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退院して三日目。
千聖は、ひとりで近所のコンビニに向かっていた。夜八時。
人気の少ない路地を通り抜けようとしたときだった。
――ザリ、ザリ、ザリ。
背後から、足音。
……誰か、歩いてる?
千聖はそっと振り返った。だが、誰もいない。
ただ……妙に冷たい空気が肌を這う。
いや、これ……
次の瞬間。
「――っ!!」
壁の隙間から、“それ”が這い出てきた。
漆黒の皮膚。三つに裂けた口。目はなかった。
異形の何かが、のたうつように地面を這い、千聖の足元に迫る。
「な、なに、あれ……ッ!」
思わず後ずさる。体が硬直して動かない。
やばい……やばいって……!
ガリッ――!
足首に冷たい何かが触れた。氷のような感触。
次の瞬間、強く引っ張られ、千聖の体が地面に引き倒される。
「やめろ……やめろっ!」
千聖は必死に足を振りほどこうとするが、影はまるで呪いのように食らいついて離れない。
喉から叫びが漏れそうになったその時――
「――退け」
静かな声が、闇を裂いた。
直後、風が唸った。
白銀の刃が閃き、黒い影は真っ二つに裂かれ、霧散した。
「……お前、見えてるんだな」
闇の中に立っていたのは、黒い羽織を纏った青年だった。
鋭い目つき、腰に佩いた日本刀。
何も言わずにそこに立っているだけで、空気が一変する。
千聖「だ、誰……?」
青年は答えなかった。ただ一歩近づき、千聖を見下ろす。
「名前は?」
「……如月、千聖」
「……如月、か」
青年は少し目を細めた。
「俺は小鳥遊 隼。陰陽師だ。さっきのは“垢嘗”の成れの果てだ。普通は視えないはずだが……」
「陰陽師……?」
意味がわからなかった。ただ、助けられたのは事実だ。
隼「お前、これから“視える”ことで災厄を引き寄せる。普通に生きたければ、すぐにでもその目を閉じろ」
そう言い残し、小鳥遊は背を向けた。
隼「ま、もう遅いと思うがな。視た瞬間から、奴らはお前を“知って”いる」
「もし、こちら側になりたいなら歓迎する。
陰陽師は常に人手不足だからな。」
その背中を、千聖は言葉もなく見送った。
世界の境界が、音もなく崩れ始めていた。