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第13話 約束を守るために 後編


 屋敷を警備していた兵士達を全て片付け、厳重に守られていた部屋のドアへと近付いて行く。


 ただ、リゼリアはドアの前に到達する寸前で足を止める。


「……ふぅむ」


 可愛らしく頬に指を当てながら何かを考える様子を見せると、近くで死んでいた兵士の襟を掴んで持ち上げる。


 持ち上げた死体をドア前まで伸ばしつつ、ノックするようにゴンゴンと打ち付けると――部屋の中から魔術が連射された。


「ふふ。やっぱり」


 中から魔砲をぶっ放したのは今回のターゲットだろう。


 兵士達が全滅したと感じ、中で侵入者を待ち伏せていたようだ。


 しかし、その考えはリゼリアに通用せず。


 代わりに穴だらけとなったのは既に死んでいる兵士の体のみ。


「このあたりかしら?」


 続けて、リゼリアはドア横の壁にぴったりとくっつきながら魔砲の発射口をドアに近付ける。


 微妙に位置調整をしてトリガーを引くと……。


『ぐわ!』


 ビンゴだ。


 中から被弾したであろう男の声が聞こえてきた。


 声が聞こえた瞬間、リゼリアは素早く動き出してドアを蹴破る。


 部屋の中には腕を負傷した中年男性――今回のターゲットであるダイナス・シュトームの姿があった。


「貴様ッ!」


「まぁ! お行儀の悪い!」


 ダイナスは無事な腕で魔砲を握り、それを彼女に向けてきた。


 だが、当然ながら彼女に敵うはずもなく。


「ぐっ!?」


 ダイナスの両腕はオシャカになってしまい、痛みに耐えかねたのか膝から崩れ落ちてしまった。


 リゼリアはコツコツとヒールを鳴らしながら部屋に入ると、彼の近くに落ちていた魔砲を遠くへ蹴飛ばす。


「貴様、何者だ! 私が誰か――ぎっ!?」


 まだ偉そうな態度を見せるダイナスに対し、彼女は魔砲のグリップ――()()で鼻を思い切りぶん殴る。


 ダイナスの鼻はひしゃげて曲がり、両方の穴から鼻血が垂れる。


「貴方、とんでもなくブサイクなツラですわね? 手配書だともう少しマシな顔でしたのに」


 特に鼻がおかしい、とリゼリアはニヤつきながら付け加えた。


「ぎさま……! 何者だ……!」


「私? 私は可憐で気品に溢れた淑女ですわ。ああ、覚えておかなくても結構。すぐに必要なくなりますもの」


 邪悪に笑うリゼリアに対し、ダイナスは顔を強張らせる。


「……中央の差し金か。私を殺しに来たのか?」


「殺す? 私が? いいえ。貴方は自分が犯した過去の行いに殺されますのよ?」


 そう言って笑う彼女は、部屋の外に顔を向ける。


「ミミ、来なさい」


 言われて、ようやく部屋の外で立ちすくんでいたミミが姿を晒す。


「さぁ、ごらんなさい。貴方の元に犯した罪が忍び寄ってきましたわ」

 

 ミミの体は震えてしまっている。


 震えた足でゆっくりと部屋の中へ入り、入口から数歩歩いたところで立ち止まった。


「こ、この少女が私の罪……?」


「ええ、そう。貴方はどうせ覚えていないでしょうけど」


 ダイナスにとっては予想外の出来事だったろう。


 今、目の前にいる少女は完全に怯えている。


 どう見ても脅威には見えないのだから。


「ミミ、この男は貴女が殺しなさい」


 震えながら立ちすくみ、まともにダイナスの顔さえ見られないミミに向かって命令を下す。


「え、え……」


 母親の仇を直視できないミミは動揺し、今にもその場で座り込んでしまいそうだ。


「買ってあげたナイフを使いなさい。それでこの男の首を斬り裂くの。心臓を抉りだしても構いませんことよ?」


 それでもリゼリアは彼女に殺しを命じ続ける。


 ミミも彼女を失望させたくないのか、震える手でナイフを取り出した。


「…………」


 取り出して、切っ先をダイナスに向ける。


 だが、片手で握るナイフはブルブルと震えてしまって、両手で握り締めても震えは収まらない。


「ふっ、くっ……!」 


 ミミ自身はどうにか震えを抑えようと、内に充満する恐怖を抑え込もうと必死だ。


 目を瞑れば震えが止まるかもしれないとぎゅっと瞑ってみたり、下唇を噛みしめればと試してみたり。


 それでも抑えきれない。


 リゼリアの命令に応えることができない。


「貴女、母親の仇を前にまだ震えていますの? それほどこの男が恐ろしくて?」


 ――この光景、二人の過去をよく知る者が見たらリゼリアの幼少期と重なるはずだ。


 かつて、リゼリアも父親に殺しを命じられた。


 殺す相手の種類は違うものの、特別なシチュエーションということは変わらない。


 同時にリゼリアがミミに向ける鋭い目つきの種類も、当時の父親――ゼノン・カーマインとそっくりであった。


「いいですこと? どれだけ強い相手であろうと、所詮は人間ですことよ? どれだけ分厚い鎧を着ていようと、どれだけ強大な権力を持っていようと、どれだけ周囲に仲間がいようと――」


 リゼリアは自分の頭をトントンと指で叩きながらも、邪悪な笑みを浮かべて言う。


「頭をぶち抜けば死にますの。心臓を抉りとれば死にますのよ?」


 これは教育だ。


 かつて、父親から殺し方を習ったリゼリアが、ミミという少女に殺し方を教えるというシチュエーション。


 ただ、彼女の教育理念は父親のものと全く違う。


「貴女はここまで来て、震えるだけで終わるのかしら?」


 彼女はミミを『人形』へ育てようとしていない。


「貴女は身を挺して守ってくれた、命をかけて愛してくれた母親に申し訳ないと思わないのかしら? 奪われた母の尊厳を取り戻そうとは思わないのかしら?」

 

 国、王家、爵位、そういったくだらないモノを守るための道具にするんじゃない。


「恐怖に支配されること、全てを諦めて屈辱を受け入れること。それらは淑女にとってあるまじき行為ですわ」


 彼女は父親とは違う。


 彼女は力無き少女を正しく導く存在だ。


「今、ここにいる貴女は何者かしら? 母親を殺され、スラムでみすぼらしく生きていた少女? それとも私から生きる術を学び、母親との約束を守り続けると決めた勇気ある少女?」


 その証拠に、彼女の言葉を聞くミミの瞳から恐怖が薄れていく。


 震えていた体は徐々に治まっていき、ブルブルと震えていた切っ先もぴたりと止まる。


「殺しなさい、ミミ」


 彼女は少女に命じる。


「死んだ母親の尊厳を取り戻すため、全力で愛してくれた母親との約束をこれからも守っていくために。過去の自分とは、ここで決別なさいッ!」


 生きる術を教えるために。


 酷くクソまみれで優しくないこの世界で、愛する母親との約束を守り続けられる強さを身に着けるために。


 恐怖に支配され続けてきた少女を前へ進ませるために、彼女は殺しを命じる。


「うわあああああッ!!」


 ミミはナイフを構え、ダイナスに向かって走りだした。


「ぐふっ!?」


 ミミのナイフはダイナスの胸に突き刺さる。


 衝撃で倒れたダイナスだったが、ミミの復讐は止まらない。


「お母さんの仇! お母さんの仇ッ!」


 彼女は何度も何度も刺突を繰り返す。 


「ボク達は幸せに暮らしていたのにッ! お前なんかが現れなければ、ボク達はッ!」


 涙を流しながら刺突を繰り返すミミの手が真っ赤に染まっていく。


「お母さん……。お母さんはっ! お母さんは死ななかったっ!!」


 耐えて、耐えて、耐え続けた想いと共に。


 ミミは内に溜め続けた復讐心を全て発散するまで、ダイナスの体を刺突し続けた。


「ふぅ……。ふぅ……」


 全てを吐き出したミミの手がようやく止まると、彼女は涙の跡が残る顔でリゼリアを見上げる。


「よくやりました。貴女は立派ですわ」


 復讐を終えた少女に対し、リゼリアは慈愛に満ちた表情を見せながら彼女の頭を撫でる。


「ミミ、今日という日を忘れてはなりませんよ。今日、貴女は昨日までの自分よりも強くなったのだから」


「……はいっ」


 大きく頷くミミの表情は、昨日よりも晴れやかなものだった。


「ほら、動かないで」


 リゼリアは取り出したハンカチでミミの顔を拭ってやる。


「さて、ターゲットも殺害しましたし。次は何をするのか分かっていますわよね?」


「屋敷の中にある金品を回収します」


 鼻をすすりながら言うミミに対し、リゼリアは「正解」と笑う。


「徹底的に回収しますわよ」


「はい!」


 ミミはスカート裏のポケットから取り出した袋を掲げ、部屋の中にあった金品を回収していく。


 全てを奪い尽くしたあとはご存じの通り。


 外に出た二人の背景には爆発する屋敷と夜空に向かって立ち上る黒煙がある。


「……リゼリア様」


「何ですの?」


「もしかして、私のために依頼を受けてくれたんですか?」


 帰り道の途中、パンパンに膨らんだ袋を二つも抱えるミミはリゼリアの横を歩きながら問う。


「たまたま入った依頼でしたのよ。それも破格の金額で」


 続けて、リゼリアは宝石の詰まった袋に手を突っ込む。


 取り出したのは、月の光を浴びて青く輝く宝石。


「これはブルーローズと呼ばれる希少な宝石ですのよ。あの男が所持していると情報がありましたの」


 彼女は宝石を見せながら「私にぴったりではなくて?」と自慢する。


「私から優しくされたいのであれば、もっと自分の価値を示すことですわね」


 決してミミのためじゃない。


 これは単なる仕事に過ぎない、と彼女は語る。


 しかし、そう語る彼女の顔には優しさに満ちた笑顔があった。


「……えへっ。はい!」


 その笑みを見たミミは、尻尾をぶんぶんと振りながらも元気に返事を返した。


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