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第12話 約束を守るために 前編


 革命軍の幹部ダイナス・シュトームの屋敷があるのは、クレスト王国北部の中心地『シュトーム領』だ。


 ダイナスは元々北部の一部領地を治める貴族であったが、革命を経て北部全体を治める大領主へとランクアップも果たした。


 クレスト王国北部は魔砲のエネルギー源となる光輝石の大採掘地となっており、埋蔵された山々の権利を握っているのも当然ながらダイナスである。


 むしろ、北部領主達の間で分散されていた光輝石利権を独占するため革命軍側についたといってもいいだろう。


 戦前、彼が思い描いていた夢は叶ったと言える。


 今の彼は領地でぬくぬくと暮らしているのか? と言えばそういうわけでもなく、彼には次なる野望があるようだ。


 最近は握り締めた利権から得られる利益を使い、独自の軍隊を構築し始めたのだとか。


「彼の私兵には獣人が多いそうですわ」


 夜のメインストリートを歩きながらリゼリアは言った。


 ダイナスが構想した『獣人魔砲歩兵計画』は現実となり、訓練された兵士達の大半はダイナス率いる『北部部隊』として運用されている。


 当時のミミが捕まっていたら、彼女もこの場にいたかもしれない。


 ただ、彼の構想する計画は未だに進行中。


 魔獣魔砲歩兵部隊は今も尚兵力を増やし続けているという。


 増強中の兵力は王都からだと過剰に見えるらしく、王となったクレストと革命軍幹部達は『ダイナスは反旗を翻そうとしているのではないか?』と噂しているらしい。


 革命にて北部の利権を握り、莫大な金が手に入ったダイナスが次に狙うのは名誉と最大の権力――なんじゃないか、と。


 あくまでも噂だが。


「まぁ、急に成り上がった男が考えそうなことですわよね。今回の依頼も、鬱陶しく思った王都の連中が画策したものだったりして」


 使いきれないほどの金が手に入ったら、次は何を欲するのか? よくある話の流れだ。


 今回、彼がターゲットとなったのも、この噂が原因なんじゃないかと考えられるが――


「ですが、私には全く関係ありませんわ」


 そう、リゼリアにとっては全く関係ない話である。


「自由のために対価を得る。それだけの話ですのよ?」


「…………」


 先ほどから隣を歩くミミに言って聞かせるも、ダイナスの屋敷が近付くにつれてミミの体が固くなっていくのがわかる。


 徐々に増していく恐怖が彼女から聴力をも奪いつつあった。


「ミミ」


「……はい」


 屋敷まであと少し。


 ミミの顔が完全に強張っている。その小さな体も小刻みに震え始めている。


「今日は私のやり方を見せましょう」


「やり方、ですか?」


「ええ。前回は経験を積ませる機会としましたが、今回は私のやり方を見ておきなさい。今後の参考にするように」


 今回、彼女は「いつも通り」を実演してみせると言った。


 ミミと出会う前の、リゼリアにとってのスタンダードだ。


「私の後ろをついて来なさい」


「……分かりました」


 ニコリと笑うリゼリアは目的地である屋敷の正門を目指して真っ直ぐ歩いていく。


 正門前には二人の兵士が立っており、夜間であっても警備に抜かりはないらしい。


 このまま進んで行けば兵士に捕捉されるし、そもそも夜間に女性と少女が歩いて向かってくることにも違和感を感じるはず。


 そして、兵士達は仲間に警報を発するに違いない。


「あの……」


 ミミも違和感を感じる。


 このまま行くの? 裏手から忍び込むんじゃないの? と。


「ん~?」


 しかし、ニコニコと笑うリゼリアはホルスターから魔砲を抜いて。


「なんですの~?」


 ミミにわざとらしく問いながらも、正門からリゼリア達を訝しがる兵士へぶっ放した。


 ダン、ダン。


 連射された魔術は兵士それぞれの頭をぶち抜く。


 見事なヘッドショット。


『は!? えっ!?』


 魔砲の発射音、加えて倒れる二人の姿を目撃したのは正門に併設される守衛室にいた別の兵士だ。


 彼は何が起こったのか理解できず、慌てながら守衛室から飛び出してきた。


「ごきげんよう」


「え?」


 ダン。


 しかし、残念ながらすぐにあの世行き。


 頭をぶち抜かれた三人は仲良く手を繋ぎながら女神様の元へ旅立ってしまった。


「さぁ、参りましょう」


 正門を警備していた三人を殺したリゼリアは堂々と敷地内へ侵入。


 そこから堂々と正面玄関へと向かっていく。


『おい、そこの女――』


 ダン。


 当然、途中で兵士に見つかってしまうがワンショットワンキル。


 先ほどから魔砲の発射音が連続していることもあって、屋敷の中や裏庭の方からは兵士の騒ぐ声が聞こえてくるが――


「お邪魔しますわよ~」


 そんなことお構いなしだ。


 正面玄関からエントランスに入り、そこで「何かが起きている。確認しに行け」と部下に指示を出す兵士とばったり。


「お前――」


「まぁ。ノロマですこと」


 侵入者に気付いた兵士達は装備していたライフル型の魔砲を構えようとするも、リゼリアの方が数倍は早い。


 構える前に五人の兵士が早撃ちにして死亡。


 どれもヘッドショットで。


「侵入者だァー!」


 ダイナス側はようやくだ。


 屋敷の中に響いた発射音を聞いたのか、エントランスへ慌ただしくやって来る複数の足音。


「ミミ、しっかりと見ていなさい」


「は、はい」


 リゼリアの方もここからが本番。


 いつも通り、彼女は二丁の魔砲を構えながら歩き始める。


「見つけたぞ! 撃て――」


 廊下で敵兵士と遭遇。


 ダン。


 リゼリアの早撃ちによるヘッドショットで早速一人が死亡。


「ノロマすぎて欠伸が出てしまいますわね。敵を見つけてもノロノロ動きなさいと訓練を受けてますの?」


 馬鹿みたいに早く死んだ仲間に動揺している間、残りの五人を即時射殺。


 最初の遭遇戦はたった五秒で終了。


「~♪」


 鼻歌交じりに廊下を進むリゼリアは、魔術シェルをリロードしながらダンスのステップを踏む余裕さえある。


「貴様、うえぇ!?」


 続いて第二の遭遇戦が始まるが、こちらも初手は仲間の死体に驚くというところから始まる。


 ただ、これまでに死んだアホ共とは違って、ちょっとはマシな連中だったらしい。


「う、撃て! 撃て!」


 動揺しながらも魔砲を撃つ、という行為に至ることができたのだ。


 だとしても、彼らの精神力はすぐにかき乱される。


「リ、リゼリア様!」


「大丈夫。落ち着きなさい。淑女たる者、取り乱してはいけません」


 何故なら、リゼリアは真っ直ぐ進んで来るからだ。


 彼女は遮蔽物に隠れる、空き部屋に逃げ込む、などといった行為はしない。


 二丁の魔砲を構えながら真っ直ぐ歩く。


 気高く、優雅に、美しく。


 そして、一方的に兵士達を殺していくのである。


「な、なんで!」


 兵士達の心境はこうだ。


『どうして自分達の魔術が当たらないのか』


 リゼリアは真っ直ぐ歩いているにも関わらず、まるで魔術が当たらない。


 むしろ、兵士達が放つ魔術がリゼリアを避けているようにさえ見える。


 当然、彼女の後ろを歩くミミも無傷だ。


『どうして向こうの魔術は百発百中なのか』


 対し、彼女が放つ魔術は兵士の頭部へ吸い込まれるように命中する。


 どうして。なぜ。


 その答えはズバリ、リゼリアが淑女だから。


 気高く、気品に溢れ、優雅で美しい立ち振る舞いが魔術にも影響している――というわけではなく。


 ちゃんとタネがある。


 これは前回のターゲットであったダリル王子殺害時に交戦した騎士達と同じ心理状況を作り出しているからだ。


 相手を恐怖させ、場を支配すること。


 堂々すぎる振舞い、高い魔砲技術、的確な射殺優先度などを含めた状況判断力を用いて、相手の精神を追い詰めるシチュエーションを作り上げる。


 ――そう、ここは既に彼女の演劇場(ステージ)


 観客を魅了する名女優が踊り、演技し、心に響くセリフを叫ぶように。


 彼女も自身の才能を以て敵を恐怖させ、支配する。


 これこそ、彼女が持つ最大の武器だ。


「ひ、ひっ、な、なんで!?」


 革命軍兵士達は確かに死線を潜り抜けてきた。


 時には泥と血に溢れた戦場を駆け抜けてきた。


 中には自身のスキルと勘、軍人としての力量に優れた者達もいるだろう。


 しかし、彼らは戦場で見たことがあるだろうか?


 どう考えても戦場に不釣り合いな格好をした女性を。


 ドレスを纏い、どの角度から見ても上級貴族のご令嬢、あるいは王族の姫君としか思えない美貌と品格を持つ女性が二丁の魔砲をぶっ放しまくってくる姿を。


「何なんだ、お前はッ!?」


 見たことあるはずもない。


 非現実的(ファンタジー)だ。


 しかし、この非現実な姿こそが彼らの心に恐怖を植え付ける。


「何なんだとは失礼な。私は見ての通り、ただの淑女でしてよ?」


 兵士達の死体が量産されていく。


 リゼリアが廊下を歩く度、彼女が一歩一歩進んで行く度に兵士達は頭を撃ち抜かれて死んでいく。


「さぁ、さぁ! 一列に並んで下さいまし! 私は誰に対しても平等に殺してあげますわ! 種族差別なんてカッコ悪いことはいたしませんの!」


 彼女が過ぎ去った跡には、大量の死が積み上がって。


 道の傍らには、大量の死体が折り重なって。


 地獄のようなシチュエーション。


「あり得ない! あり得ない!」


「化け物め! 化け物めっ!!」


 前回の騎士達同様、あり得ない光景が現実となる恐怖。


 非現実が一歩一歩、確実に近付いてくるという恐怖が相手の精神力を一気に削り取る。


 そうなってしまえば最後、相手は自分の体が発する違和感にすら気付かないほど彼女に支配される。


「ふーっ、ふーっ!」


 額からは大量の汗が噴出し、滴る汗が目に入って上手く狙えない。


 魔砲のトリガーを引くよりも汗を拭う回数の方が多くなる。


「くっ……!」


 これだけ汗が出ているにも関わらず、体の芯は熱を感じない。凍えるような寒さで体が震え始める。


 やがてガチガチと震えた体は、トリガーに掛けた指さえ動かなくなる。


 脳では「撃つ!」と考えているのに、体が言うことを利かなくなる。


 ――これは警告だ。

 

 人間の本能、生物の本能が発する警告。


 敵わない相手と対峙して、生に執着する人間の本能が『逃げろ』と命じる。


「革命軍などと勇ましい名をつけようとも、私の前では豚も同然」


 その警告をコンマ数秒でも無視すれば、すぐに死神の鎌が首元へとやってくる。


 いや、正しくは『死神の弾』だろうか?


「ひ、ひぃぃ!」


「あら、まだ踊って下さいまし。私、全然満足しておりませんの」


 仮に逃げても即射殺されるのだが。


 そもそも、この淑女と敵対した時点で人生にピリオドを打つことになる。


「うおおおお!」


「ほら、お鳴きになって? 貴方達、革命の時に歌を歌っていましたでしょう? あれがよろしいですわ」


 勇敢にも手斧を握って突っ込んできた兵士の頭を撃ち抜き、後ろで魔砲を構えていた男に向かってミソをぶちまける。


 仲間のミソ塗れになった男は、怯んでいる隙に自分のミソも撒き散らしてしまった。


「革命だー、革命だー! クソのような現実をファックしろー! って歌ですわ」


 数年前、この国の既存権力を撃ち破った革命軍。


 そのほとんどはクレスト侯爵の野望に相乗りした者達だ。


 彼らは偉そうにふんぞり返っていた人間から富と権力を奪って成り上がった。


「俺たちゃサイキョー! 貴族共をぶち殺しー! ミソ散らせー! 臓物掻き出せー! 肥えた贅肉ファック、ファック、ファック!」


 革命をキメて心機一転。


 この世の春が来たと言わんばかりに、ふんぞり返っていた人間のマネを楽しそうに続けていたのに。


「ブーブーブブー! ブーブーブブー!」


 革命軍も初耳なオリジナルソングを歌う女性一人に手も足もでない。


 革命当時に彼らが見て笑っていた、逃げ惑う貴族とその仲間達と同じ末路を辿る。


 これが現実。


 泥と血に塗れた栄光がもたらした現実だ。


「あら、素敵な歌を歌っている間に終わってしまいましたわ」


 気付けば屋敷の中は静かになっていた。


 屋敷の至るところに兵士達の死体が散らばり、床は血で赤一色。


 リゼリアとミミが歩いてきた足跡がべったりと一直線に続いている。


「さて、本日最後のお楽しみに参りましょう。行きますわよ、ミミ」


「は、はい」


 口元に三日月を浮かべた淑女は、兵士達が必死に守っていた部屋へと向かって歩いていく。


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