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第10話 彼女の楽しみ


「死亡を確認したわ」


 クッツワルドに戻ってきたリゼリアはルイーゼに完了報告を行った。


 依頼主であるルイーゼは新聞を片手に言い、約束の報酬額をテーブルに積み上げる。


「確かに」


 金額を確認したリゼリアが金貨を回収し、バッグに詰めていく。


「……本当に殺したのね」


 新聞を広げたルイーゼは「信じたいけど信じられない」と感じているかのような、不安も含まれた声音で呟く。


 彼女が広げる新聞はゲルト王国王都で発行されている新聞だ。


 それをどうやって入手したのかは不明であるが、彼女は新聞の一面記事になっている『ダリル王子、殺害される!』の文字を睨み続ける。


 記事にはゲルト王国国王が息子の死を受けて憔悴しているという文章も記載されており、今後の王位継承についてを語った貴族のコメントも。


「あら。生首が必要だったかしら?」


「いいえ。ゲルト王国の様子は私の元にも届いているもの」


 加えて、ゲルト王国の混乱っぷりはクレスト王国まで聞こえてきている。


 今回もリゼリアは殺害した証拠を持ち帰らなかったが、それ以上にリアルな情報がルイーゼの耳にも届いているようだ。


「しかし、派手にやったわね。屋敷を爆破って」


「証拠が残らないですし、ストレス発散にもなりますもの」


「そう……。ところで、どうやって殺したの?」


 ルイーゼは「頭を撃ったのか?」と問う。


「いいえ、股間ですわ」


「何それ。最高じゃない」


 答えを聞いたルイーゼは一瞬だけ呆けるも、すぐに満面の笑みを見せる。


「女を性処理道具としか思っていなかった男にはお似合いの死に方ね」


 ――ダリル・ゲルトはご存じの通り、娼婦や性奴隷といった境遇の女性が大好きな男だった。


 サフィリア王国を滅ぼした後、彼は自国の王都に巨大な娼館を建設・オープンさせてるほど。


 娼館で働く娼婦は元サフィリア王国人の女性だ。


 彼はサフィリア王国滅亡後、占有した農地で働く農家の女性、他にも捕虜となった若い女性を集めて娼館で働かせていたのだ。


 オーナーである自分は「理想のハーレム御殿」などと大笑い。


 加えて、働かせている女性達はほぼ無給扱いなので利益は独占。


 二重に大笑いしていたクソ野郎である。


 ルイーゼが「最高」と言うのも無理はない。


「次のターゲットに関しては、また後日連絡するわ」


「ええ。承知しましたわ」


 リゼリアは金貨の詰まったバッグを持つと、振り返らず部屋を出ていく。


 その後、一階のカウンターでジュースを飲んでいたミミと合流。


 彼女を連れてホテル『ムーンライト』へと向かう。


「今日はこれからどうするんですか?」


「今から素敵な時間を過ごしますわよ」


 上機嫌なリゼリアに首を傾げるミミだったが、ホテルに到着してすぐに理解した。


 彼女はホテルの従業員に「最高の一日を過ごしたい」と言い、紳士の案内でホテルの食堂へ案内される。


 食堂の一等席に座り、最初に届いたのは最高級のビンテージワイン。


「……最高ですわね」


 リゼリアはそれを満面の笑みで楽しむと、完璧なタイミングで届くコース料理も満喫。


 対し、対面に座るミミは運ばれてくる料理に戸惑いと遠慮を隠せない。


「ミミ、遠慮は無用ですわ。貴女も食べなさい」


「は、はい」


 食事の間、ミミは緊張しっぱなし。


 テーブルマナーを知らない彼女はリゼリアの作法を見様見真似で食事を胃袋に詰め込んでいく。


 ミミは緊張で味が全く分からなかったに違いない。


 辛うじて分かるのは、今現在食べているデザートだろうか。


「リゼリア様、いつもこんな贅沢を?」


 ミミは冷たいアイスクリームをちびちび食べながら問う。


「ええ。仕事終わりは最高の一日を過ごすと決めていますの」


 これは彼女なりの「お楽しみ」だという。


「私は常に一流であることを心掛けていますの。一流でありながらも、自由な生活を愛していますわ」


 常に一流であること、それは自分に規律を課すこと。


 彼女が考える一流――気高く、気品があって、所作の一つ一つが洗礼されて優雅。世界中の誰か、それこそ王族に見られても常に相手を圧倒し、彼女の方が格上だと相手に自覚させる。


 その振舞いと生き方を徹底して追及。そうである自分を常に意識し、律する。


 これが彼女の中にある『一流』の定義。


 そこに自由を加える。


 何事にも縛られず、自分の欲望に従って生きること。


 自分を律すると同時に自分の心に従う人生を送る。


 それが彼女の流儀だ。


「自分に厳しくて、自分に優しい……?」


 言うだけなら簡単だが、実践するのは少し難しい。


 自分を厳しくしすぎるとストレスで死ぬ。甘くしすぎると堕落して死ぬ。


 どちらかに偏れば、そのバランスは一気に崩れてしまうだろう。


「ボクには難しいかも」


 ミミは苦笑いを浮かべる。


「そう難しいことではありませんわ。大事なのは自信と心の豊かさ。この二つがあれば、己の所作は自ずと洗礼されていく。全ての行動が当たり前になりますわ」


 自分に自信があれば行動への不安がなくなる。自分の判断に信頼を置ける。


 そういった振舞いは外見にも表れ、他者を圧倒させる第一印象を作りだす。


「しかし、私も人間ですもの。自分に自信があっても疲れてしまうことはありますわ」


 そういった時、人は心の豊かさを失ってしまう。


 心が疲れれば余裕を失う。


「心の豊かさが失われ、心が貧しくなると人は行動も貧しくなってしまいますの」


 心が貧しくなれば思考が澱む。一流であるはずの自分が、行動が二流のそれになってしまう。


 特に心の豊かさを消費するのは仕事を遂行した後に起きる。


 精神的にも肉体的にも疲労した時、人は思考が鈍って行動が雑になる――なんて経験は、リゼリア以外の人間も感じたことがあるんじゃないだろうか。


「本当なら仕事なんてせず、毎日贅沢の限りを尽くして生きていきたいですわね」


 ホテル・ムーンライトで暮らしながら贅沢三昧。


 これはリゼリアの考える理想的な私生活と言えるようだ。


 しかし、それを成すには金がいる。


「生きる上で仕事をしなければなりません。仕事をして、対価を受け取ることで生きる。それが今の社会システムですわ」


 金は有限だ。


 金が対価としての価値を有している限り、このシステムからは逃れられない。


「何事もバランスですわ。仕事をして、終わったら心の豊かさを取り戻す」


 一流として仕事をし、贅沢三昧のひとときを満喫する。


 このサイクルは彼女の流儀を表している、と言えるだろう。


「リゼリア様は贅沢な生活をすると心の豊かさが満たされるんですね」


「ええ。貴女はどうかしら? 料理とデザートを食べて満たされたかしら?」


「うーん……。どうでしょう? 初めての経験なのでよくわかりません」


 テーブルマナーに四苦八苦していたこともあるだろうが、ミミはリゼリアと同じとは言えないようだ。


「でしたら、貴女も心の豊かさを満たす何かを見つけなさい。想像するだけでワクワクしてしまうような、楽しみで仕方ないと感じる『人生のお楽しみ』を見つけますのよ」


 リゼリアはグラスのワインを一口飲むと、更に言葉を続ける。


「生きるという行為は苦痛と背中合わせ。笑って生きてられるほど、今の世の中は優しくありませんわ。それは貴女もよく理解しているでしょう?」


 この世界は優しくない。


 一人の少女が当たり前の生活を送ることさえ難しく、一日を無事に過ごせる保証もない世界だ。


「強い自分でありたいなら、優しくない世界を生き抜きたいならば。自分を保つための楽しみを見つけなさい。そうすれば、貴女はきっと約束を守り続けられますわ」


 約束、という単語を聞いてミミの耳がぴくんと動く。


「自分の楽しみ……」


 ミミは眉間に皺を寄せながら真剣に悩み始める。


 そんな彼女を見て、リゼリアはクスッと笑った。


「そう難しく考えなくてもよろしくてよ。最初はシンプルに考えなさい。貴女はお金を手にしたら何をしたい?」


 言われて、ミミは「えーっと」と考えを明かしていく。


「お腹いっぱいご飯を食べて、甘いジュースをいっぱい飲んで、あとあと……」


 指折り数えていく彼女だったが――


「お店の外から眺めていた物を買って、自分の物にしたいです」


 最後に挙げたのは買い物だった。


 彼女はスラムで生きていた頃、毎日のように店の外から商品を眺めていたという。


「何か欲しい物がありますの?」


 リゼリアが問うと、ミミは少し悩むような表情を見せて。


「……ナイフが欲しいです」


 自分専用のナイフが欲しい、と。


「ナイフ? 武器の?」


「はい。……スラムで生活していた時、ナイフがあれば身を守れると思っていました。もっと自分に勇気が持てるんじゃないかって」


 語るミミの表情は真剣で、どこか自分に言い聞かせているようにも見える。


「……ふむ。いいでしょう」


 頷いたリゼリアは席を立つ。


「これから買いに行きますわよ」


 リゼリアはミミを連れて馴染みの店へ向かい、そこで彼女に適したナイフ――カランビットナイフによく似た形状の小型ナイフを買い与えた。


 このチョイスは今のミミにとって実に理にかなっていると言えよう。


 小柄だが身体能力に優れたミミに扱いやすく、同時に侍女服の中に忍ばせるにも適している。


「……大切にします」


 初めての買い物を経て、ミミの頬はほんのりと赤くなる。


 どうやら彼女の心は満たされたみたいだ。


「大切にするだけじゃなく、それで自分の身を守りなさい。これからも依頼には同行してもらいますし、役に立ってもらいますからね」


「はい、分かりました」


 嬉しそうに頷いたミミを連れ、リゼリアは再びホテルへと戻ることに。


「今日はホテルに泊まるんですか?」


「ええ。そうよ。この後は入浴とマッサージが待っていますわ」


 ホテルに戻ると、二人は大きな風呂場でお湯を堪能。


 その後、スイートルームにやって来た『三ツ星級マッサージ師』によるマッサージを受ける。


「あ、あ、あー……」


 初体験が最強マッサージ師のテクニックとあってか、ベッドの上で寝転ぶミミは危ない表情を浮かべて尻尾をびくびくと動かしまう……。


「あ~……」


 見習い侍女ミミ、大人の贅沢を知る一日だった!


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