第14話 二人目の殺害依頼
「次のターゲットはハーデンジア王国の王子よ」
前回と同じくブーニーズにて、ルイーゼは次の殺害依頼を提示した。
「ハーデンジア王国王子――クリス・ハーデンジア第一王子ですわね」
「そう。前回と違って武闘派の王子よ」
ハーデンジア王国は三国同盟の中で二番目に大きな国であり、戦争時には最も多くの快進撃を見せた国である。
この国が快進撃を果たした理由の一つが第一王子クリス・ハーデンジアの手腕と実力だ。
「第一王子という身分でありながらも戦場に立つ勇敢さは多くの軍人を鼓舞させたわ」
当時、彼の父である国王は息子が戦場に出ることを激しく止めたそうだ。
それもそのはず。彼は第一王子であり、大事な次期王だったのだから。
だとしても、本人は「国のために戦う」と譲らず、父親を説得して自ら戦場に立った。
その勇気と勇敢な姿勢は共に従軍した軍人達を鼓舞し、戦果にも表れた――という話。
「それだけじゃなく、指揮官としても優秀。軍人としても優秀な男よ」
よくありがちな『やる気のある無能』というパターンではなく、実力も伴っているパターンの人間だ。
王族でありながらも自国の軍で鍛錬と勉強を重ね、指揮官としての判断力も身に着けている。
加えて、魔術師の才能にも秀でており、魔砲と自前の魔力を使用した魔術の二重戦闘を得意としている。
「ふぅん。この男、優秀なんですのね?」
リゼリアは資料に同封されていた新聞の切り抜き――有名な絵師が描いたという似顔絵を眺めながら首を傾げる。
彼女のリアクションは「そんなに優秀だったかな?」と頭の中で過去を振り返っているように見えた。
「戦ったことがあるの?」
ルイーゼも彼女のリアクションから問うたようだが。
「ええ。一度だけ戦場で見かけましたわね」
リゼリア曰く、彼女とクリス王子の邂逅は『パステンの丘』と呼ばれる地での戦闘だ。
「えらく張り切って指揮を執っている男がいましたの。馬鹿みたいに自信満々でしたわね」
後方から隊列を組む軍に激を飛ばし、リゼリアも含めたサフィリア王国軍と戦闘を開始。
その後、両軍とも激突したのだが――
「後ろで腕を組みながら突っ立っていましたのよ」
そこにリゼリアは魔砲をシュート!
乱戦状態の戦場を縫うように抜け、クリス王子の耳をぶち抜いたという。
「血だらけの耳を押さえる本人と、慌てふためきながら壁になる者達の姿は喜劇のようでしたわ」
激痛に悲鳴を上げ、周囲の者に囲まれながらバタバタと撤退する姿は、思わず腹を抱えて笑ってしまうほどだったという。
「……どうしてその時に殺さなかったわけ?」
「殺したら戦闘の回数が減りますもの」
当時のリゼリアは戦争の中で腕を磨く工程であった。
クリス王子の耳をぶち抜いた頃には、彼女の射撃スキルは既に仕上がっていたものの、細かな部分で本人が納得していなかったというフェーズ。
仮にクリス王子を殺害していたらハーデンジア王国軍は大きく後退しただろう。
となれば、彼女は納得するまで戦えない。
「殺していれば国の未来も変わっていたかもしれないじゃない!」
「いえ、変わりませんわ」
リゼリアは肩を竦める。
「だって、その場を仕切っていたサフィリア王国軍の指揮官は深追いをするなと自軍を制止しましたもの」
指揮官であった貴族は毎回戦闘中にションベンを漏らすほどの臆病者。
王子が負傷したことにより、相手の軍が退き始めた状況を見てあからさまにホッとしていたという。
「無能な指揮官で助かりましたわね」
結果、相手には立て直す機会を与えてしまった。
リゼリアは腕を磨く機会を得た。
彼女としてはナイス判断! といったところだろうか?
「無能め」
ルイーゼは呪詛のように漏らしながら奥歯を噛みしめる。
「……話を戻しましょう」
大きく深呼吸をしたルイーゼは再びリゼリアに顔を向ける。
「今回、ターゲットはハーデンジア王国東部の森でハンティングを行う予定よ」
殺害のシチュエーションは森の中。
ハンティングを楽しむターゲットを森の中で殺害するのが良いだろう、と。
「ハンティングには側近の貴族や護衛の騎士、近衛騎士も同行しているでしょうけど、本人は一人で森に入るでしょうね」
その理由はクリス王子本人が「自分は強い人間だ」と自覚しているから。
軍人としての力を示した人間であり、周囲の人間もそれを認めている状況だ。
一人で森に入ったとしても「殿下ならば」と安心するはず。
そこを突く。
「しかし、ハンティングねぇ……。随分と趣味のよろしいことをしておりますのね」
クリス王子は軍人として優秀かもしれないが、人間性としての評価はあまりよろしくない。
性格はサディスティックであり、自分が認めた人間以外は基本的にゴミだと思っているような男だ。
女性に対しても物として扱い、伴侶となる女性は自身のアクセサリー、世話係、性欲処理の道具などの機能を有した生きる人形としか見ていない。
婚約破棄を行った理由も「役立たずだったから」と明言している。
「しかも、元婚約者はハンティングのウサギにされたわ」
そして、定期的に催されるハンティング大会。
その実態はクリス王子による処刑だ。
「彼は自分にとって邪魔な者、反発する者を捕えて罪人に落とすの。罪人となった人間はハンティング会場となる森に解き放たれて、彼が狩る獲物になる」
罪人達には「一定時間逃げられたら罪を取り消す」と宣言し、森の中を逃げ回るよう指示。
それをクリス王子が狩る、という処刑ゲーム。
元婚約者もクリス王子の獲物となり、魔砲で撃たれて死亡したらしい。
因みにこれまで四回ほどハンティング大会が開催されているが、生き残った者は一人もいない。
「結局、全員狩られるまで終わらないのよ。あの男が殺しによる快楽を得るだけの催しものだわ」
「私、狩人気取りのアホをぶっ殺すのが一番笑えますの。楽しみになってきましたわ」
リゼリアはニヤリと笑う。
「ついでに同行している貴族も殺してくれたらボーナスを出すわ」
全員殺害すれば金貨二百枚上乗せ、とルイーゼは追加要求を提示。
もちろん、リゼリアは即頷いた。
「金貨を用意してお待ちになっていて。すぐに終わらせてきますわ」
「ええ。そうしておくわ」
依頼を承諾したリゼリアはブーニーズを後にし、セーフハウスにいるミミと合流。
「依頼、決まりましたか?」
「ええ。今回は森の中でハンティングですわよ」
「ハンティング……。狩りですか?」
「ええ、そう」
シチュエーションを聞いたミミは「狩りですか~」とリラックスした感想を漏らしつつ、旅行用の鞄にリゼリアと自分の衣類を詰めて準備を始める。
鞄に詰め終わったあとは、愛用となるナイフの確認。
よく研がれた状態の刃を確認すると、ふとももに巻いたホルスターに収納する。
「んしょ。準備終わりました!」
前回の殺し以降、ミミの態度や表情は格段に良くなっている。
準備をする姿も様になっていたし、旅行鞄を脇に抱える姿はまさしく侍女といった感じだ。
「よろしい。行きましょうか」
「はい」
二人は駅へ向かい、ハーデンジア王国東部へと出発した。




