第16話 ロイヤル・ファッキンサッカー
クリス王子が森に入ってから一時間が経過すると、貴族の一人が違和感を覚えた。
「殿下、なかなか戻ってきませんね?」
「久しぶりのハンティングとあって没頭してしまっているのでは?」
戻りが遅いことを指摘するものの、誰の顔にも「殿下の身に何かあったのでは?」という心配の表情は無い。
完全に本人の実力を信頼しきっているが故の言葉しか出てこなかった。
しかし、ここで近衛騎士の一人が森を見つめながら更なる疑問の材料を呟く。
「……魔砲の発射音がしばらく鳴っていません」
狩りに没頭しているならば、彼ほどの実力者ならば、もっと魔砲の発射音が森の中から響いてもいいんじゃないか? と。
「いやいや、殿下はああ見えて慎重な方ですからな」
しかし、それでもクリス王子と最も親しい貴族は疑問を笑い飛ばす。
普段は大胆な行動も発言も目立つが、実のところ事前によく考えている。
魔砲の発射音が鳴っていないのは、獲物を追い詰めている証拠だろうと。
「ああ、サフィリア王国の戦争で耳を撃たれてから……」
「おっと、それはご本人の前では言わないことだ。殿下が最も気にしていることだからね」
側近の貴族が忠告すると、口にした男は慌てて口を塞ぐ。
「心配は無いと思いますが、そろそろ食事の時間でしょう。殿下にご休憩の提案でもしに参りましょうか」
「うむ。そうしよう」
貴族達は森の外に貴族二人、護衛を半数ほど残して森の中へ。
護衛騎士と近衛騎士が入り混じって先頭を行く中、森を奥へ奥へと進んで行くと――
『おーっほっほっほっ! そ~れ!』
『あはは! とぉ~!』
『おーっほっほっほっ!』
『うふふ!』
そんな、綺麗で美しい女性の声と幼い少女と思われる楽しそうな声が聞こえてきた。
「……誰の声だ?」
ハンティング会場として利用している森の中。
森のすぐ近くに村などは無いし、森の中に元々誰かが住んでいるなんてこともない。
森の中にいるのは解き放たれた罪人達とクリス王子だけなはず。
「罪人がおかしくなって笑っているとか……?」
状況に押し潰された誰かが狂ってしまったのか? 頭がおかしくなって笑ってしまっているのだろうか? と、貴族達と騎士達は揃って首を傾げる。
「声のする方向へ行ってみましょうか。殿下が狙うかもしれませんし」
「そうですな」
あれだけ声を上げればクリス王子が見逃すはずがない。
獲物を狩ろうと王子も移動するはずだ、と一行は声の方向へ移動を開始。
歩き始めて数十分程度、森を半ばまで進んだところで――彼ら全員が目を点にして固まってしまった。
「おーっほっほっほっ! そぉれ!」
「あはは! やぁ~!」
森の半ば、少々開けた場所の中心にいたのは絶世の美を持つ女性と狼獣人の美少女だ。
彼女達は笑いながら何かを蹴飛ばして遊んでいる。
まるでボール遊び。
ボールが地面に落ちないよう、互いに蹴飛ばし合って笑っているのだが――蹴飛ばしているのは、ボールじゃなくてクリス王子の頭部。
リゼリアとミミは切断したクリス王子の頭をボールに見立てて遊んでいたのである。
「は?」
これには貴族達も騎士達も思考が追いつかない。
目の前にある光景が非現実的すぎて、脳の処理が完全に止まってしまった。
だって、そうだろう。
王子の頭がボールになっているのだから。
ボールのように扱われているだけじゃなく、それを蹴飛ばして遊んでいるのが女性と少女という点も理解が追いつかない要因の一つと言える。
非現実的すぎる光景を前に、彼らは自分達の王子が殺害されているという現実すら考えられないのか、誰も声を上げようとすらしなかった。
ただただ、目の前にある非現実を見つめるだけ。
「ほら! 受け取って下さいまし!」
誰も動けない中、リゼリアは笑顔のまま王子の頭を貴族達に向かって蹴飛ばす。
「あ」
先頭にいた貴族へ向かって王子の生首が迫る。
生首は口から舌を出して「あば~」とマヌケな声を漏らしているような、完全に人生詰んで絶望した瞬間を切り取ったような表情。
このクソのような世界を象徴する生首が、どんどん貴族の視界を埋め尽くしていく中――何かがそれを追い越した。
ミミだ。
愛用のナイフを逆手に握り、生首を追い越して。
先頭にいた貴族とすれ違う瞬間、ナイフを振るって首を斬り裂く。
「へ?」
結果、貴族は王子の生首をキャッチしたものの、同時に自身の首からは大量の鮮血が噴出する。
「敵――」
ようやく騎士達の思考も復活するが、既に彼らの中へと潜り込んだミミが大暴れし始める。
「やっ」
敵陣のど真ん中でナイフを振るい、次々に相手の首を掻っ捌いていく。
持ち前の身体能力と小さな体を駆使して、相手の隙間をすり抜けるように移動しながら殺害していくのだ。
騎士の側面を飛び抜けながら首を裂き、近衛騎士の背後に回って後ろから首を刺して、瞬く間に五人もあの世へ送ってしまった。
「貴様ッ!」
まだ無事な騎士が魔砲を抜いて構える。
「ぎゃあ!?」
だが、直後彼の手は弾けてしまった。
リゼリアだ。
「フフ。さぁ、存分に楽しませて下さいまし」
彼女はニヤリと笑いながら魔砲を連射。
ミミが敵陣で動き回っている最中であってもお構いなしに。
しかし、彼女の弾はミミに当たらない。
百発百中で獲物の頭部をぶち抜く。
発射音の鳴る中で動き回るミミからも同士討ちの恐怖は窺えない。
完全にリゼリアを信頼しているのか、あるいは脅威的な身体能力が魔術の軌道を捉えているのか。
「ぎゃああああ!」
「ウギッ!?」
魔砲の連射は相手のミソを撒き散らし、鋭いナイフが風と共に肉を断つ。
両者共に殺戮を繰り広げていく。
――この状況で最も輝いて見えるのはミミじゃないだろうか?
以前に行われた対魔獣訓練時とは打って変わり、動きも思いきりも段違いになっている。
そもそも、以前の彼女は魔獣相手に反撃すらできなかったはずだ。
だが、今はどうだろう?
「やっ、やっ!」
今の彼女は実に「らしくなった」と言うべきだろうか?
先に語った通り、持ち前の身体能力を駆使した戦闘は見事としか言えない。
母親の仇を殺したことにより、内に渦巻いていたトラウマが払拭されたようだ。
リゼリアの「どんな相手でも殺せる」という言葉を体現しているとも言えよう。
最強の淑女に仕える侍女としては十分な実力と才能。
共に地獄を作りだすには申し分ない人材だ。
「ふーっ!」
全ての人間が殺害されると、全身に返り血を浴びたミミは血だまりと死体の中心で深い息を吐く。
頬に血を付着させた彼女は額の汗を拭うと、パッと輝く笑顔をリゼリアへ向ける。
「リゼリア様、終わりですね!」
「ええ。ミミ、良い動きでした」
リゼリアはミミの頭を優しく撫でる。
「えへへっ」
撫でられたミミは嬉しそうに耳と尻尾をピコピコと動かす。
「ただ、次は返り血を浴びないように戦いなさい。返り血を浴びてしまっては、エレガントと言い難いですわ」
それを聞いた直後、ミミの耳と尻尾がへにょんと垂れる。
「ごめんなさい」
すっかり落ち込んでしまうミミだったが、そんな彼女にリゼリアは苦笑いを浮かべた。
「ミミ、前に自信と心の豊かさが重要だと語ったことは覚えていますわね?」
「はい」
「今回は自信の付け方について教えてあげましょう」
リゼリアはハンカチを取り出すと、ミミの頬に付着していた血を拭いてやる。
「自信とは失敗から得るものですわ」
今回のミミは派手に動きすぎた。動きに無駄がありすぎた。
己の身体能力をただ勢いと力任せに使っている状態だ。
それ故に返り血を浴びてしまい、服だけじゃなく顔まで汚してしまった。
「ですが、失敗は何度もしなさい」
リゼリアは改善点を口にしながらも、ミミに更なる学びを授ける。
「何度も失敗してもいいんですか?」
首を傾げるミミだったが、リゼリアは笑顔を見せる。
「ええ。同じ失敗を繰り返さなければよいのです。重要なのは失敗から学び、次に活かすことですわ」
次は顔を汚さないよう動けばいい。
その次は服に付着する返り血の量を減らせばいい。
「どうして失敗したのか? と考え続けるのです。どうすれば成功するのかを考え続けなさい」
失敗を繰り返しながら「何故失敗したのか?」を学び、どう改善すればいいのかを頭の中で繰り返す。
「積み上げて、積み上げて、積み上がった経験値が自信に変わっていきますわ」
小さな成功を繰り返すことが経験値となる。
そして、ふと自分を振り返った時――後ろに見える、登り続けてきた経験という名の階段が自信になるのだ、と。
「貴女の理想とする完璧な姿を追い求めなさい。完璧を追求し続けなさい」
学び、考え、経験のサイクルを繰り返し、果てしなく追い求めること。
それこそが絶対的な自信を身に着ける秘訣だと彼女は語る。
「……分かりました。頑張りますっ!」
ミミは血まみれの手を握りながらムフンと気合を入れる。
「よろしい。じゃあ、次の獲物が来るのを待ちましょうか」
◇ ◇
「……遅くないですか?」
先ほどの貴族達がクリス王子を呼びに行ってから更に三十分が経過した。
どちらも戻って来ないとなれば、さすがに「おかしい」と感じたのだろう。
森の外で待っていた貴族達は残り全ての騎士を引き連れて森の中へ向かっていく。
彼らの後ろ姿を見つめるのは、森の外で食事の準備を進める使用人達だ。
使用人達は現在に至っても「どうしたんだろう?」くらいにしか感じていなかったはず。
むしろ、怒りを買わないよう積極的に関わりたくないとさえ思っていただろう。
しかし、全員が森の中に入ってから一時間が経過すると、さすがの使用人達もざわつき始める。
「ぜ、全員戻って来ないけど?」
「どうする? 様子を見に行った方がいいのか……?」
下手に行動すれば貴族達の逆鱗に触れてしまうかもしれない。
そうなれば、次の『獲物』となるのは自分達だ。
自分達の目で罪人の末路を見ているせいもあって、どうすればいいんだと判断ができない。
徐々に彼らの間には底知れぬ不安が広がっていく。
「……俺、見てくるよ」
意を決した若い執事が手を上げ、彼は皆を代表して森の中へと足を踏み入れた。
「…………」
森の中は静かだ。
動物の鳴き声、虫の鳴く音すらしない。
聞こえるのは雑草を踏む自分の足音だけ。
それが余計に恐怖を駆り立てるのか、執事はビクビクと怯えながら森を進む。
進んで、進んで、彼は見つけた。
「―――」
そこにあったのは地獄だ。
殺された貴族達の死体はどれも首が切断されており、体は木に吊るされている。
飛散した血が木々を赤く染め、首無し死体から滴る血が小さな池になっている。
彼ら護衛していたはずの騎士達も全滅しており、どれも首に斬り傷を負っているか、額が一発で撃ち抜かれた状態で横たわっている。
クリス王子に至っては、切断された頭部が枝に突き刺さっており、その枝は死体のケツにぶっ刺さっていた。
「ぎ、ぎゃああああ!!!」
執事はその場から逃げ出した。
猛スピードで来た道を戻り、森から飛び出すように仲間の元へと戻った。
「ど、どうした!? 何があったんだ!?」
同期の仲間が問うと、執事は震える手で森を指差す。
「あ、悪魔だ! 悪魔の仕業だ!」
使用人達は大急ぎで王都へと戻り、森の中で見た光景を王城に伝えた。
後に調査隊が派遣され、彼らもまた地獄の様を目に焼き付けるはめになってしまう。
この事件は王城に強いショックを与え、特に世継ぎを失った王は泡を吹いて倒れてしまったそうだ。
――数週間後、事件があった森は『悪魔の住まう森』として恐ろしい噂が囁かれることになる。
近隣の村に住む住民はこう語る。
「あ、あの森には近寄っちゃいけねえ! 悪魔に首を刈られるど! そんで自分の首をケツに刺されちまうんだ!」




