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4. 異世界からの贈り物


今回は説明文が多く長めです。



「今日は新しい野菜の収穫の日ですね。楽しみですっ。」


満面の笑みでそう言うクラーラ。

楽しみにしていたということは、畑で収穫を手伝う気だな。予想はしていたが。


「無論、やる気満満です!クラーラ行ってきます♪」


着慣れた汚れてもいいブラウスにズボン姿のクラーラは、侍女に「奥様、帽子、帽子を被ってください~」と追いかけられながら、かごを片手に鼻歌を歌い、意気揚々と出かけていった。


クラーラは今日も元気だ。



今日、初めて収穫される野菜は特別な物。

何故かというと、異世界から持ち込まれた物だからだ。


アビーク領では、しばしば”渡界者とかいしゃ”と名付けられた者が現れる。

神の意地悪かいたずらか。理不尽にこの世界に連れてこられる、こことは違う世界の人。

それは、数十年に一度の時もあり、百年の間がある時もある。一定の期間で現れる訳でもなく、何らかの条件があるのか無いのかも分かっていないが、とにかく、突如どこからともなくそこに在る。それを、”世の界を渡ってくる者”で、渡界者と呼ぶようになったそうだ。

その渡界者が現れる場所が、何故かアビーク領の場合が多い。

これまた神の気まぐれか贈り物か、救いなことが、生活様式の違いや文化の違いはあれど、言葉が通じるところ。そのお陰で、突然現れた渡界者とも、意思の疎通をはかることができている。


今回の渡界者は今までとは違っていた。残されている資料によると、大抵の渡界者はこの地に現れた時に、何がどうなったのか分からず混乱していた、と書かれていたが、今回の渡界者、サキ・トドロキは、この状態をすんなり受け入れた。

「あぁ、これが異世界転移か。」と言って。

何でも、サキの世界では、異世界に転移、または転生をするという小説が流行っているらしい。

あまりにもすんなり受け入れてもらえたので、こちらが拍子抜けしたくらいだった。


そのサキと一緒に向こうの世界から渡ってきた物。それが今回初めての収穫となる野菜”じゃがいも”だ。

農場アルバイトで、”種いも”を運んでいた時に、こちらに来てしまったと言っていた。「じゃがいも泥棒と言われてそう」と、サキは笑っていが、じゃがいもどころか人が消えてしまったのだし、大騒ぎになっているだろう。


そのじゃがいも、こちらの世界では見たことのない無い野菜の為、是非植えたい(植えたいと言っていたが、絶対に食べたいからだと思う)と、クラーラが率先して畑作りをした。

畑を耕して植え付けて、必要に応じて肥料、水やり、雑草取りと、本当に伯爵夫人か!というくらい、畑仕事が板に付いていて驚いた。

きっと、ミミズが出てきても驚かない伯爵夫人は彼女くらいだろう。


しかし、その姿にビーラー領での苦労が見えた気がした。ビーラー領ではクラーラが自ら率先して動いていたと話は聞いていたが、その姿が垣間見えた。

畑仕事でほんの少しだけ、指先に荒れが見られた時があったので、ハンドクリームをプレゼントしたことがあったが、その時に言っていた。

「以前は指先どころか、手全体が荒れてカサカサだったんですよ。冬場は指が切れて痛かったなぁ。」と。

とても人様に見せられるような手をしていなかったので、アビーク家にきてお手入れをしてもらえて嬉しかったと、にこにこしていた。

「ちゃんと、女主人として扱っていただけて助かります。」

クラーラは、茶目っ気のある女性だった。



土から掘り起こしたじゃがいもを、かごに小山にして持ち帰ってきたクラーラは、早速サキと調理場に向かったらしい。

畑から帰りました、とか、僕に収穫したじゃがいもを見せてあげたい、とか、そんな報告は一切無く。どこまでも、食べ物一直線の彼女だ。


じゃがいもは、黄土色のごつごつぼこぼこした扁球形をしていた。

これを、サキ一押しの料理にしたと言って作られたのが、皮をむかれて、細切りにした、黄色い細長いもの。


「油で揚げたじゃがいも、フライドポテトです。」


油を鍋に多めに熱し、そこに食材を投入、食材に熱が行き届き火が通ったら、取り出すと言う調理法だそうだ。サキは、”揚げる”と言っていた。

食材も初ものなら調理法まで初めての方法で、クラーラは興奮気味だったそうだ。調理をしているサキの周りをうろついて、邪魔にされていたらしい。その様子を見てみたかったと、聞いた時に思った。きっと、好奇心に溢れワクワク顔で、子どものようだったろう。


そして出来上がったフライドポテトを食べて、クラーラ大興奮。


「~~~~~~~~~~」


声にならないくらい美味しかったようだ。

一種類だけでなく、皮付きのまま揚げた物、薄切りにしたじゃがいもを揚げた物も出てきて、どれもそれぞれ美味しかったが、僕は薄切りの物がサクサクしていて気に入った。


「サクサク、ほくほく、幸せ~」


ほくほく言いながら、ほくほく顔のクラーラが独り占めにならない程度に、大量に食べていたのを、僕は見逃さなかったぞ。


「この世界にきて、食事に揚げ物がなくて物足りないって思ってたんだ。だから、クラーラと話をして、じゃがいもを調理する時に、油で揚げてみようって話をしてたの。」


サキがそう言うと、


「そうなんです。サキに言われて揚げ物とはなんだろう?となりまして。

油をあんな風に使うと、こんなに美味しい料理ができるんですね。驚きました。

これでサキが言っていた、カラアゲ、トンカツ、クシアゲ、メンチにコロッケにテンプラ等々ができるんですね。

新たな食材、新たな調理法で、新しい料理、これから美味しい物倍増計画です!ユーリウス様。

あぁ早く、食べたいです。」


僕の方を向いたクラーラは、フライドポテト片手に、目をキラキラさせながらそう言った。



それから、クラーラはサキと組んで、サキの世界にあった料理を再現してゆく。

アビーク領の海で捕れる、焼いても美味しくなくて人気の無かった白身魚を、油で揚げた”白身魚のフライ”と”フライドポテト”を一緒に盛った”魚&じゃがフライ”は、アビーク領の市場の屋台で人気に火が付き、アビーク領の名物料理となっていった。

今まで売れなくて残っていた魚が売れるようになり、漁師達も喜んでいた。

それにしても、クラーラはよく売れない魚の存在を知っていたものだと思ったら、領地視察に付いてきた際に、しっかりその土地の物を食べて回っていたらしい。僕が仕事をしている時に姿を見ないと思っていたら、そんなことをしていたとは。さすがクラーラ食に関しては抜け目がない。




クラーラとサキは、料理以外のこともふたりで始めていた。

以前サキが話していた、異世界転移の話をクラーラが面白がり、この世界にその題材の小説はないので書かないか?と、サキに持ちかけたらしい。

しかし、文章を書くのに自信が無いサキは、クラーラに執筆を頼んだそうだ。そして筆名サキ・クララで、小説も掲載している雑誌「貴婦人の友」に持ち込み、見事採用されたと言っていた。


「主人公は異世界からこの世界の公爵令嬢に転生した女の子です。王子が彼女の婚約者なのですが、あ、この王子には平民から男爵令嬢になった女の子と、普通ではあり得ないほど仲良くしているんですね。端的に言うと浮気してるんですよ、この王子は。

それと、今回の話は”異世界転生”ものです。異世界の人が、こちらの世界の人間等に生まれ変わる設定の時にそう言うのですって。サキの様な場合は”異世界転移”と言うそうです。似ているようで違うそうです。

それでですね、あざと下克上精神のある男爵令嬢は王子に泣き付くんです。

あなたの婚約者からいじめられているんです(泣)って。

何もしていない公爵令嬢を、自分をいじめる悪役の令嬢に仕立て上げるんですよ、身の程知らずにも自分がその座を狙って。

でもね、そのいじめというのが、馬鹿らしいくらい、馬鹿馬鹿したいじめで、教科書を隠されたとか破られたとか、噴水の水をかけられたとか、制服をよごされたとか、子どものいじめかって感じのいじめなんですよ。

だって相手は公爵令嬢ですよ。本当に気に入らなかったらそれこそ……ねぇ。こほん。

それを聞いたバカが、いえ、王子がその話を鵜呑みにして、卒業パーティという公の場で、公爵令嬢を断罪してしまうんです。婚約を破棄して国外追放だ!って。

好きな女の言葉だからといって、調べもせずにそのまま信じてしまうなんて、上に立つ者としてどうかと思いますけどね。しかも、子どものいじめ程度、それも濡れ衣で国外追放って、ありえませんよ。それを大真面目にやってしまうくらいにバカなんです。

でも、そこはお話なので深く考えてはいけません。作り話ですからね。

しかし、断罪された令嬢はそれでは終わらなかった。言うだけ言わせたら次は公爵令嬢の番ですよ。事前に奴らはやらかすと察知していたので、反論する為の証拠もバッチリ揃えて、おバカ王子とアホ男爵令嬢の嘘を暴いて大逆転をかますんです!そして、最後には留学で来ていた隣国の公子に求められてハッピーエンド」


と、クラーラが話の内容を熱弁してくれた。バカ王子が本当にバカで、大丈夫かその国は?と、物語ながら心配になってしまう内容だった。最後、隣国の公子に求婚されるのは出来過ぎな気もしたが、勧善懲悪で良かった、のかな。


僕にとっては、そんな程度の感想でしかなかったが、断罪されてハラハラ、逆転劇にドキドキ、求婚されてハッピーエンドの悪役令嬢が活躍する物語が、予想外にも大ヒット。

老いも若きも悪役令嬢に夢中になり、そこから大衆劇へと発展していき、それもまた大当たり。とうとう貴族社会にまで浸透していった。


それだけならば良かったのだが、時の王太子に影響があったと風の噂で聞いた。

運が悪いことに小説と同じように、学園に通う王太子がいて、婚約者が公爵令嬢。しかも、平民上がりの男爵令嬢まで存在していた。お陰で王太子は、何か起こるのでは無いか?と、周りから心配と期待(?)でチラチラとチラ見される学園生活になってしまったとか……。



■人物紹介■


ユーリウス・アビーク伯爵  ー 亡くなった婚約者のレナータを忘れられない。自分に愛を求めないことを条件に、借金返済と引き換えでクラーラと結婚した。クラーラに愛はないが、面白い人だと思っている。


クラーラ・アビーク伯爵夫人(旧ビーラー男爵令嬢) ー 実家の借金返済と領地運営費の援助を条件に、愛情を求めない結婚を承諾した。ユーリウスのことは、実家の恩人で、不足ない食を提供してくれることに感謝している。


サキ・トドロキ(等々力 咲) ー 日本からの転移者。 こちらの世界では渡界者とかいしゃと呼ばれる存在。アビーク領にじゃがいもと共に現れた。


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