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ガラガラ
ドアが空いた音がして、黒い何かから目を離し直ぐにドアの方を見た。
千聖「父さん、母さん...!」
ドアの傍に居たのは両親だった。母さんの頬からは泪が落ちていた。
「「千聖!」」
2人からぎゅっと抱きつかれた。こうやって抱きつかれるのは小学生ぶりであるし、久しぶりの温もりに俺は涙を流そうとした。両親の間から見える黒い何かと目が合うまでは...。
千聖「うわぁ!」
「どうしたの、千聖。もしかして目が覚めたばっかりだからどこか痛むのかしら」
千聖「母さん...うしろ!」
母さんが頭を傾げながら後ろを向くが直ぐにこちらに顔を戻した。
「何も居ないけどどうしたの?」
母さんには見えないみたいだ。父さんも医師も後ろを見ても何も反応がない感じ俺しか見えてないように思える。
もしかして、アニメでよく見る特殊能力とかではないだろうか。幽霊や妖怪が見えるようになるとか...。
それだったらもっと重力操作ができたり、瞬間移動ができたりもっと色々あっただろ...!!
自分の能力(?)ながら弱すぎる...
医師「多分お目覚めになってからすぐですので混乱されているのかと...。今日様子を見て異常がなければ明日には退院出来ると思いますよ。お母様。」
「本当ですか...!」
医師「えぇ。」
医師は母さんの問いに答えてから病室を出ていった。
「退院したらパーティーをしよう!やっとこの日を迎えられたんだ。」
「そうね!あなた!」
両親は退院したあとが楽しみで仕方ないらしい。
にしても、退院かぁ...あれ、そういや...
千聖「俺学校は?」
「そうだったわ。一応卒業はできているんだけど...」
千聖「てことは俺ニート!?」
「そうなるな。」
「そうなるわね。もし、大学に行きたいならお勉強をして来年受験すればいいわよ!」
そうは言っても、俺あんまり勉強得意じゃないしなぁ。あの黒いのは静かにこっちを見ている。
...ほんとに、俺しか見えてないんだよな?
両親は落ち着いて、明日の退院に向けて準備の話で盛り上がっている。
ちらりと“それ”をみる。病室の隅。蛍光灯の光が届かない、うっすらと暗いその影に溶けるように、張り付いている。
無視するのが一番...ってアニメとかでも言ってたし...
千聖は、気を紛らわせるようにスマホを手に取った。
2年振りの画面。ロックは両親が解除してくれていたのか、そのままのホーム画面で表示された。
通知は……まあ、凄まじいことになっていた。
でも、友達のグループLINEも、学校のお知らせも、もう意味を持たない。
ああ、ほんとに……2年、経ったんだ
そのとき。
「……見えているのか」
耳元で、低く囁くような声がした。
千聖「……!」
思わずスマホを落とした。目だけを動かしてそちらを見ると、黒い影が……少しだけ、近づいていた。
な、なに今の!?
怖くて声が出ない。両親も気づかない。
心拍数が跳ね上がる。機械の警告音が鳴り、母が驚いて千聖の顔をのぞき込んだ。
「千聖!? だ、大丈夫!? また痛むの!?」
千聖「……ご、ごめん、ちょっとビックリして……」
とっさに誤魔化すしかなかった。
だって、説明のしようがない。影が喋ったなんて言っても、誰にも信じてもらえない。
その“何か”は、また元の位置に戻っていた。まるで試すように、動いて見せたかのように――
……やっぱり、見えるようになった。俺だけ
退院は明日。日常が戻ってくる――はずだった。
だが千聖は、このとき薄々気づいていた。
日常というものが、もうどこにも存在していないことを。