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第1話 淑女 リゼリア


 深夜、真っ暗な屋敷の廊下にハイヒールの音がコツコツと鳴る。


 音の主は若い女性。


 外見の第一印象としては、二十代の非常に美しい貴族令嬢だ。


「んふふふ~」


 彼女の名前はリゼリア。


 金色の長い髪の先端をドリルのように巻き、顔のパーツは芸術品のように整っている。


 世の男が彼女とすれ違えば、誰でも必ず振り返ってしまうほどの美貌を持つ女性。


 ただ、服装と持ち物は一般的な貴族令嬢とは言い難い。


 所々に金色の意匠が加えられた赤と黒のドレス。真っ赤なハイヒールに黒いレースの手袋。


 両手には、この世界で『魔砲』と呼ばれているリボルバータイプの兵器が両手に握られている。


「んふふふ~、ふふ~」


 もっと簡単に説明すると、彼女は殺し屋だ。


 それもとびっきりの。


 彼女が進む廊下には騎士達の死体が散らばっており、どれも額に一つの穴を開けた状態であった。


「ひっ、ひっ、ひっ!」


 廊下の奥にはまだ生きた人間が這いつくばっている。


 恐怖に支配された、ハゲの中年男。


 彼は大陸最大の宗教『ハイウェル女神教』の神父であり、この屋敷の家主でもある。


「ひ、ひっ! く、来るなッ! 来るな、悪魔め!」


 彼は小さな女神の偶像を抱きしめ、壁に背を密着させながら叫ぶ。


 対し、リゼリアはまさしく淑女のような美しい笑顔を見せた。


「まぁ! か弱い女性に対して悪魔などと。貴方は一度、目ん玉を交換した方がよろしいですわよ?」


 ……美しい笑顔と表現したが、中年男視点からすれば『邪悪な悪魔の笑み』にしか見えないだろう。


 それとセットで魔砲の発射口を自身に向けられ、彼女の後ろには死体が量産されているシチュエーション。


 そりゃ、悪魔と叫びたくもなる。


「んふ」


 独特な笑い声を漏らしたリゼリアは魔砲のトリガーを引いた。


 発射口から飛び出したのは魔力の弾だ。


 弾は目にも留まらぬ速さで中年男の肥えたふとももに穴を開ける。

 

「いぎぃぃぃ!!」


「あら、失礼! 貴方の神聖な足にクソ穴が開いてしまいましたわ!」


 中年男は抱きしめていた偶像を手放し、第二のクソ穴を手で塞ごうとする。


 ドクドクと溢れ出る血で彼の両手が濡れ、傍に転がった偶像も血の沼にはまりつつあった。


「き、貴様には女神様の神罰が下るだろう! 私を殺したとしても、女神様の遣わした天使様が貴様を断罪する!」


 傷口を手で圧迫しながらも、中年男は彼女を呪うように叫んだ。


「んふっ! それ、貴方が言いますの?」


 ここで少し注釈を入れておきたい。


 たった今、新しいクソ穴を増やした中年男。実のところ彼は犯罪者だ。


 神父という身でありながらも色欲に負け、同じ教会の若いシスターへ性的な暴行を繰り返していた。


 それどころか、神父という立場を利用して信者が収めた寄付金を懐に入れていた職権乱用変態神父なのである。


「愛しい女神様は貴方のことをどう評価するのかしら? 私に天使(殺し屋)を差し向けるほどの花丸を貰えまして?」


 表向きは敬虔な神父。


 裏の顔は金と若い女が大好きな男。


 さて、女神様は彼に何点をつけるのだろう? 彼は計画通り、天国へ行けるのだろうか?


 それはさておき、満面の笑みを浮かべたリゼリアは反対の足にもクソ穴を開けた。


「ぎゃああああ!!」


「おーっほっほっほっ! もっとお鳴きなさい! お空の上にいる女神様まで聞こえるくらい大声で!」


 大絶叫する中年男の声は女神様に届かない。


 それどころか、屋敷の内外を警備する騎士にも届かない。


 前者は徳が足りなかったのだろう。


 後者に関しては全員死んでいるからである。


「ああ、そうですわ。貴方が女神様の元へ行ったら手紙を下さる? 貴方が天国行きを許可されたか否か、私とっても気になりますの」


 リゼリアは発射口を中年男の額に押し付ける。


 そして、彼女はまさしく淑女のような美しく、気品に溢れて、優雅さまでもがドバドバと溢れ出る笑みを浮かべた。


「それでは、ごきげんよう。大好きな女神様のケツにディープキスできることをお祈りしておりますわ」


 彼女はトリガーを引いた。


 発射された魔力の弾は中年男の額に穴を開ける。


 三つ目のクソ穴から飛散した血が女神の偶像を赤く染め、彼の頭部は力無く垂れる。


「さぁて。仕事のシメに入りましょう」


 魔砲をクルクルと回した彼女はそれをホルスターに納め、優雅な足取りで屋敷の廊下を行く。


 そして、屋敷の中にあった金や宝石を一つ残らず回収していく。


 最後に現代最高技術である『錬金術』が生み出した時限魔力爆弾を屋敷内に設置。


「これにて依頼完了。今回も楽勝でしたわね」


 屋敷の正面玄関から堂々と退出したリゼリアは、屋敷へ振り返ることなく敷地を出て行く。


「さぁ! とびっきりの自由を堪能する時間ですわ!」


 直後、屋敷が大爆発を起こした。


「まずは名産品のワインを頂きましょう。チーズも有名だとガイドブックにありましたわね?」


 巨大な黒煙と炎が空に立ち上るのを背景に、リゼリアは頬に指を当てて次の予定を考える。


「楽しみですわ」


 街の騎士団駐屯所から激しい鐘の音が鳴る中、彼女は優雅な足取りでメンストリートを歩いて行く。


 ――彼女の名はリゼリア。


 自由を愛する淑女だ。


ムシャクシャした時に書いていたものが溜まったので投稿します。

全1章10万字程度で完結。

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