追いやった三か国そのものへの復讐か。
本人は祖国を復興させる気はないと言っていたが、果たして真実なのだろうか?
「……ふぅん。なるほど」
情報に目を通したリゼリアはサトーの背中を見つめながら最後の質問をぶつける。
「貴方にはサフィリア王国が復活する未来が見えまして?」
彼女が問うた瞬間、サトーの手にある瞳がぎょろっと動く。
「……私の見る景色は確定ではないよ。過去は変わらないが、未来は変わるからね」
過ぎ去った過去は変えられないし、変わらない。
だが、これから訪れる未来は選択次第で枝分かれしていく。
「不確定要素は語らない主義だ」
「不確定要素は語らない主義でしたわね」
両者の声が重なると、二人は同時に笑みを浮かべた。
「理解が早くて助かる。君の一番好きなところだ」
「ふふ。光栄ですわね」
リゼリアは紙を燃やすと、胸元から金貨を取り出して入口に置いた。
「感謝致しますわ。それでは、ごきげんよう」
「ああ、またいつでも来たまえ」
リゼリアがボロ屋を出て行き、引き戸のドアがピシャリと締まる。
「…………」
その音を聞いても、サトーは何も呟かない。
未来は不確定なのだから。




